第7話 完結

文字数 949文字

 翌朝、ダイニングに行くと、珍しいことに和博は慌てふためいていた。左のまぶたが赤く腫れあがり、どうやら物貰いのようであった。この日は大事な会議があるらしく、眼科に寄っている暇はないと騒ぎたてる。
「良ければ、僕が代わりに会社へ行こうか」政彦はわざとらしく手をまっすぐ上に挙げる。
「そうして欲しいのは山々だが、秘書課の西原くんが焼きもちを焼くからな」
 和博なりのジョークである。社長の娘というこれ以上ない婚約者がいるエリートが、浮気なんて馬鹿げたことをするはずがないからだ。
 左目を庇うようにしながら、朝食は要らないと吐き捨てるように言葉を投げると、和博は取るものも取りあえず、玄関を後にした。
「政彦! お前もさっさと済ませんか!」
 八つ当たりもいいところである。この時、政彦の腹は決まった。

 政彦は綿密に計画を立てる。決して失敗は出来ない。
 生命保険の契約書に必要事項を書き込むと、政彦はそれにハンコを押した……。

 それから半年がたった。
 さすがに契約してすぐだと怪しまれると思い、しばらく様子を見ていたのだった。
 あれから和博は、あの時の物貰いが原因で大事な会議に遅れてしまい。大目玉を喰らった。それから仕事も失敗続きで、婚約すらも破棄されてしまう。もちろんそれも政彦の作略で、です・ノートの力は偉大だと認めざるを得なかった。
 いよいよ潮時だと満を持してノートを開く。それから父親のフルネームを記して、予め貯めておいた二十万円をつぎ込んだ。兄を破滅させるのには一万円もかかっていない。これで確実に死ぬはずだと踏んでいたからである。
 どんな死に方かは判らないが、さすがに二十万もつぎ込めば助かるはずはなかった。
 事故で死ねば一千万。病死でも五百万は来る計算だ。これでたったの二十万円は破格と言っていい。

 その日の昼過ぎ、父の死体が発見された。警視庁の屋上から飛び降りたのだ。警察の威信をかけた調査から、事故や事件性はなく、遺書が無いことから衝動的な自殺と判断された。
 まさか自殺とは予定外だった。これではせっかくのプランが台無しである。
 政彦は保険の契約書を見直すと、自殺の欄にはこう記してあった。

『……なお、甲が自殺と判断された場合。契約日から一年以内は、一律二十万円が保険金として支払われる……』
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