序章
文字数 4,488文字
「くはははははは終わりだな愚かな人間ども」
とある小学校の校庭。褐色の身体をした怪人が不敵に笑った。全ての人間をインフルエンザにして抹殺しようと企てる怪人フルーイン。この街には人間たちを病気にして滅ぼしてしまおうという怪人がかわるがわる現れる。奴ら怪人は【ビョーマ】と名乗る。
フルーインは小学校でいくつものくしゃみ爆弾を爆発させた。爆弾から飛び散ったウイルス。多くの小学生たちが高熱でうなされている。そして……
「そして終わりだな。【クアトロプリンセス】」
四人の女のコが地面に這いつくばっている。彼女たちはフワフワと色取り取りのドレスのような服で身を包んでいた。
「く……もうダメなの?私たち負けちゃうの?」
オレンジ色のドレスを着た女の子が弱々しく呟いた。【ダイヤプリンセス】。ビョーマから人間を守る戦士の一人。ちぎれたスカートの裾から埃まみれの脚が見える。フルーインのくしゃみ爆弾を何発も浴び、彼女たちはボロボロだった。
「何を言っているの!!諦めちゃダメ!!」
そう言って皆を叱咤したのは、ピンクのドレス。クアトロプリンセスのリーダー、【ハートプリンセス】だった。
「そんなこと言ってもよぉ……」
男っぽい口調。弱気に答えたのは青いドレス。【スペードプリンセス】。頬のホコリを拳で拭う。
「あれを見て!!」
ハートプリンセスが指差した先には小学校の校舎があった。
「「負けないで!!クアトロプリンセス!!」」
その窓から子どもたちがクアトロプリンセスをじっと見つめていた。彼らはすでにフルーインのウイルスをくらい、重度のインフルエンザにかかっている。咳が絶え間なく出る。息をするのもつらい筈なのに、声を振り絞ってクアトロプリンセスに声援を送っていた。
「「頑張れ!!クアトロプリンセス!!」」
「……どうやら、頑張らなくてならないようだな」
冷静な面持ちをしながらも目を輝かせたのは【クローバープリンセス】。白いドレスと黒く艶のある長い髪。窓から覗く子供たちの顔を凝視した。
「そう。私たちは諦めちゃいけない。なぜなら私たちは全世界の少年少女の希望。クアトロプリンセスだから!!」
ハートプリンセスの言葉に3人は勇気を取り戻した。そしてボロボロの身体を起こしていった。
「馬鹿なやつらめ。大人しくしていればいいものを。そんな身体でどうやって俺様を倒そうというのだ!!」
あざ笑うフルーイン。
「ケガ?そんなもの、愛の戦士、ハートプリンセスが癒してみせる」
彼女は魔法のステッキを天にかざした。
「【ハート・フェティオーネ!】」
ハートプリンセスがそう叫ぶと、キラキラ光るピンクのハートたちがクアトロプリンセスたちを包んだ。彼女たちの傷がみるみる内に消えていった。
「なにっ!?」
驚きの表情を浮かべるフルーイン。
すっかり元気になったクアトロプリンセスの4人は悠然と並んで立っていた。
「守護の戦士。ダイヤプリンセス」
「知恵の戦士。クローバープリンセス」
「力の戦士。スペードプリンセス」
「愛の戦士。ハートプリンセス」
「「「「4つの希望を胸に抱き、我ら、クアトロプリンセス!!!!」」」」
「人に巣食い。人を蝕むビョーマたち」
「私たちがきつーくお見舞い、してあげる」
ハートプリンセスがフルーインに向かって人差し指を指し、パチリとウインクをしてみせた。
「クソー、クアトロプリンセスめ。またギタギタにしてやる!!」
フルーインはクアトロプリンセスに向かって猛然と駆けて行く。クアトロプリンセスたちもそれに立ち向かう。急速に接近する両者。
そして、激突した……
ープチッ
「……あれ?」
いいところで突然黒くなった画面。ベッドの上のパジャマ姿の少女、友利由衣 は不思議そうに画面を見つめた。
故障かな?と思った。
膝元のせり出し台に乗っかっている液晶画面付きDVDプレーヤー。操作板に目を移す。停止ボタンに指が伸びていることに気づいた。
「……ママ!!なにするの!?」
由衣はむっつりと斜め上を見る。勝手に再生を止めた人物、母親の一子 に抗議の声をあげた。一子は両腕を組んだまま言った。
「由衣、時計を見なさい」
時間はすでに10時。消灯時間を遥かに過ぎていた。
