終章

文字数 8,968文字

 4人は、クアトロプリンセスのアニメの世界にいた。
 場所はあの暗く四角い無機質な部屋。ビョーマの帝王が立っている。
「よく来たな、クアトロプリンセス……」
 耳を低い声が触った。
「二度と来ぬものだと思っていたがな……」
 その声はあの青い幼児が発している。
「お前しゃべれんのか!?この前は一言もしゃべんなかったじゃねえか!!」
 驚くサキ。
「必要のある時には言葉を発する。あの時は語る必要を感じなかった。ただそれだけだ」
 前は不気味な化け物としか映らなかった。けれど今の帝王は知性的な存在として見える。
「お前たちに問う。なぜ戻ってきた?私は知っている。お前たちは本当の英雄ではない。人を救うために自分の命をかける必要性など一切ない市井の一般市民だ。それなのになぜこのような勝ち目のない闘いを挑む?その理由を私は知りたい」
「理由?そんなものは一つしかない」
 アリセははっきりと言う。
「私たちが、全世界の少年少女たちの希望、クアトロプリンセスだからよ!!」
 帝王は微かに胸を震わせ笑った。
「なるほど。悪くない答えだ。ならば私もビョーマの帝王として、全身全霊をかけてお前らの希望を断つことにしよう」
 帝王の身体から禍々しいまでの黒いオーラが現れた。その衝撃で地面にヒビが入る。幼児の身体を黒い靄が覆う。靄はやがて鋼をかたどっていく。
 帝王の身体は二メートル長となった。両手の先の手首はレイピア型の鋭い剣となっている。顔は兜。身体は甲冑。帝王の名にふさわしい凶悪な騎士への変貌。強大な姿に彼女たちは奥歯を噛んで後ずさる。
「みんな行くよ!!」
 アリセの声に3人は色を取り戻す。頷き、彼女たちは変身コンパクトを握る。ゆっくりと身体の前にそれを差し出した。
「「「「【プリンセス・アリヴァーレ!!!!】」」」」
 4人の声に反応し、ペンダントのロケットがパカッと開く。
 ピンク、青、白、オレンジの光が4人を包んだ。
「守護の戦士。ダイヤプリンセス」
 マコがポーズを取る。
「知恵の戦士。クローバープリンセス」
 ミルがポーズを取る。
「力の戦士。スペードプリンセス」
 サキがポーズを取る。
「愛の戦士。ハートプリンセス」
 アリセがポーズを取る。
「「「「4つの希望を胸に抱き、我ら、クアトロプリンセス!!!!」」」」
 全員でポーズを取る。
「人に巣食い、人を蝕むビョーマたち」
「私たちがきつーくお見舞い、してあげる」
 アリセがウインクをしながら人差し指を帝王に差し向けた。

「さぁ、かかってくるがいい戦士たち」
 帝王は禍々しいオーラを纏い構える。さっと右腕の剣を差し出す。瞬時に煌き、紅い線を飛ばした。
 凄まじい速度で紅い線はクアトロプリンセスを直撃した。爆煙が、彼女たちを覆う。
 煙が晴れる。同時に帝王は感心した顔つきを見せた。
「ほう」
 4人は固まっていた。ぎゅうと一つに身を寄せ合っていた。透明オレンジの巨大な盾。立ちはだかっている。マコが出した魔法の盾
「よし。とりあえずは打ち合わせ通りだな」
「うん」
 強く頷いたのはアリセ。マコの表情は真剣で余裕がない。

 この世界に突入する直前のことだ。
「待て、このまま行くと確実に負ける」
 ミルは三人の前に腕を差し出した。
「なんだよ。ここまで来て!!」
 サキが苛立ちながら言う。怖じ気づいたのか?と。
「負けるんだよ。【このまま】だとな」
 そこからミルは語り出した。すらすらと順序だてられて言葉が羅列される。帝王を倒すための作戦。アリセとマコは口をあんぐりと開けた。
 ミルの明晰さにただただ感心せざる負えなかった。
「まぁ、これでも勝つ確率を0.1%から1%にあげるくらいだがな」
 自嘲して言うミル。
「そんなことない。ミルちゃんはやっぱり天才だよ。勝てる。絶対勝てる」
 アリセはミルの手をギュッと握った。
 
