プロローグ

文字数 552文字

(ゆい)、聞いたよ。あの大企業の優良物件から言い寄られたんだって?しかも取り合わなかったんだって?ねえ、熱でもあったの?」

親友の真那(まな)は一息にそう捲し立て、「せっかく紹介してあげたのに」とぼやきながらビールグラスを口元に運んだ。

今夜は久しぶりに彼女と二人きりの軍議の日。軍議というのは一般的に女子会と呼ばれる食事会だけれど、その弱々しい響きでは収まりきらない話題で持ちきりになるため、より適切な単語を検討した結果ここに落ち着いた。恋愛だけに留まらず、私たちの関心事はいつだって今後の人生で、この限られた時間の正しい使い方を三十歳を目前にした今でも不器用にそして積極的に模索している。

「チャンスくれたのにごめんね。悪い人じゃないんだけど、あまりに非の打ちどころがなくて私にはもったいない人だったから」

「なるほど。そんなこと、前は言わなかったのにね」

そのセリフが文字通りの意味でないことはすぐにわかった。過去に引きずられるなという応援はありがたくもあり、同時に、何度となく過去を乗り越えようとしながら一向に踏み出せない現状との葛藤に息が詰まる。

「結。もう許してあげなよ、自分のこと」

許すも何も、私には何も変えられない。あの人を失った時から、私の時計は止まってる。


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