第12話 終話

文字数 1,323文字

 真田家沼田領の百姓、松井市兵衛と杉木茂左衛門が幕府に直訴し、真田信利とその嫡子、信音が幕府評定所に呼び出され喚問された。

 注文された杉を調達できなかったこと、幼女を殺害した事などなど十条の罪を問われ、彼らは反論することが出来なかった。

 斯くして天和元年(1681)十一月、沼田藩はお取りつぶしになり、同月、塚本舎人、麻田権兵衛、宮下七太夫の権力を欲しいままにした三人は切腹した。彼らの息子達が悪名を残さず、責任を取るように説得したという。

 沼田領は幕府の天領となり、再検地の結果、その農民への税は軽減された。
 市兵衛と茂左衛門は御法度を破ったため、捕らえられその一族と共に磔獄門となった。市兵衛の刑を執行される前に幕府の御赦免状が出たが、寸でのところで間に合わなかったと伝えられる。
 彼らは沼田領の守り神として、今も当地に祭られている。

 塚本大祐は剣を捨て僧籍に入った。
 数十年後、一心に修行し、武芸にも達し衆生を救う名僧と謳われた。蟹のような体躯の従者を従えて、廻国して残した数々の武勇はまたの物語としよう。

 遂に臨終の床に就いた時、法悦の表情であった。
 最期の間際に、天に向かって手を差し延べて言った。
「鈴よ・・・今こそお前のもとに」
 その骸の懐には、金糸の匂い袋に一房の艶やかな髪が入っていたという。


 沼田の運命に関わった悲しい兄弟の物語は、武道の華、契りの誉れとしてここに伝えん。


Sooner or later,
We all have to die.
Sooner or later,
That's Stone cold fact.
(from the lyrics of The Eagles)




作者注 『一刀両段』は、禅の公案集、『真字正法眼蔵』や『碧巌録(へきがんろく)』にある語。『一刀両段(いっとうりょうだん)偏頗(へんぱ)を任す』という句がある。作者の拙い思慮によると、非可逆的な時間の中にある人間の判断は何事かを為す事によってしか評価することは出来ないと解す。
 以下、原文より。
 南泉一日、東西両堂に猫児を争わす。師見て遂に提起して曰く、()い得れば即ち斬らず。衆、対(応)すること無し。師、猫児を斬却して両段とす。泉復た前話を挙して趙州(じょうしゅう)に問う。州、便ち草鞋(わらじ)を脱ぎ、頭上に戴せて出ず。師曰く、子、若し在なれば、恰かも猫児を救い得てんや。『真字正法眼蔵』巻百八十一則
 南泉(748~834・馬祖道一の弟子)
 趙州(778~897・南泉普願の弟子)

現代語訳
 南泉はある日、学僧達が東西に分かれて猫の子を取り合いしているところに出くわした。南泉は猫の子を取り上げて学僧達にこう提案した。
「どちらかが猫の子を所有するに当たって提言せよ(禅問答で正当性を主張せよ)。どちらも言わなければこの猫を二つに切って分けるぞ」。
 だが、東西の学僧達は何も言わなかった。南泉は猫の子を二つに斬ってしまった。
 その後、弟子の趙州に南泉は同じ事を聞いた。すると趙州は草鞋を頭にのせて出て行ってしまった。南泉は、
「趙州があの時にいたならば猫の子を殺すことはなかっただろうに」
と言った。


EAGLESの歌について
 アルバム「DESPERADO(ならずもの)」所収の「Doolin Dalton」から。

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