4話

文字数 2,713文字

「なあ蒼吾、運命の出逢いって本当にあるんだな」

アキの発言に言葉を失ったのは、長い付き合いの中でたった一度きり。大学一年生の春のことだった。

彼とは小学校からの付き合いで、大学生になる頃にはその独特の感性にもすっかり慣れ、言葉足らずな部分も脳内で完璧に補完されるようになっていたため、当人に「蒼吾ってテレパシー使えんの?」と本気で疑われたこともあるくらいだった。

「アキ、ごめん。なんて言った?」

「だから、運命の出逢い。俺、いま最高に幸せかもしれない」

「そうか……それは何より……」

地元に残った俺と違い都内の大学に進学したアキは、上京早々に変な女に引っかかったのだと思った。行く末がひどく心配だったけれど、その発言の二ヶ月後、六月の梅雨寒の中アキと一緒に地元を訪ねてきたのは真面目そうで綺麗な子。胸を撫で下ろすとともに、あのマイペースなアキがどうやったらこんな子を彼女にできるのか不思議で堪らなかった。

「蒼吾、紹介するな。こちら花美結さん。素敵な人だろ」

彼女は頬を染めながら会釈してくれた。

「初めまして、花美です。月蜜さんのことは暎斗君からよく聞いてます」

「そうですか。ではもうご存知かと思いますが、月蜜蒼吾です。よろしく」

「よし!じゃあ自己紹介できたところでご飯行こう」

花美さんの手を取り意気揚々と歩き出すアキを追い、いつものファミレスへと向かった。注文後に花美さんが化粧室へと席を外したタイミングで、少し気になっていたことを聞いてみた。

「なあアキ。別に彼女とご飯したくないわけじゃないんだけど、こういうのって、結婚決まった時にするものじゃないのか。前は紹介とかしなかったよな」

「あー、たしかに。何でだろう、それだけ本気ってことかな。いや、これまでも本気だったけど」

「それ曖昧過ぎないか」

「まあとにかく、はっきり言えるのは、大事な人には大事な人を知っておいて欲しいってことだな」

その言葉を俺なりに解釈するなら、「大事な友達には、大事な彼女のことを知っておいて欲しい」だった。「大事な人」は主に恋人や家族に対して使用する単語と思われるが、アキの場合にはそこに「友達」も含まれているのだろう。こそばゆい心地になり、伏し目がちにありがとうと伝えておいた。


***


『月蜜君へ

おはようございます。
今週もあのレターが届いたので転送します。

四通目になりましたが、いまだに送り主も
送付意図も不明のままです。
けれど、レターの言葉に不思議と励まされている
私がいます。変な人よね。

ちなみに、思い切って「どなたですか?」と
返信しましたが全く反応ありません。
(迷惑メールだから当たり前かな)


では、何かあればいつでも連絡ください。

花美


-----Forwarded Message-----
『From:letter_for_yui@email.jp
件名:FW:ラブレター
本文:

大好きな結へ

俺にとって、幸せの意味は三つあるよ。

毎朝、結におはようって言えること。
毎晩、結におやすみって言えること。
いつでも、結に大好きって言えること。

もし俺が怪我をして
声が出せなくなったとしても
不幸せにはならない。
幸せの意味を、変えればいいんだから。


例えば
毎朝、結におはようって書いて伝えられること。
毎晩、結におやすみって書いて伝えられること。
いつでも、結に大好きって書いて伝えられること。
いつでも、結を抱きしめられること。

あ、幸せの意味は増減もできるね。


ねえ。幸せの輪郭は変わっていくよ。

だからね、これがないと幸せになれない、
なんてことはないと思うよ。
結の好きなように、自由に、
幸せに意味をつけてあげたらいいんじゃないかな。

P.S.結の幸せには「美味しいものを食べること」が入ってる気がする。』


『花美さん

こんにちは。
転送ありがとうございます。

こちらは未だ力になれず申し訳ないです。

迷惑メールの疑いが晴れないとは言え
今のところ誹謗中傷は含まれず、
かつ花美さんがこれを前向きに
捉えられているのはいいことではないでしょうか。


ではまた。

月蜜』

花美さんは五通目も六通目も律儀に転送してくれた。彼女はそれぞれのレターに対しコメントを付してくれるが、俺はと言えば「応援しています」「良いと思います」と誰にでも書ける言葉を打つことしかできなかった。


***


「蒼吾、友人代表スピーチ頼める?」

「え、何のこと?」

一昨年の六月七日の夜中にかかってきた電話に出ると、アキは「もしもし」をすっ飛ばして用件を述べた。

「結婚式の友人代表スピーチ、頼んでもいい?俺、結と結婚するから」

その声音から、満面の笑みでスマホを握りしめている様子がありありと想像できた。

「そういうことか。もちろん喜んで引き受けるよ。おめでとう、アキ。それで式の日程は?」

「これから決めるとこ」

「ハハハッ。何でスピーチ依頼優先してんの。先走りすぎだろ」

「いや、とりあえず蒼吾の予定押さえなくちゃと思って」

「予定も何も日程・・・アハハハハッ」

日取りも決まらぬうちからスピーチの文言を練り上げ、自信作に仕上げた。感謝と応援を沢山詰め込んで、もしかしたらアキが泣くかもなんて想像していた。

けれど、それが読まれることはなかった。引き出しの奥にしまったまま、永遠に眠り続ける友情の結晶(ことば)

白髪になっても隣にいる存在だと思ってた。どんなに歳を重ねても変わらずに笑いあい思い出を増やしながら、しわくちゃの顔で「いい人生だったな」って一緒に振り返りたかった。

花美さんが例のメールを転送してくる度に、文末に「辛いのは、花美さんだけじゃないです」と打ち、すぐさま消して。そんなこと、軽々しく言える立場じゃない。



「なあ蒼吾、聞いて欲しいことがあるんだけど」

友人代表スピーチを依頼されるずっと前。久しぶりに地元に戻ってきたアキは、俺をいつものファミレスに誘った。

「言われなくとも何でも聞くけど。改まってどうした?」

「あのな、俺・・・」



アキ。アキを思い出すと、必ず笑ってるんだ。呼びかけると、いつものあの笑顔を浮かべて待っててくれる。これからもそうしてくれると嬉しい。

肩を並べて笑いあった思い出は、決して消えない。それはもう俺の一部だから、切り離せない。だから、逢えなくても、俺たちの友情は決して色褪せない。なあ、そうだろう。



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