 マコの盾で次々と射出される紅い線を防ぎ、ゆるゆると前進する。紅い線の破壊力は尋常ではない。盾に当たるたびにマコの表情が軋む。
「マコちゃん、大丈夫?」
 アリセが心配そうな声を出す。
「これくらいは平気。だって私は護りの戦士、ダイヤプリンセスだから」
 辛さを笑顔で隠すマコ。とうとう4人は射程圏内に入った。
「「【ベキーユ!!】」」
 サキとミルの声がハモった。
「【マルティージョ!!】」
「【コルダ!!】」
 青いスペードの大金槌、白いクローバーの鎖が現れた。
「てやぁ!!」
 ミルとサキは盾の影からしゃしゃり出た。三つ葉が連なる鎖が伸びる。帝王の腕に絡みつく。
「おりゃあ!!」
 サキが大金槌を振り下ろす。が、帝王は見えない壁をそこに出現させ、身体に当たる前に防護した。
 帝王は鎖を容易く振り払う。サキに向け、ブンと剣を振るう。サキはバックステップでマコの盾の後ろに引っ込む。ミルも同様にすぐに後ろに隠れている。
 典型的で単純なヒットアンドアウェイ戦法。それがミルの建てた策だった。
「浅はかな」
 そう呟き帝王は紅い線を出し、盾に浴びせかける。
「そんな愚かな消耗戦では、勝負は見えている」
 帝王の言うことは強がりなどではない。サキの一撃は少しもダメージを与えられていない。一方、魔法の盾を出し続けているマコは、この時点でかなり疲弊している。もしもマコの精神力が尽き、盾が無くなれば、一発でゲームオーバーとなる。
「マコ我慢しろ。私があいつを殴り殺してやるまでの辛抱だ」
 サキはねぎらいのセリフをかけた。マコは冷や汗を流しながら「うん」と答えた。紅い線が止まったのを見計らって、ミルが再び盾の影から出た。
「てりゃ!!」
 鎖を帝王の両腕に絡ませて動きを止める。
「よっしゃ!!」
 サキが金槌で帝王を狙う。次の瞬間、帝王が右手の鎖を振りほどいた。
「なに……」
 宙に浮いたサキに帝王は剣で斬りつける。
「がっ!!」
 かろうじて金槌の柄で受けたものの、サキは地面に激しく叩きつけられた。
「サキ!!」
 ミルが大声を出す。帝王の剣先が倒れこんだサキを狙う。
「危ない!!」
 アリセが踊り出た。間一髪、紅い線が当たる直前にアリセがサキを抱えこんだ。盾の後ろに飛び込んで身を隠すことができた。
 が……。
「さっそく一人戦闘不能だな」
 帝王は余裕の笑みを浮かべた。切り刻むことはできなかったが、骨が軋む音は確かに耳にしていた。
「【ハート・フィティオーネ!!】」
 盾の後ろからピンクの光がまばゆく輝いた。透明な盾越しに、表情をとりなしむくりと起き上がったサキが見えた。
「……治癒魔法か」
 帝王は「ほう」とうなづいた。アリセは攻撃に参加せず回復役に徹する。ミルかサキ、どちらかダメージを受けてもアリセさえ無事ならば、【ハート・フィティオーネ】の魔法で怪我を治すことができる。
「まんざら分の悪い消耗戦ではないだろう」
 ミルは帝王に言い放った。