「……あ、ごめんなさい」
自分に非があることに気づき、しゅんと謝る由衣。
「わかった?寝なさい」
「……」
所在なさげな由衣。上目遣いに母親の顔色を伺い、もじもじと切り出す。
「でもさぁ……あの……もうちょっとだけ……」
弱々しい声。
「……もうちょっとだけ見ていいかな?」
懇願する由衣。
「だーめ。みんなに迷惑でしょ。早く寝なさい」
すでにカーテンの閉まった、他のベッドたちを見て言う。
「……はーい」
由衣は不服そうに言った。カチャリとプレーヤーの画面を閉じる。ため息をついた。けれどおさまりがつかないのか、もう一度だけ顔をあげて頼んだ。
「でもさ、明日朝起きたら、すぐに見ていいよね?」
必死にそう訴える由衣を見て一子はふふと笑った。
「ちゃんとイヤホンして静かに見るのよ」
「……はーーい」
それを聞くと由衣は嬉しそうに布団にくるまった。
先天性脊椎損害。【Congental spinal damage】。CSDと呼ばれる病気。
脳と身体とを連絡する経路に生まれつき悪性の腫瘍が存在する。それは身体の様々な動きを阻害する。薬の効果により、最低限の歩く食べる話すができても。汗をかくような運動などはできない。治療することは不可能で、大抵の人間が年齢を二桁にのせることなく亡くなる。
6歳の少女、友利由衣はCSDだった。
彼女の母、友利一子の苦労は相当なものだった。由衣の父親は一緒にはいない。母子家庭。昼の仕事だけでは娘の入院費用が稼げず、夜も警備の仕事などをした。その合間に娘の元に通った。
肉体的なことよりも、やがて亡くなる娘に笑顔で接せなければならないことが一番つらかった。
由衣はある時、液晶付きDVDプレーヤーを手に入れた。隣で入院していた患者さんのおさがりであったが、ベッドの上でずっとたいくつな時間を過ごしてきた由衣は大喜びをした。
液晶付きDVDプレーヤーをガチャガチャといじくる由衣。
「ねぇママ、これ何にも映らないよー」
面白くなさそうに画面を見る彼女。一子は笑った。
「あのね由衣。これは中身のDVDがないと何も見れないのよ」
「えー!!じゃあダメじゃん」
由衣は両手をばたばたさせて抗議をした。
「大丈夫。お母さんが明日までに何か買ってきてあげるから」
そう言ったものの一子は娘がどういうものを見たら喜ぶのか、よく分からなかった。由衣は生まれてから、ずっと病院にいて、保育園や幼稚園、小学校に通ったことはない。さらに一子は働きづめであるため、小さい女の子を持つお母さんとの親交が全くなかった。必然的に、そういうものに疎くなっていた。
しかも一子はあまりお金に余裕がなく、ちゃんとした新品のDVDを1本買うのも苦しかった。
一子は、中古の書籍やDVDを扱う大型チェーン店に寄った。店内を物色したが自動向けアニメのDVDソフトは安いものでも2000円はした。ため息をつく彼女。
ふと目についたレジのすぐ横にあるワゴン、【一本50円】という文字が踊っている。
一子はワゴンを覗き込んだ。
その中に、小さくて愛くるしく、お姫様のように色とりどりでフリフリの服を着た4人のキャラクターが描かれているパッケージを見つけた。タイトルは【クアトロプリンセス】とあった。
近くを通った、黒縁メガネで小太りの店員さんに尋ねた。
「すみません、これは小さな女の子向けのものでしょうか?」
小太りの店員は汗を拭きながら、「ええ、そうですよ」と答えた。
ワゴン内にはその【クアトロプリンセス】が1巻から12巻まで揃っていた。全て買っても600円。一子は購入を決めた。
この【クアトロプリンセス】のDVDを由衣に見せたところ、彼女はあっという間に【クアトロプリンセス】の虜となった。
【クアトロプリンセス】は、中学校に通う四人の女の子が、正義のヒロイン【クアトロプリンセス】に変身し、人間たちをウイルスで攻撃する悪の怪物、ビョーマたちをやっつけるというアニメだった。お姫様のようなフリフリしたきらびやかな服を着た4人の女の子。それでありながら、彼女たちはビョーマと果敢な肉弾戦で闘っている。
由衣。本当はちょっとだけみる予定だったのに、いつのまにかご飯やトイレのこともそっちのけでずっと液晶画面を食い入る様に見つづけた。
