6話

文字数 2,860文字

「ねえ暎斗、ひとつ聞いていい?」

「んー?」

とある土曜の昼下がり。紅茶を片手に暎斗にもたれながら質問をしてみた。

「何で私の誕生日に入籍しようと思ったの?暎斗の誕生日とか、付き合った記念日とか、他にも選択肢はあったでしょう」

彼はマグカップを置いて私を抱きしめた。

「結の誕生日を、この世で一番幸せな日にしたいから」

「どういうこと?」

「記念日が二つ重なったら、一日だけじゃ祝いきれないだろう。だからたっぷり時間をかけて盛大に祝おうよ。今検討してるのは、ウォーミングアップ前夜祭、早めの前夜祭、前夜祭、当日のお祝い、後夜祭、もっと後夜祭、これでもか後夜祭。な?一週間ずっと、結のための日だよ」

「二人の記念日になったら、暎斗のお祝いでもあるよね」

「ほんとだ。すごいな、俺も一緒に『この世で一番幸せな日』が持てる」

私もマグカップを置いて暎斗を抱きしめ返した。


***


「あれ、花美さん。ヘアアクセ付けるとか珍しいっすね」

真那にプレゼントしてもらったヘアピンをして出勤すると、早速勝喜君がそれに気づいた。シンプルなデザインなので悪目立ちしないと思ったのだけど。

「よく気付いたね。変に光ってる?」

「いやいやいやいや。毎日隣にいるんですよ?良い変化に気づかないはずないじゃないですか」

「ヘアピンが良い変化かどうかはわからないけど、意外と見られてたんだね」

「ご謙遜ー。花美さんって鋭いのに鈍いですね」

「ん?矛盾してない?」

「周りに向ける目は鋭くて察しがいいのに、自分に向ける目は鈍くて察しがアレってことです。だから気付いてないかもしれませんが、見てる人はちゃんと花美さんを見てますよ。それともあれですか。花美さんはロンリネス・ラバーなんですか?」

「っふふ。何それ」

「孤独が好きなんですかっていう。最近英会話レッスンに通い始めたんですよねー。まあ、成果はイマイチみたいっすけど。へへへ」





私の誕生日を金曜に控えた週の月曜、午前零時。次の日は仕事だけど、レターを読んでからベッドに潜るのが習慣になっていた。

『From:letter_for_yui@email.jp
件名:ラストラブレター
本文:

大好きな結へ

これが最後のラブレターです。

さよならは言わないでおくね。
また逢えるように、おまじない。


結、大丈夫だよ。
もっと自分に期待してあげてね。
結なら大丈夫だよ。

結らしい幸せを
結らしいペースで掴もうね。


P.S. 結、またね。』


頭のどこかでわかってた。このレターは永遠には続かない。頭のどこかで願ってた。ずっと届けてほしい。

またね。それは暎斗が好んで使った言葉。付き合ってから、いえ、その前から一度も「さよなら」や「バイバイ」と言われたことはない。その理由を彼はこう教えてくれた。

「だって、また逢いたいだろ」





「アキ、これでいいんだよな」

八月十日を金曜に控えた週の月曜日、午前零時。夜空を見上げて呟いた言葉は、親友に届くだろうか。





月曜のお昼は真那と月蜜君からの連絡が偶然同時に入り、指先が忙しくなった。

『結ー!お疲れー!

金曜はバースデー休暇取ったって言ってたよね。
私も有給取ろうと思うから、
よかったら日帰り旅行しない?
それかケーキビュッフェ♪

急な申し出だから、
無理っぽかったら言ってね』

特に予定は入れていないし翌日も休みなので久しぶりの遠出もいいかもしれない、そんなことを考えていると、月蜜君からメッセージを受信した。

『花美さん

突然ですが、
十日金曜の夜、仕事終わりにお時間もらえませんか。
さほど時間はかかりません、一時間もらえれば十分です。
そちらに伺います。

難しければ、別の候補日をください。』

月蜜君は十日が私の誕生日と知らないはず。なのでお祝いではないだろうけれど、文面から若干の緊急性を感じ、都合をつけることにした。

『真那、お疲れ様。

お誘いありがとう、嬉しい。
まさか一緒に過ごせるとは思わなかったな〜。

どちらかというとケーキビュッフェな気分かも。
バースデーケーキをたくさん食べられるみたいで素敵。

あのね、ちょっとした用事で五時くらいには
帰宅するかもだけど大丈夫?』

『月蜜君、連絡ありがとう。

その日はちょうどお休みをもらっているので
都合がつけられます。

七時以降でどうでしょう。
月蜜君の都合いい時間帯、場所を教えてください。』

真那からの返信は昼休み中に来なかったけれど、月蜜君とはスムーズに連絡が続き、集合場所も時間も確定することができた。

『了解しました。

では十日金曜夜七時に、
蝶羽(ちょうわ)公園駅の改札前に伺います。

ではまた。』

「あ・・・」

そういえば、月蜜君も「さよなら」を使わない人だ。


***


誕生日当日は爽やかな晴れの日。真新しいヒールを履いて、ヘアピンを挿し、心躍らせながら玄関ドアを押し開いた。

去年も、一昨年も、自分の誕生日が大嫌いだった。誰とも繋がれていない冷たい(から)の手を見て、涙が止まらなかった。

今も、誰かと手を繋いでいるわけじゃない。見かけでは。

私には頼もしい親友がいて、会社には感性豊かな後輩がいて、少し離れた場所にも優しい友達がいる。見ている人が、見ていてほしい人が私を見てくれて、支えてくれて、私もそれに応えたい。きっと新しい幸せの輪郭を、見つけ始めているんだと思う。

暎斗、ごめんね。あなたを過去に残していくけど、そんな私でも許してくれるかな。


楽しい時間はあっという間に過ぎていく。真那とは約半日一緒にいたのに体感時間は二時間程度。彼女のご縁界隈の近況には相変わらず笑いが絶えないし、仕事でのトラブルも面白おかしく話すものだから、終始笑いっぱなしで頬が痛い。美味しいケーキも存分に堪能して心も体も満たされた。

真那と別れ、蝶羽公園駅には六時五十分に到着。そこにはもう、無地の紙袋とシンプルなビジネスバッグを下げた月蜜君が立っていた。彼はこちらに気づくなりまた会釈で挨拶してくれた。

「お疲れさまです。早いですね」

「月蜜君こそ。お待たせしました」

「いえ。蝶羽公園はこっちですよね?」

「ええ、こっち。行きましょうか」

夜七時を過ぎた公園のひと気はまばらで、昼間は賑わう噴水前のベンチもがら空き。月蜜君はそのうちの一つに腰を下ろし、私も隣に静かに座る。目の前に見える噴水は淡い水色の電飾に照らされ、とても綺麗だった。彼はバッグから何かを取り出し、こちらに差し出した。それは一冊のノートだった。

「これ、誕生日プレゼントです」

「あら、ありがとう。私の誕生日、知っててくれたのね」

「いえ、俺からではないです」

「そうなの?」

「アキからあなたへ、誕生日プレゼントです」


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