 マコが護る。ミルが縛る。サキが殴る。アリセが治す。
 この役割分担を行うことで、クアトロプリンセスの4人は帝王と互角の位置に立ったように見える。
 しかし、事実はそうではない。アリセの魔法で傷を癒すことができても、精神的な疲れまでは癒すことができない。常に死と隣合わせ、激しい痛みを負わされることによる精神疲弊は相当なものだ。
 魔法で巨大な盾を出し続けているマコが最も辛い。必死に耐えてはいるが、いつ折れてもおかしくはない。
 マコの盾が消えたら。もしくはアリセが戦闘不能になった時点でクアトロプリンセスの負けは確定する。
 一方の帝王は余裕の表情をしていた。何度となくサキの金槌が身体に当たっているが痛いそぶりは見せない。見えない壁で防御し損なっても、甲冑がほとんどのダメージをはねのけている。せいぜいピンポン球をぶつけられた程度のダメージしか感じていなかった。
 このままでは勝てないことをミルはわかっている。だからこそ機会を待っていた。
「はぁはぁ」
 最初に限界が訪れたのはやはりマコだった。いくども紅い線を防いだ彼女の盾、オレンジの光はどんどん鈍いものとなっていった。
 続いてアリセ。回復の呪文を何度も使い、肩で息をし始めた。
 サキとミルも精神的疲弊を重ねている。ケガは治してもらえるにしろ、何度となく命に危険を及ぼす傷を負うことは、確実に心にダメージを与える。
 ボロボロの4人。彼女たちの終わりが近いことは誰が見ても明らかだった。
 帝王はほくそ笑んだ。
 哀れな者たちだ。やはり死しか結末のない不毛な闘いを展開している。
 性懲りもなくミルが帝王の腕に鎖を巻きつけた。帝王はまたかと振り払おうとした。
 その瞬間だった。
 ミルが胸にぶら下がったペンダントを外した。
 何をしているんだ?帝王の視線が止まった。
 あまりに何度となく繰り返された単調なパターンの攻撃。いつのまにか帝王はそれに慣らされていた。
 ミルは外したペンダントをステッキの柄にはめ込み、カシャリとスライドさせた。叫んだ。
「【ラスト・ディアクリシス!!】」
 帝王に絡んだ鎖が、激しく白い光を帯びた。あらんばかりの力で帝王を締め付けた。
「油断したな!!」
 ミルは激昂した。帝王をしばる鎖は狂おしく白いオーラを発している。
「それで勝てるつもりか?」
 帝王は鼻で笑った。フンと力を入れると必殺の鎖は脆くも砕け散った。
「くっ!!」
 ミルの顔が歪む。帝王はすで剣先を向けている。紅い線が出る。避けきれずミルの腹をかすめた。
「うっ!!」
 ミルの白い服が真っ赤に染まった。爆発音とともに彼女の身体はたんぽぽの綿毛のように吹き飛ぶ。ごろごろと転がり静かに横たわった。
 ミルはぴくりとも動かない。髪の毛が顔にかかり目が隠れている。ちぎれたスカートから太ももが露出している。
 じわじわとミルの身体の下で血だまりが広がっていた。帝王はミルを満足げに見下ろした。

「【ラスト・ディアクリシス!!】」

 なに?帝王は視線を声の方向に向ける。マコが発した声。彼女がペンダントをステッキにはめ込んだ途端、彼女を覆っていたダイヤの盾は向きを変えていた。地面に垂直な状態から起き上がり、地面と平行な角度をとる。ダイヤの角が帝王の心臓を指し示している。激しいオレンジのオーラが、スカートをバタバタとはためかす。マコの盾は矛となっていた。

「【ラスト・ディアクリシス!!】」

 今度その声をあげたのはサキだった。サキは青い光りが纏った大金槌をホームランバッターのように大きく振りかぶっていた。
 これが本命か?帝王は驚嘆する。
「いっけー!!」
 サキの大金槌がジャストミートして打ち出す。巨大なオレンジの矛。凄まじいスピードで帝王の心臓めがけぶっ飛んでいった。