次の日一子が病院に行くと、由衣が鏡に向かってなにやら言っていた。
「ひとにすくい。ひとをむしばむビョーマたち。わたしたちクアトロプリンセスがきつーくおみまいしてあげる」
クアトロプリンセスのセリフのようだった。
由衣がよく口ずさむようになった歌がある。
「♩マジック〜マジック〜ほんとうの心は〜ステップ〜ステップ〜はじけてはねる〜」
言うまでもなくクアトロプリンセスのオープニングテーマ。
「ママ問題です。クローバープリンセスのミルちゃんのお父さんのお仕事は何?」
「うーん……大工さん」
「ブッブー。正解は【だいがくきょうじゅ】だよ」
由衣の出すクアトロプリンセスクイズ。誰も答えられないマニアックな問題が羅列された。
「はは、由衣はクアトロプリンセス博士なんだよ」
誇らしげに胸を張る。暇さえあれば何度も何度もDVDを見返している由衣は、確かにその名に相応しかった。
一子はこのDVDを買ってきたことを心底良かったと思った。
由衣の目が見えなくなった。脊髄の異常が、視神経にも悪影響を及ぼしはじめためらしい。
事態はそれだけに留まらなかった。医者は最悪の宣告を一子にした。
「娘さんの命は、そう長くはありません」
一子は膝の上に置いたハンドバッグをぽとりと地面に落とした。
気を取りなし目が見えなくなった由奈の元を訪れた彼女。由衣。目の上に包帯を巻かれた状態で、それでも彼女はDVDプレーヤーを出し、クアトロプリンセスを再生していた。
一子はゆっくりと由奈に近づいて言った。
「今、お目々に包帯してるでしょ。それじゃ、見えないんじゃないの?」
「ううん。もういっぱい見て憶えたから絵はいらない。音だけで分かるんだ」
由衣は一子の問いに首を振った。そして、だからね自分は見えなくても全然平気なんだよと語る。
彼女の小さな背中を凝視する一子。自分が涙を流していることを悟られないようにするのに必死だった。
「ねぇママ」
由衣はふと言った。
「由衣の元にもクアトロプリンセス、来てくれたらいいのにね。由衣のビョーマを倒しに」
その声は少しだけくぐもった声だった。一子は静かに由衣を後ろから抱きしめた。
とある小学校の校庭。褐色の身体をした怪人が不敵に笑った。全ての人間をインフルエンザにして抹殺しようと企てる怪人フルーイン。この街には人間たちを病気にして滅ぼしてしまおうという怪人がかわるがわる現れる。奴ら怪人は【ビョーマ】と名乗る。
フルーインは小学校でいくつものくしゃみ爆弾を爆発させた。爆弾から飛び散ったウイルス。多くの小学生たちが高熱でうなされている。そして……
「そして終わりだな。【クアトロプリンセス】」
四人の女のコが地面に這いつくばっている。彼女たちはフワフワと色取り取りのドレスのような服で身を包んでいた。
「く……もうダメなの?私たち負けちゃうの?」
オレンジ色のドレスを着た女の子が弱々しく呟いた。【ダイヤプリンセス】。ビョーマから人間を守る戦士の一人。ちぎれたスカートの裾から埃まみれの脚が見える。フルーインのくしゃみ爆弾を何発も浴び、彼女たちはボロボロだった。
「何を言っているの!!諦めちゃダメ!!」
そう言って皆を叱咤したのは、ピンクのドレス。クアトロプリンセスのリーダー、【ハートプリンセス】だった。
「そんなこと言ってもよぉ……」
男っぽい口調。弱気に答えたのは青いドレス。【スペードプリンセス】。頬のホコリを拳で拭う。
「あれを見て!!」
ハートプリンセスが指差した先には小学校の校舎があった。
「「負けないで!!クアトロプリンセス!!」」
その窓から子どもたちがクアトロプリンセスをじっと見つめていた。彼らはすでにフルーインのウイルスをくらい、重度のインフルエンザにかかっている。咳が絶え間なく出る。息をするのもつらい筈なのに、声を振り絞ってクアトロプリンセスに声援を送っていた。
「「頑張れ!!クアトロプリンセス!!」」
「……どうやら、頑張らなくてならないようだな」
冷静な面持ちをしながらも目を輝かせたのは【クローバープリンセス】。白いドレスと黒く艶のある長い髪。窓から覗く子供たちの顔を凝視した。
