サイドストーリー
文字数 1,957文字
軽いミーティングを終えてからデスクに戻ると花美さんはそこにおらず、資料棚の前で探し物をしていた。どうやらお目当のものを見つけた様子だが、最上段にあるそれを取りにくそうにしている。そして数回のチャレンジののち、資料を睨んで動きが止まった。脚立を取りに行くのも面倒だろうし、自分なら余裕で取れそうな高さにあるし、当然のごとくそちらへ向かったわけだけど、急に後退し始めた花美さんのヒールが自分の爪先を直撃。咄嗟に振り向いた彼女には驚きよりも謝罪の様相が色濃く現れていた。
「ごっごめん勝喜君!痛かったよね、大丈夫?」
「全然平気っす。革靴って意外と丈夫みたいですね」
若干余韻が残っているものの、それを正直に述べるほど野暮ではない。心配そうに見つめる瞳へ笑顔で返答し、目的の資料に手を伸ばした。
「どうぞ」
「気づいてくれてたのね、すごく助かる」
「お安い御用です」
「ありがとう、ごめんね」
その言葉は、とても花美さんらしいと思った。
ここに配属されてからずっと見てきてわかったことは、彼女は芯が強い人。彼女自身でできると判断したことは、たとえ予備知識がなくとも試行錯誤しながらこなし経験値と技量へと変化させ蓄積していく。そうやって周囲へ一切の迷惑をかけまいと奮闘し、実際にそれが実現できる才能と意思の強さを兼ね備えているけれど、人を頼ることが苦手で抱え込みがちのように見えた。そんな優しい彼女が、迷惑をかけるはずないのに。
「花美さん、『ごめんね』は別の機会にとっておいてください」
「そう?お手間だったかと思って」
こちらの発言に完全には納得していない様子で、ともすればまた「ごめんね」が飛び出しそうだ。
「花美さんて、器用なのに不器用なんですね」
「えっと……それは、つまり……?」
「なんでもできる器用さがあるのに、人に任せるのってあまり得意ではないですよねってことです」
「うーん、言われてみればそうかも。自分でできることなら自分でやった方がいいかなって」
「どうしてですか?」
「みんなの負担が増えないように、かな」
想像通りの返答だった。それは彼女の最大の強みであり、同時に、最大の弱点でもあると思う。だから自分は真っ直ぐに彼女と向き合った。
「負担になるかどうかは、相手の捉え方次第だと思いませんか?」
「そうなのかな、うん、どうだろう」
「例えばこれだって、自分は手間とは全く思わないですし、そうしたいからここに来ました。だからたぶん、花美さんの思う負担と自分のそれはレベルが違うんです。こうして気づけたからいいですけど、本来言わないとわからないことで。なのでもっと花美さんのこと教えてほしいです。大変なら大変って、聞かせてほしいです」
「うん、ありがとう」
言葉では受け止めているのに、今後頼られる予感のしない心地がした。その一途な姿勢も魅力のひとつなのだろうけれど、たぶん本人は気づいていない。完璧じゃない姿に劣等感を抱く必要なんかなくて、完璧じゃないからこそ完璧で、完璧じゃないからこそ自分がここにいるわけで。周りに迷惑を掛けない人なんていない。ひとりで生きていける人もいない。だからこうして、あなたに伸ばして繋げる手を持って生まれたんだと思う。
「前から思ってたんだけど、勝喜君って達観してるところあるよね。これまでも色々気づかせてもらってるし、すごいなあ」
「どうでしょう。自分で言っておいてなんですが、自分以外の人のことってよく見えるものですよ。それに一個人の意見なので、花美さんのやりたいようにやってもらうのが一番だと思います」
まとまりのないことを言ってる自覚はあったけど、それこそが自分の気持ちに正直な言葉だった。ここから上手くまとめる方法も思いつかず、やや強引ながらも正直な想いを付け加えることにする。
「ってことなんで、コピー一枚でもコーヒーおかわりでも、なんでもいいので、些細なことから頼ってください。喜んでお願いされますから」
「本当にいいの?」
ようやく、花美さんが笑ってくれた。
「はい!心配ご無用です。三年も一緒にいるんですよ?この勝喜、花美さん専属のプロフェッショナルでスマートなサポーターになれる自信があります!」
「ふふふっ」