 グサリ!!
 矛が帝王の身体に突き刺さる。
「よっしゃあ!!」
 サキが右腕をぐっと握りガッツポーズ。マコも「お願い」と両手を握り合わせる。
 そのまま矛は帝王の身体を突き抜ける……はずだった。
「……おい」
 目をむくサキ。静かに膝をついた。
「惜しかったな」
 帝王は笑った。胸に突き刺さった矛。が、刺さったままで動きを止めていた。矛は間一髪、帝王の身体を突き破り急所をつく前に、両手の力で受け止められていた。
「……ああ」
 絶望の表情を浮かべるマコ。紅い線が飛ぶ。胸に巨大な矛を刺したまま帝王は右腕を伸ばしていた。もはや無防備な彼女。マコはその爆炎に飲み込まれた。
「マコ!!」
 サキが叫ぶ。次の瞬間に、次の紅い線がサキのすぐ横で炸裂した。
「ぐっ!!」
 サキの身体がくの字に曲がった。ごろごろと土煙をあげ、床を転がるサキ。動きが止まり大の字に寝転ろぶ。その場所は帝王の足元。もう彼女に起きあがる力はなかった。
「当然のことだ」
 見下ろす帝王を、サキは虚ろな目で見上げた。
「残念ながら我にはこの世の何物も勝てぬ。ましてそのような未熟な力、未熟な策ではなおさらだ」
 帝王は剣先をサキに向けた。終わり。それは誰の目から見ても明らかだった。
「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ、アハハハハハハハハハハハハ」
 サキは笑った。大声で。真っ暗な天井に向かって。帝王は哀れみの目でサキを見た。
「ヒヒヒヒヒヒ。いやすまねぇな。つい可笑しくなっちまって」
 サキは口元を引き締めた。
「今あんた、『未熟な策』って言ったよな」
 はぁ?帝王は兜の奥の表情を曇らせる。
「この作戦を考えたやつはな、とてつもなく性格が悪い。根暗だ。付き合いも悪い。知りあって結構たつはずなんだが、一向に何考えてるか読めねえ。ホントムカつく奴だよ」
 サキの目がちらりと何かを見た。
「多分脳みそがねじれ曲がってんだろうな。カバン入れっぱなしにしたあとのイヤホンのコードみてえに」
 こいつは何を言っているんだ?帝王は苛立った。周りをグルッと見渡す。血まみれで倒れているミル。プスプスと焼け焦げた音を立てているマコ。そして足元には大の字になって笑っているサキ。
「なぁ、普通さっきので決まると思うだろ?私もそう思ってた。だけどあいつはそんな私を嘲笑いやがった」
 彼女の目がにやりと笑う。実に嬉しそうな顔。やっと帝王は違和感に気づく。
「……どこだ?」
 帝王の視線はめまぐるしく動く。部屋の景色が右往左往する。なぜこんな単純なことに気がつかなかった……。
「もうひとりはどこに行った!?」
 絶叫をあげる帝王。
「でも……まぁすげえや……ここまでぴったりハマるとはな」
 サキは口角をあげる。帝王の顔を得意げに見上げる。先ほどの『未熟な策』発言に対するサキの回答。アイツの考えた渾身の策が
「てめえごときに読めてたまるか」

「【ラスト・ディアクリシス!!】」

 その声は帝王の腹に刺さるオレンジのダイヤモンドから聞こえた。オレンジのダイヤモンドは、その声と共にさらに巨大なピンクのハートに姿を変える。それは帝王の腹肉を引き裂いてどんどん肥大していく。
「最後はちゃんと決めろよ……リーダーなんだから……」
 そうつぶやいてサキは意識を失った。彼女がラスト・ディアクリシスの大金槌で飛ばしたもの。マコの矛だけではなかった。