「そう。私たちは諦めちゃいけない。なぜなら私たちは全世界の少年少女の希望。クアトロプリンセスだから!!」
ハートプリンセスの言葉に3人は勇気を取り戻した。そしてボロボロの身体を起こしていった。
「馬鹿なやつらめ。大人しくしていればいいものを。そんな身体でどうやって俺様を倒そうというのだ!!」
あざ笑うフルーイン。
「ケガ?そんなもの、愛の戦士、ハートプリンセスが癒してみせる」
彼女は魔法のステッキを天にかざした。
「【ハート・フェティオーネ!】」
ハートプリンセスがそう叫ぶと、キラキラ光るピンクのハートたちがクアトロプリンセスたちを包んだ。彼女たちの傷がみるみる内に消えていった。
「なにっ!?」
驚きの表情を浮かべるフルーイン。
すっかり元気になったクアトロプリンセスの4人は悠然と並んで立っていた。
「守護の戦士。ダイヤプリンセス」
「知恵の戦士。クローバープリンセス」
「力の戦士。スペードプリンセス」
「愛の戦士。ハートプリンセス」
「「「「4つの希望を胸に抱き、我ら、クアトロプリンセス!!!!」」」」
「人に巣食い。人を蝕むビョーマたち」
「私たちがきつーくお見舞い、してあげる」
ハートプリンセスがフルーインに向かって人差し指を指し、パチリとウインクをしてみせた。
「クソー、クアトロプリンセスめ。またギタギタにしてやる!!」
フルーインはクアトロプリンセスに向かって猛然と駆けて行く。クアトロプリンセスたちもそれに立ち向かう。急速に接近する両者。
そして、激突した……
ープチッ
「……あれ?」
いいところで突然黒くなった画面。ベッドの上のパジャマ姿の少女、
故障かな?と思った。
膝元のせり出し台に乗っかっている液晶画面付きDVDプレーヤー。操作板に目を移す。停止ボタンに指が伸びていることに気づいた。
「……ママ!!なにするの!?」
由衣はむっつりと斜め上を見る。勝手に再生を止めた人物、母親の
「由衣、時計を見なさい」
時間はすでに10時。消灯時間を遥かに過ぎていた。
「……あ、ごめんなさい」
自分に非があることに気づき、しゅんと謝る由衣。
「わかった?寝なさい」
「……」
所在なさげな由衣。上目遣いに母親の顔色を伺い、もじもじと切り出す。
「でもさぁ……あの……もうちょっとだけ……」
弱々しい声。
「……もうちょっとだけ見ていいかな?」
懇願する由衣。
「だーめ。みんなに迷惑でしょ。早く寝なさい」
すでにカーテンの閉まった、他のベッドたちを見て言う。
「……はーい」
由衣は不服そうに言った。カチャリとプレーヤーの画面を閉じる。ため息をついた。けれどおさまりがつかないのか、もう一度だけ顔をあげて頼んだ。
「でもさ、明日朝起きたら、すぐに見ていいよね?」
必死にそう訴える由衣を見て一子はふふと笑った。
「ちゃんとイヤホンして静かに見るのよ」
「……はーーい」
それを聞くと由衣は嬉しそうに布団にくるまった。
先天性脊椎損害。【Congental spinal damage】。CSDと呼ばれる病気。
脳と身体とを連絡する経路に生まれつき悪性の腫瘍が存在する。それは身体の様々な動きを阻害する。薬の効果により、最低限の歩く食べる話すができても。汗をかくような運動などはできない。治療することは不可能で、大抵の人間が年齢を二桁にのせることなく亡くなる。
6歳の少女、友利由衣はCSDだった。
彼女の母、友利一子の苦労は相当なものだった。由衣の父親は一緒にはいない。母子家庭。昼の仕事だけでは娘の入院費用が稼げず、夜も警備の仕事などをした。その合間に娘の元に通った。
肉体的なことよりも、やがて亡くなる娘に笑顔で接せなければならないことが一番つらかった。
由衣はある時、液晶付きDVDプレーヤーを手に入れた。隣で入院していた患者さんのおさがりであったが、ベッドの上でずっとたいくつな時間を過ごしてきた由衣は大喜びをした。
液晶付きDVDプレーヤーをガチャガチャといじくる由衣。
「ねぇママ、これ何にも映らないよー」
面白くなさそうに画面を見る彼女。一子は笑った。
「あのね由衣。これは中身のDVDがないと何も見れないのよ」
「えー!!じゃあダメじゃん」
由衣は両手をばたばたさせて抗議をした。
