第3話

文字数 2,016文字

 翌日、コンビニに出勤した政彦は店長からミスを指摘された。
「おい、きみ。弁当の数が間違っているじゃないか。しっかり頼むよ」
 見るとそれは確かに政彦の字だったが、店長の代わりに数えたもので、時間外だったこともあり、ついうっかりしたのだった。それだけにとどまらず、その後も店長からの嫌味や小言が続き、腹を据えかねた政彦は昨日のノートの切れ端をポケットから取り出すと、『次のターゲットは「     」です』の鍵かっこのところに店長の名前を書き込んだ。
 あの老人は死ぬことは無いと言っていたが、それでも何かしらの天罰が下るに違いない。何が起こるか判らないが、密かにほくそ笑む政彦であった。

 しかし、いくら待っても何事も起こる気配がない。店長は元気そのものだし、体調が悪くなった様子も見られなかった。試しに、大丈夫ですかと訊いてみるも、素っ頓狂な顔をされた。

 バイト終わりに松極堂に駆けこんだ政彦は、どういうことですかと怒鳴り散らす。
「すまんすまん。これを忘れとった」
 そう言うと、老人は貯金箱のような穴の空いた黒い箱を出してきた。
「これは?」
「名前を書いた後で、ここに現金を入れないと効果はないんじゃ。もちろん金額によって効果は様々じゃがな」
「それを早くいってくださいよ」
 その箱をぶん捕るように取り上げると、政彦は自転車にまたがり、家へと持ち帰った。そして自分の部屋に駆け込むと、ドアに鍵を掛けた後で箱を机に置く。
「しまった。いくら入れればいいか聞くのを忘れちゃった。まあいいか」
 それから財布を取り出し、取り敢えず一円玉を入れると、そのままベッドに潜り込んだ。

 翌日は行きつけのボーリング場で練習をこなす。二か月後にはボーリング場主催で大会が行われる予定になっているので、フォームを整えるために五ゲーム程こなした。この大会はプロへの選考会も兼ねており、どうしても落とすわけにはいかない。少なくとも三位以内に入らなければプロへの昇格は望めなかった。
 取りあえずターキーが取れたので満足していると、ライバルである村山三兄弟が現れた。
「おい、竹林。お前も大会に出るのか。どうせ上位は俺たち三人が独占するから、まだプロにはなれないだろうが、せいぜい頑張りな!」
 そう言うと村山三兄弟は去っていった。
 何も言い返せなかった政彦は悔しくてたまらなかった。です・ノートが頭に浮かんだが、まだ効果を確認していないとすぐに掻き消す。

 その日の午後。コンビニに出勤すると、店長の右頬に絆創膏が張られていた。
「店長、どうしたんですか、それ」
 絆創膏に指を差すと、店長は蚊に刺されたと答えた。
 一円だから大したことは無かったが、それでも“です・ノート”の効果が表れた証拠である。これがもっと高額だったらどんなことになるのか、楽しみで仕方がなかった。
 その後、老人に四万円を支払ったのは言うまでもない。

 翌日。です・ノートと貯金箱(?)をさっそくコンビニに持ち込んだ。効果のほどを直に確かめたかったからだ。
 制服に着替え、店長がカウンターでお金を数えているのを見計らって、ノートに名前を書き、五円玉を入れた。もっと多くても良かったのだが、せっかくだからいろいろ試したかったのだ。
 すると、店長はいきなりくしゃみをした。そのはずみで小銭をばらまいたらしく、カウンターの下に硬貨が数枚落ちた。
 さっそくノートの効果が出たに違いない。
 店長は舌打ちをしながらしゃがみ込み、落ちた小銭を集めると、再び舌打ちが聞こえた。そこで政彦は何も知らないふりをしてカウンターへ向かう。
「店長、どうしました?」
 話によると、五円玉が一枚足りないようだった。なるほど、五円の効果は五円玉が無くなるという訳か。実にシンプルと言えよう。
 店長は自分の財布から五円玉を取り出すと、ぶつくさ言いながらレジに入れる。
 しばらくして控室に戻った政彦。今度は十円玉を入れてみた。次はどうなる事かと胸を躍らせながら見守っていると、一人の男性客が入ってきた。中学か高校生に思え、どことなく挙動不審である。まさかと思い、さり気なく注意を向けていると、案の定、十円のガムを一つ万引きした。こっそりと店長に報告し、店を出たところで店長が声をかける。少年は震え上がり、自らガムを差し出してきた。
「もう二度とやるなよ」そう言って店長は少年を解放した。
「良いんですか? 補導しなくても」政彦は疑問を投げた。マニュアルでは金額にかかわらず、保護した後で警察に通報する決まりになっていたからである。実際に通報まではなくとも保護者を呼んだことは何度かあった。
「あの感じからすると、きっと誰かにいじめられて嫌々やらされたに違いない。悪いのは彼じゃなくていじめっ子の方だ」
 意外といい人だった。人使いは荒いが、きっと本当は心根が優しいに違いない。取りあえず復讐はこれくらいにしておこうと心に決めた。今後ないとは言い切れないが。
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