気を張って仕事することも、気を遣って円滑に事を進めることも大切だし、それができるあなたは素晴らしい。けれどあなたには笑顔が一番似合うから、のびのびとあなたでいてください。自分には、気を張ることも気遣いも、優しい遠慮も不要ですから。
本当のあなたを、解放してあげてください。どんなあなたも受け止められる確信があります。だからこうして、両手を広げてここにいますよ。
「ごっごめん勝喜君!痛かったよね、大丈夫?」
「全然平気っす。革靴って意外と丈夫みたいですね」
若干余韻が残っているものの、それを正直に述べるほど野暮ではない。心配そうに見つめる瞳へ笑顔で返答し、目的の資料に手を伸ばした。
「どうぞ」
「気づいてくれてたのね、すごく助かる」
「お安い御用です」
「ありがとう、ごめんね」
その言葉は、とても花美さんらしいと思った。
ここに配属されてからずっと見てきてわかったことは、彼女は芯が強い人。彼女自身でできると判断したことは、たとえ予備知識がなくとも試行錯誤しながらこなし経験値と技量へと変化させ蓄積していく。そうやって周囲へ一切の迷惑をかけまいと奮闘し、実際にそれが実現できる才能と意思の強さを兼ね備えているけれど、人を頼ることが苦手で抱え込みがちのように見えた。そんな優しい彼女が、迷惑をかけるはずないのに。
「花美さん、『ごめんね』は別の機会にとっておいてください」
「そう?お手間だったかと思って」
こちらの発言に完全には納得していない様子で、ともすればまた「ごめんね」が飛び出しそうだ。
「花美さんて、器用なのに不器用なんですね」
「えっと……それは、つまり……?」
「なんでもできる器用さがあるのに、人に任せるのってあまり得意ではないですよねってことです」
「うーん、言われてみればそうかも。自分でできることなら自分でやった方がいいかなって」
「どうしてですか?」
「みんなの負担が増えないように、かな」
想像通りの返答だった。それは彼女の最大の強みであり、同時に、最大の弱点でもあると思う。だから自分は真っ直ぐに彼女と向き合った。
「負担になるかどうかは、相手の捉え方次第だと思いませんか?」
「そうなのかな、うん、どうだろう」
「例えばこれだって、自分は手間とは全く思わないですし、そうしたいからここに来ました。だからたぶん、花美さんの思う負担と自分のそれはレベルが違うんです。こうして気づけたからいいですけど、本来言わないとわからないことで。なのでもっと花美さんのこと教えてほしいです。大変なら大変って、聞かせてほしいです」
「うん、ありがとう」
言葉では受け止めているのに、今後頼られる予感のしない心地がした。その一途な姿勢も魅力のひとつなのだろうけれど、たぶん本人は気づいていない。完璧じゃない姿に劣等感を抱く必要なんかなくて、完璧じゃないからこそ完璧で、完璧じゃないからこそ自分がここにいるわけで。周りに迷惑を掛けない人なんていない。ひとりで生きていける人もいない。だからこうして、あなたに伸ばして繋げる手を持って生まれたんだと思う。
「前から思ってたんだけど、勝喜君って達観してるところあるよね。これまでも色々気づかせてもらってるし、すごいなあ」
「どうでしょう。自分で言っておいてなんですが、自分以外の人のことってよく見えるものですよ。それに一個人の意見なので、花美さんのやりたいようにやってもらうのが一番だと思います」
まとまりのないことを言ってる自覚はあったけど、それこそが自分の気持ちに正直な言葉だった。ここから上手くまとめる方法も思いつかず、やや強引ながらも正直な想いを付け加えることにする。
「ってことなんで、コピー一枚でもコーヒーおかわりでも、なんでもいいので、些細なことから頼ってください。喜んでお願いされますから」
「本当にいいの?」
ようやく、花美さんが笑ってくれた。
「はい!心配ご無用です。三年も一緒にいるんですよ?この勝喜、花美さん専属のプロフェッショナルでスマートなサポーターになれる自信があります!」
「ふふふっ」
気を張って仕事することも、気を遣って円滑に事を進めることも大切だし、それができるあなたは素晴らしい。けれどあなたには笑顔が一番似合うから、のびのびとあなたでいてください。自分には、気を張ることも気遣いも、優しい遠慮も不要ですから。
本当のあなたを、解放してあげてください。どんなあなたも受け止められる確信があります。だからこうして、両手を広げてここにいますよ。