「大丈夫。お母さんが明日までに何か買ってきてあげるから」
そう言ったものの一子は娘がどういうものを見たら喜ぶのか、よく分からなかった。由衣は生まれてから、ずっと病院にいて、保育園や幼稚園、小学校に通ったことはない。さらに一子は働きづめであるため、小さい女の子を持つお母さんとの親交が全くなかった。必然的に、そういうものに疎くなっていた。
しかも一子はあまりお金に余裕がなく、ちゃんとした新品のDVDを1本買うのも苦しかった。
一子は、中古の書籍やDVDを扱う大型チェーン店に寄った。店内を物色したが自動向けアニメのDVDソフトは安いものでも2000円はした。ため息をつく彼女。
ふと目についたレジのすぐ横にあるワゴン、【一本50円】という文字が踊っている。
一子はワゴンを覗き込んだ。
その中に、小さくて愛くるしく、お姫様のように色とりどりでフリフリの服を着た4人のキャラクターが描かれているパッケージを見つけた。タイトルは【クアトロプリンセス】とあった。
近くを通った、黒縁メガネで小太りの店員さんに尋ねた。
「すみません、これは小さな女の子向けのものでしょうか?」
小太りの店員は汗を拭きながら、「ええ、そうですよ」と答えた。
ワゴン内にはその【クアトロプリンセス】が1巻から12巻まで揃っていた。全て買っても600円。一子は購入を決めた。
この【クアトロプリンセス】のDVDを由衣に見せたところ、彼女はあっという間に【クアトロプリンセス】の虜となった。
【クアトロプリンセス】は、中学校に通う四人の女の子が、正義のヒロイン【クアトロプリンセス】に変身し、人間たちをウイルスで攻撃する悪の怪物、ビョーマたちをやっつけるというアニメだった。お姫様のようなフリフリしたきらびやかな服を着た4人の女の子。それでありながら、彼女たちはビョーマと果敢な肉弾戦で闘っている。
由衣。本当はちょっとだけみる予定だったのに、いつのまにかご飯やトイレのこともそっちのけでずっと液晶画面を食い入る様に見つづけた。
次の日一子が病院に行くと、由衣が鏡に向かってなにやら言っていた。
「ひとにすくい。ひとをむしばむビョーマたち。わたしたちクアトロプリンセスがきつーくおみまいしてあげる」
クアトロプリンセスのセリフのようだった。
由衣がよく口ずさむようになった歌がある。
「♩マジック〜マジック〜ほんとうの心は〜ステップ〜ステップ〜はじけてはねる〜」
言うまでもなくクアトロプリンセスのオープニングテーマ。
「ママ問題です。クローバープリンセスのミルちゃんのお父さんのお仕事は何?」
「うーん……大工さん」
「ブッブー。正解は【だいがくきょうじゅ】だよ」
由衣の出すクアトロプリンセスクイズ。誰も答えられないマニアックな問題が羅列された。
「はは、由衣はクアトロプリンセス博士なんだよ」
誇らしげに胸を張る。暇さえあれば何度も何度もDVDを見返している由衣は、確かにその名に相応しかった。
一子はこのDVDを買ってきたことを心底良かったと思った。
由衣の目が見えなくなった。脊髄の異常が、視神経にも悪影響を及ぼしはじめためらしい。
事態はそれだけに留まらなかった。医者は最悪の宣告を一子にした。
「娘さんの命は、そう長くはありません」
一子は膝の上に置いたハンドバッグをぽとりと地面に落とした。
気を取りなし目が見えなくなった由奈の元を訪れた彼女。由衣。目の上に包帯を巻かれた状態で、それでも彼女はDVDプレーヤーを出し、クアトロプリンセスを再生していた。
一子はゆっくりと由奈に近づいて言った。
「今、お目々に包帯してるでしょ。それじゃ、見えないんじゃないの?」
「ううん。もういっぱい見て憶えたから絵はいらない。音だけで分かるんだ」
由衣は一子の問いに首を振った。そして、だからね自分は見えなくても全然平気なんだよと語る。
彼女の小さな背中を凝視する一子。自分が涙を流していることを悟られないようにするのに必死だった。
「ねぇママ」
由衣はふと言った。
「由衣の元にもクアトロプリンセス、来てくれたらいいのにね。由衣のビョーマを倒しに」
その声は少しだけくぐもった声だった。一子は静かに由衣を後ろから抱きしめた。