3話

文字数 2,230文字

『From:letter_for_yui@email.jp
件名:ラブレター
本文:

大好きな結へ

結が一人で悩んでる姿を見ると
結らしいなって思う。
結は向上心の塊だから、たぶん
壁にぶつからないことはないんだよね。

すごいと思う。偉いと思う。
けど、悩み過ぎちゃダメだよ。
自分を責め過ぎちゃダメだよ。

そばにいる人の、肩の借り方、わかるでしょう。


P.S.綺麗な結に言われたら、みんな二つ返事で貸しちゃうと思う」


***


悩み事は尽きない。けれど相談などしない。壁にぶつかったならそれは成長のチャンス。自ら対処を検討し、行動に移して解決することが常識で美徳とすら思っていた。

けれどあるとき、暎斗が鮮やかに常識を覆した。

のんびりしているようで聡い側面も持ち合わせる彼は、お家デートの途中で私の頬を突いた。

「ねえ、仕事でなんかあった?」

「何もないよ」

「じゃあ、プライベートでなんかあった?」

「ないって。私は大丈夫。今は映画に集中してるから後にして」

すると彼はリモコンの一時停止ボタンを押し私に向き直った。

「本当に何もない?」

「……暎斗には関係ないでしょ」

「そうだとしても、モヤモヤ吐き出したらきっとスッキリするよ」

「いいよ。愚痴を零すほど弱い女じゃないし」

「なんで?俺は愚痴を零す結を弱いとは思わないし、どんな結も好きだよ」

こちらを見つめ、恥じらうことなく届けられた言葉に心が溶けた。おかげで、大丈夫という言葉で自分を誤魔化し凌いでいた意地っ張りな私はどこかへ消えた。ようやくわかった、勇気を出して手を伸ばせばいつだって楽になれる。だって、いつだってそこにあなたがいてくれるから。

「……ちょっと肩貸しなさいよ」

「どーぞ。一日百円ね」

「安過ぎでしょ」

「うん。いつでも使えるように」

「っふふふ。ありがと」


***


「ごめん、勝喜(かつき)君。ここ教えてもらえるかな?」

職場で隣席にいる後輩に声を掛けると、彼はなぜか驚愕の表情を浮かべた。

「どうしたんすか花美さん!自分を頼るなんて、明日台風でも来るんですか」

「いやいや。関数の挿入得意って言ってなかった?」

「言いましたけど、入社三年目にして初めて質問されました。……ははーん。さては恋人でもできたんすね。甘えることを知ったんすね」

控えめなトーンで会話していたつもりなのに、地獄耳の部長には筒抜けだったらしい。彼女の目がキラリと光る。

「こら勝喜!仕事に関係ない話をしない!花美さん、何も気にしなくていいのよ」

「はい、お気遣いありがとうございます」

勝喜君も謝罪を述べた後、「コワー」と心の声が漏れていた。部長は二年前の件を知っているため配慮の指摘だったのだろうけど、その腫れ物に触るような扱いには若干の抵抗感を覚えている。

ようやく業務にキリがつき食堂で遅めのお昼をとっていると、背後から聞き慣れた声が響いてきた。

「お疲れ様でーす。花美さんも遅お昼なんすね。あ、隣いいですか?」

「もちろん」

彼は大盛り唐揚げ定食をテーブルに置き、軽く溜息をつきながら着席した。

「定例会議、そんなに大変だったの?」

「大変というか、今日は部長のあたりが厳しいっす。何か悪いことしたかな」

唐揚げを一片頬張りながら「身に覚えがない」と不服そうな表情を浮かべる勝喜君。

「ごめん、たぶんそれ私のせいだと思う」

「え?どういう仕組みっすかそれ?」

二年前のこと、そしてそれを部長が知っていることを話すと、彼はなぜか笑みを浮かべた。

「羨ましいっす」

「え?」

「十年も想い続けてくれた人がいるなんて、花美さんは贅沢っすね。彼氏彼女の関係だとお互いを支え合うことに法的効力も義務もないのに、一途に十年ですよ。たぶん、人はそれを幸せと呼ぶんだと思います」

「どうかな。彼に甘えてばかりで、私はただそばにいさせてもらっただけだから。全部、彼のおかげ」

「いやいや、そんなことあるわけないじゃないですか」

「でも……」

「じゃあ、花美さんは彼氏さんに十年間も片想いさせてたって言うんですか」

「そうじゃないけど」

「ですよね。大事な人に見つめてもらうだけで、人は充分強くなれます。それこそ十年間走り続けるエネルギーが絶えなかったのは、お互いのおかげです。愛し続けることは一人じゃできない。そう思いませんか」

「うん、そうかも。ありがとう勝喜君。元気もらえたみたい」

「いえいえ!お礼はバニラアイスでいいっすよ」

「ふふふ。わかった、大きめのやつ買ってくる」

「ご馳走様でーす!」


想いをストレートに届けてくれる暎斗と違い、愛の言葉を贈るのも抱擁もこちらから積極的にすることはなかった。気恥ずかしくて、腕に抱きつくのが精一杯の愛情表現。だけどもう、それはできない。

もっと伝えればよかった。もっと抱きしめればよかった。もっとちゃんと愛せばよかった。もっと、ずっと、愛したかった。

ずっと、後悔していた。今となっては「愛してる」より「ごめんなさい」の方が喜ばれるんじゃないかって、そう思ってた。

でも、もしかしたら勝喜君の言うように、私はただそばにいただけではなかったのかもしれない。少なからず、想いは伝わっていたのかもしれない。

ねえ、暎斗。どう思う?

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