第6話

文字数 1,281文字

 翌月、政彦はボーリングの大会に出場した。当然ながら村山三兄弟もエントリーを済ませていた。
「よう、お前も参加するのか。てっきり辞退したかと思ったぜ」彼らは含みを持たせるような言い方で政彦を嘲笑している。実は三日前のコンビニの帰り道に、誰かに襲われて右足に怪我を負っていた。相手はマスクを被った三人組で、村山の連中に間違いないと思われたが、確証がなく、です・ノートの使用は控えた。運のいいことに大した怪我ではなく、警察に届け出るまではしなかった。
 だが、今の発言で確信に変わる。
 どうして怪我をした事を知っているのだろうか。
 やはりこいつらに違いない。
 政彦はこっそりノートを取り出すと、彼らの名前を書き記した。先ずは手始めとして百円玉を入れる。三人で三百円。別に怪我をして欲しい訳ではなかったので、取り敢えずは様子見だった。
「おい、どうしてくれるんだ」会場の端から村山兄弟の長男の声が上がる。どうやら兄弟げんかが始まったみたいだった。聞き耳を立てると、ボーリングの弾を間違えて持ってきてしまったらしいことが判明した。
 ボーラーは通常、各々に合わせてカスタマイズされたボールを使用する。きっと以前使っていた奴を持ってきたに違いなかった。会場に置いてあるボールを借りてもいいが、それだと思うようにコントロールすることが出来ない。一般に貸し出すボールではストライクやスペアが取りづらいのだ。

 結果としてそれ以上は必要なかった。足の怪我もなんのその。並みる強豪たちを抑え、見事に準優勝することが出来たのだ。プロへの昇格がほぼ決まったことになる。
 一方の村山三兄弟は三人そろって予選敗退。同情しない訳では無かったが、それは身から出た錆であり、政彦を襲った罰と言えるだろう。

 その日の夜、夕食の団欒に笑顔はなかった。政彦は今日の結果を報告すると、父は怒鳴り声を上げた。
「まだ、そんな事をやっているのか! 少しは和博を見習って定職に就いたらどうなんだ。プロになったからと言って大した稼ぎにもなるまい。三十にもなって遊んでばかりでどうするんだ!」口に含んだご飯粒をまき散らしながら、父は小言を垂れる。
 母は相変わらず口を開こうとはせずに、黙々と食事を進めていた。
「父さん。僕はまだ二十九だよ」
「うるさい! どちらにしても同じことだ!!」
 そこで味噌汁を飲み終えた兄の和博は、二人を遮るように言った。
「ふたりともやめなよ。食事がまずくなるだろう。せっかく母さんが作ってくれたんだから、食事の時くらいはその話は止めてくれないかな」
 その態度が気に食わなかった。兄貴はいつも喧嘩両成敗みたいな事を言ってくるが、政彦としては一方的に言われるだけで、殆ど喧嘩になっていない。正直言って父より兄貴の方が頭にくる。ちょっと頭がいいからって何かと比べられるし、少しレベルの高い会社に就職したからって、おかずの数も違っていた。
 気まずい夕食が終わりを告げると、政彦は部屋に籠って、です・ノートを取り出した。
 『次のターゲットは「竹林和博」です』
 当然のようにペンを置くと、五百円硬貨を入れた……。
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