第41話 真実
文字数 1,146文字
ねえねぇ知ってる、無理心中だって
睡眠薬で眠らせて青酸カリを流し込んだらしいよ
青酸カリって、そんなに簡単に手に入るの?
だって彼女、医者のタマゴだもの
死んだの見届けて、自分も睡眠薬を飲んだんだって
自分だけ生き残って、ホントは最初からの計画だって噂
怖い、怖い、でも何でそんなに詳しく知ってるの
ほら女の父親、ワイドショーとかのコメンテーターやってるでしょ
いつも偉そうにしてるから、格好の標的になってるのよ
毎日、その話題で大賑わい
でも男だって二股かけてたって言うじゃない
イケメンだったっていうし、勿体な~い
人を傷つけるものは鋭い刃とは限らない。
SNSの世界は無法地帯。
匿名のもとに、あらゆる残酷な言葉で人の心を抉 る。
何も知らない他人が、あたかもこれが正義ですと楔 を打ち込む。
それは、どこからともなく矢のように飛んでくる。
振り払っても、押しのけても贖 えない言葉の暴力。
真実なんてどこにもないが、彼らはそれを必要としない。
言葉の欠片 が浮いて沈みを繰り返しながら、やがて心の澱 となって沈殿する。
重くなった心はどうですか、攻撃して動かなくなった腕は痛いですか。
音のない世界に身を置いて、孤独を自覚するのが怖いのですね。
黙っていることに耐えられないのですね。
真実は一つだけ、もうカイがいないという真実だけ。
あの日、深夜にカイのスマホが鳴った。
画面には”マリリン”の文字。
目を覚ました私に「ごめん、マナーモードにするの忘れてた」そう言って応答した。
ベットから出て、スマホを片手にテーブルにあった飲みかけのコーヒー缶を、
キッチンの流しに置きに行く。
たぶん、話を聞かれたくなかったのだ。
少しくらい離れても、話せば聞こえるのに。
でもカイは会話をしなかった。
「ちょっと、出てくる」
「えっ、どこに?いま2時半だよ」
「錯乱状態で、話ができない。心配だから様子を見てくる。大通りに出ればタクシーが捕まると思うし」
大体の察しがついた。深く詮索するのはよそう。
物分かりのいい恋人を演じてみせた。
「すぐ、戻るから寝てていいよ、起こしちゃってごめん」
春の気配がするのに、身震いするほど部屋の空気が凍っていた。
身支度をする彼に、寒いからと言ってマフラーを手渡した。
黙って受け取ると、玄関にしゃがんで靴を履いている。
引き留めることはできた。でも引き留めなかった。
大きな背中に縋りついて「行かないで」って言いたかった。
でも、それは言葉にならなかった。
パタンと閉まったドアを開けて、暗闇に消えてしまった彼を探した。
小さくて、ぼんやりしていく黒い影。
視界から消えるまで見送った。
なぜか儚げで、見たこともない小さな後ろ姿。
私は黙って見送ることしかできなかった。
次回は最終話です
睡眠薬で眠らせて青酸カリを流し込んだらしいよ
青酸カリって、そんなに簡単に手に入るの?
だって彼女、医者のタマゴだもの
死んだの見届けて、自分も睡眠薬を飲んだんだって
自分だけ生き残って、ホントは最初からの計画だって噂
怖い、怖い、でも何でそんなに詳しく知ってるの
ほら女の父親、ワイドショーとかのコメンテーターやってるでしょ
いつも偉そうにしてるから、格好の標的になってるのよ
毎日、その話題で大賑わい
でも男だって二股かけてたって言うじゃない
イケメンだったっていうし、勿体な~い
人を傷つけるものは鋭い刃とは限らない。
SNSの世界は無法地帯。
匿名のもとに、あらゆる残酷な言葉で人の心を
何も知らない他人が、あたかもこれが正義ですと
それは、どこからともなく矢のように飛んでくる。
振り払っても、押しのけても
真実なんてどこにもないが、彼らはそれを必要としない。
言葉の
重くなった心はどうですか、攻撃して動かなくなった腕は痛いですか。
音のない世界に身を置いて、孤独を自覚するのが怖いのですね。
黙っていることに耐えられないのですね。
真実は一つだけ、もうカイがいないという真実だけ。
あの日、深夜にカイのスマホが鳴った。
画面には”マリリン”の文字。
目を覚ました私に「ごめん、マナーモードにするの忘れてた」そう言って応答した。
ベットから出て、スマホを片手にテーブルにあった飲みかけのコーヒー缶を、
キッチンの流しに置きに行く。
たぶん、話を聞かれたくなかったのだ。
少しくらい離れても、話せば聞こえるのに。
でもカイは会話をしなかった。
「ちょっと、出てくる」
「えっ、どこに?いま2時半だよ」
「錯乱状態で、話ができない。心配だから様子を見てくる。大通りに出ればタクシーが捕まると思うし」
大体の察しがついた。深く詮索するのはよそう。
物分かりのいい恋人を演じてみせた。
「すぐ、戻るから寝てていいよ、起こしちゃってごめん」
春の気配がするのに、身震いするほど部屋の空気が凍っていた。
身支度をする彼に、寒いからと言ってマフラーを手渡した。
黙って受け取ると、玄関にしゃがんで靴を履いている。
引き留めることはできた。でも引き留めなかった。
大きな背中に縋りついて「行かないで」って言いたかった。
でも、それは言葉にならなかった。
パタンと閉まったドアを開けて、暗闇に消えてしまった彼を探した。
小さくて、ぼんやりしていく黒い影。
視界から消えるまで見送った。
なぜか儚げで、見たこともない小さな後ろ姿。
私は黙って見送ることしかできなかった。
次回は最終話です