「……え、盾にしがみついていろと……」
 病室。ミルの作戦の最後の部分を聞き、アリセはかなりの難色を示した。
「ああ」
 ミルの平坦な回答。
「え?だってものすごい勢いでサキちゃんがかっ飛ばすんだよねえ」
「ああ」
 この声も平坦。
「それ、振り落とされない?っていうかそれで私、死んじゃわない?」
「大丈夫だ。アリセってしぶとさだけはあるだろう。持ち手のところを必死で持っとけ」
「いや、耐えられるかどうか……」
「耐えろ」
「命令?……それ、命令だよね……?」
 アリセの顔はいよいよ青ざめる。
「本当はその攻撃で帝王がやられてくれるのがいいんだがな。やられなかったらそのまま息を潜めて奴が油断するのを見計らえ。そして、ステッキからマコのペンダントを外して自分のペンダントをはめろ」
「え、マコちゃんのステッキでしょ。私のをいれても……」
「ステッキは互換性が効くんだよ。アニメの37話で、サキがマコのステッキ使って必殺打ってたろうが」
「え、そうなの?」
 よく覚えているねと驚くアリセ。逆になんでお前は忘れているんだよという顔のミル、サキ、マコ。
「そうだ。そして後はアリセでもできる単純なお仕事だ」
 ミルはひと呼吸置く。
「思いっきり必殺技をぶちかませ」
 
「うぉりゃああああああああ!!!!」
 帝王の腹を切り裂く巨大なハート。爆発的に伸張をしている。その巨大な剣を支え押し込んでいるのはアリセ。帝王は渾身の力で抑えつけるが、すでに身体に深く入った刃を拒むことは難しい。
 とうとうピンクのハートは背中を突き破った。
「ば、馬鹿なぁ!!」
 帝王は、情けなく絶叫する。
「じゃあね帝王さん。あなたとっても強かった。でもね残念。私たちが無敵のクアトロプリンセスだったのが運のつき」
 アリセは腕に力を込める。舞い上がった多量の塵や埃。軋む建物から零れ落ちる多量の瓦礫。アリセのハートから発せられる光を反射し、桃色にきらきら光っている。
「いけええええええ!!!!」
 光が激しく瞬く。ぶちりと音が鳴った。帝王の身体は真っ二つに引き裂かれた。横たわる三人の身体。アリセの身体が爆発的な光にのみ込まれる。その後に訪れたのは暗闇と無音だった。


 彼女は目を覚ました。最初に気がついたのは、目の前の暗闇が違うということだった。
 完全なる闇だったものが、今はその先に薄っすらと光が見える。しばらくして自分のすぐ目の前にあるものが木綿の布目であることに気がついた。包帯。目の上から巻かれている。
 彼女は手をかけて包帯を外した。光が見える。眩しい。蛍光灯の白い光が強烈に差し込む。
 ママ……?
 光が薄らいだ時、彼女の目に飛びこんだ。心配そうに両手を胸の前で握った母親の姿だった。視界がはっきりすると顔もしっかりと確認できた。目に涙を蓄えていたが、嬉しそうだった。
「ママ、おはよう」
 彼女は静かにそう言った。
「由衣……由衣!!」
 激しく由衣に抱きつく一子。
「ちょっとママ。痛いよ」
 困ったように笑う由衣。
「そんなに泣かないで、もう心配ないんだから……」
 声をかけても一子は泣きやまない。
「ふふふ」
 由衣は微笑む。脇の台。クアトロプリンセスのDVDのパッケージ。静かに置かれていた。




 郊外。大きなパチンコ屋。だだっ広く何もない場所。見えるのは青空、空き地、大きなジャスコ。隣接する国道を車がびゅんびゅん走っている。
 広い駐車場に作られた特設ステージにこんな看板があった。
【ちびっ子に大人気!!クアトロプリンセスショー】
「守護の戦士。ダイヤプリンセス」
 マコがポーズを取る。
「知恵の戦士。クローバープリンセス」
 ミルがポーズを取る。
「力の戦士。スペードプリンセス」
 サキがポーズを取る。
「愛の戦士。ハートプリンセス」
 アリセがポーズを取る。
「「「「4つの希望を胸に抱き、我ら、クアトロプリンセス!!!!」」」」
 全員でポーズを取る。
「人をむしばむビョーマたち」
「きつーくお見舞い、してあげる」
 アリセがそう言った時、場を駆け抜けたのは冷たい空気だった。ステージの前には誰ひとりいない。派手なシャツを着たおばさんがチラリと目をやって、素通りしていった。
「あらら……」
 アリセは気の抜けた顔になった。
 
