D-Day

文字数 706文字

「――本当に……今日、やるのか?」
「そうですよ。だって、あなたはカロンでしょう? 名前は、ですけど」
「死神じゃないか……カロンは、コードネームだ。――――名前は……ダート」
「――ダート……そう、ダートさん」
 腹の中で、蝶が羽ばたいている。
「ダートさん。私の願いを叶えてください……あなたにしか、叶えられないんです」

 冬にしては暖かな昼下がり。屋上に出ると、薄く満月が見えた。
「カナン……ここに」
 白いコンクリートに膝をつき、彼女を呼ぶ。
 黒猫のように軽やかな足取りで、しかしゆったりと、こちらに歩いてくる。
 仰向けに寝そべった彼女の肌は白く、真っ黒な髪と目とセーラー服、赤い唇だけが浮きあがって見える。
 祈るように目を閉じた彼女は、小さく呟いた。
「カロンは、渡し守じゃなくて星のことだったんですね」
 目を開けた彼女と、視線がぶつかる。
 心なんてものを持っていない自分には、彼女がなぜ殺されたいのか、どんなに考えてもわからなかった。できるのは、彼女の願いを叶えることだけ。
「――カナン」
 痛みも、苦しみも、辛さも、怖さもない、死を。
「ダートさん、ありがとう」
 彼女を手にかけた。

 だんだん冷たくなっていく彼女の手を握りながら、どれくらい経ったのか――空は暗く、星が瞬いていた。
 雲が流れ、満月の光が彼女を照らした。
 幸せそうに微笑む彼女。願いが叶うと、人はこんな表情になるのか。
 身体の真ん中にぽっかりと穴が空いている気がして、その穴に弾丸を撃ち込んでみる。
 ぼんやりと霞んでいく視界のなか、彼女を抱き締めると、冷たいはずなのに温かかった。
 ――彼女もこんな気持ちだったのだろうか。
 このまま彼女のそばで眠りたい。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み