 翌日、4人は病院を訪れた。病院では、とある奇跡が起こったことで話題騒然となっていた。不治の病と言われたCSD。それが自然治癒をしたという前代未聞の事例だ。医者はわけが分からないといった表情で首をかしげるばかりだった。
 様子をはたから見て、アリセは帰ろうと言った。
「ええ?会わないのか?」
 サキが意外そうに言った。
「クアトロプリンセスはお礼を言われるためでなく、ただ正義のために闘うのです」
 アリセはえっへんと胸を張った。
「よく言うよ……」
 ミルは呆れ顔を見せた。けれど同時にミルは、アリセの考えに同意していた。
 あのコにとってのクアトロプリンセスはあどけなく可愛く勇敢な戦士たちだ。自分たちが目の前に現れることは水を差す野暮ったい行為に他ならない。
 アリセの言うとおり立ち去るのが一番いい。クアトロプリンセスはクアトロプリンセスのままにして。
「♩マジック〜マジック〜ほんとうの心は〜ステップ〜ステップ〜はじけてはねる〜」
 歌声が聴こえる。4人の背中は静かに病院をあとにした。

 その後、すぐにこのショーの仕事が舞い込んだ。北関東、国道沿いのパチンコ屋の営業。本当に場末の仕事だが、4人ともうんと承諾した。
「まぁ生活のためだ」とはサキの言葉。
 いざ行ってみると、想像通りの閑古鳥だった。
「あーあ、やっぱりか……」
 サキが小声で言う。
「せっかく久しぶりの仕事なのに」
 マコが落ち込む。
「私語を慎め。ショーの最中だ」
 表情をきりりとさせながらミルが二人を注意する。
「ねぇ見て!!」
 アリセが何かを指差す。
「お前も段取りにないセリフを言うな!!ショーの最中だ!!」
 ミルが怒った。
「でも見て」
「……あ!!」
 マコがそっちを見て感心したのを見て、サキもミルもそちらを向く。
ーパチパチパチパチ。
 遠巻きに見ていた、ベビーカーの中の赤ちゃんが手を叩いていた。
ーパチパチパチパチ。
 4人は目を合わせた。
「さぁ今日はこのパチンコ屋に凶暴なビョーマがやって来たというのを聞いて……」
 アリセは大きな声で叫んだ。空は雲ひとつない青空だった。


「ふぅ」
 声優事務所ホースト・ビジョンの社長、牛島は静かに息をついた。
 木の匂いが漂う社長室。たった今、目を通したFAX用紙をデスクの上に置いた。
「全く、物好きもいたものだな……」
 しみじみとつぶやいた時、秘書がコンコンと社長室のドアをノックした。
「社長、もうすぐオーディションがはじまりますよー」
 秘書は牛島を促した。
「分かった。すぐ行く」
 牛島は答える。
「ん?いったい何をニヤニヤしているんですか?」
 秘書の女性は訝しげに聞いた。
「野村クン、僕、そんなにニヤニヤしてるかね?」
「はい」
 秘書は淡々と答える。
「そうか。そうなのか」
 牛島は含み笑いを辞めない。秘書はわけが分からず不思議そうな顔をする。牛島はただ彼女たちの喜びの表情を想像してしまっただけなのだ。
「すまない。行こうか」
 牛島は秘書の肩をポンと叩き、部屋を出る。カチャリとドアが閉まり部屋の電気が消えた。
 机に置き去りにされたFAX用紙。
【クアトロ・プリンセス続編企画書】
 ブロック体の太字で書かれていた。
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