08 個人的な興味
文字数 3,266文字
「で、あんた。何でこんな夜にこんなところをうろうろしてるんだ」
レイヴァスの相手はやめて、シュナードはライノンに問うた。
「それがですね! 聞いていただけますか!」
ライノンは目を輝かせた。
「アルディルムの血を引く人物が、このお宅にお住まいらしいんです!」
「あー……」
「生憎といまはお留守のようですが……あれ、もしかして」
「いや、その」
「じゃあ、やっぱりシュナードさんも英雄の血筋をお探しだったんですね。もうっ、内緒にしなくてもいいじゃないですかあ」
「いやいや、そうじゃなくて」
何だか急に仲間意識を持たれたようだが、もちろんそういうことではない。
「違うんですか?」
目に見えて、ライノンはがっかりした。
「何だ……シュナードさんがご一緒なら心強いのになあ」
「別にあんたと俺は、ちょっと酒場で話したくらいじゃないか」
見た目に頑丈そうだというのは確かだろうが、そんなに信頼されるような間柄ではない。
「だって」
ぱっと、またライノンの表情は明るくなった。
「聞きましたよ! 戦士シュナード・イーズと言えば、〈狼爪〉のふたつ名を持ち」
「だあっ、それはよせ!」
慌てて彼は制した。
(何でまた、こんな、もう何年も聞いていなかったような恥ずかしい称号を一日に二度も聞かなけりゃならんのだ!)
「あれっ、内緒でしたか。すみません」
ライノンはしゅんとなった。
「別に隠しごとじゃないがな、若い頃に粋がってた、あの当時を思い出すと小っ恥ずかしいもんだ」
ぶつぶつとシュナードは言った。
「話なら聞くから、それはやめてくれ」
「はあ」
判りましたとライノンはうなずいた。
「ここの人間を訪ねてきたって言ったな? だが、そいつは……」
どうしたものかとシュナードは迷った。
「確かに、ここの主人はアルディルム姓を持つ」
レイヴァスが嫌そうに言った。
「しかしアストールとは何の関係もない。たまたま同一の姓を持つだけだ。判ったらとっとと帰れ」
「え、ええっ!?」
青年は目をぱちぱちとさせた。
「そんなあ……せっかく見つけられたと思ったのに……」
「ほかを当たれ」
少年はまるで犬でも追い払うように手を振った。
「で、でもご親戚かもしれません! 何かご存知かも」
「何もご存知じゃない!」
「ええっ、でも」
「あー、そうだな。ええと」
態度を決めかねながらシュナードは口を挟んだ。
「あんたは英雄の血筋を探してどうしようってんだ? 魔術王の復活をとめてもらおうって正義感でもあるのか?」
「とめてもらえるならそれに越したことはないと思いますけれど、僕のは、どちらかと言えば個人的な興味で」
少し照れくさそうにライノンは頭をかいた。
「個人的な? どういうことだ」
「アルディルム家には代々、アストールの手記が伝わっているそうなんです!」
また元気を出した。実に忙しい。
「手記」
シュナードは繰り返した。
「英雄アストールの? 魔術王の退治の仕方でも書いてあんのか?」
「さあ、それは判りません。封印方法については口伝だということですし」
「書いて残しておけばよかったんだ」
レイヴァスは唇を歪めた。
「誰もが方法を知っておけば、アルディルム姓の他人が迷惑することもなかっただろう」
「いや、でも、重要なのは血筋ですよ!?」
青年は意気込んだ。
「英雄の剣を操れるのは、英雄の血を引く者だけですから!」
「岩に刺したとかって剣か」
話を思い出しながらシュナードは確認した。
「はい! 剣にも名前があるんです。ええと、確か……」
うーん、と青年は考え込み、はっと顔を上げて手を打ち鳴らした。
「スッペンダー !」
「スフェンディア だ、馬鹿者!」
レイヴァスは怒鳴るように言った。
「そうそう、それです! よくご存じですね」
「――お前」
ライノンは素直に感心したようだが、シュナードは少し首をひねって少年を見た。
「何で、そんなこと」
英雄の剣の名前など聞いたことがない。そんなことを知っているのなら、まさか。
「『まさか本当に英雄の血筋か』などと思っているのではないだろうな」
「う」
冷たい口調にシュナードは詰まった。
「これくらい、少し本を読めば出てくる。お前をはじめとする世の中の人間が何も知らなさすぎる愚者だというだけだ」
手厳しい言葉でシュナードは世間の愚者代表にされた。
「えっ、もしかして、それじゃあなたが」
「ちっ」
少年は舌打ちした。
「そうだ。僕がこの家の主だ。だがアストール・アルディルムとはほんのこれっぽっちも関係なんかない」
彼は二本の指でごく少量を示して言い切った。
「ええっ、そうなんですか?」
「そうだと言っているだろう!」
「でも、アルディルムさんなんでしょう?」
「偶然だ」
「えっ、でも」
「こんな姓、ほかにもあるだろう。大して珍しくない」
「でも、剣の名前」
「本を読んでいれば判ると言った」
「余程、興味を持って調べないと判らないかと思うんですが」
「いささか興味はあったさ。同じ姓だからな。不思議じゃないだろう」
「まあ、確かに不思議じゃ――」
「不思議です」
シュナードが認めかけると、ライノンは首を振った。
「僕はかなりアストール関係の本を読みましたけれど、剣の名前が出てくるのはたったの一冊、それも失われたとされているシーバーの著書でして、その写本は遠い町に保存されている限りです」
学者は真剣な顔をしていた。
「あなたがその本を読んだとは少々考えづらい」
「お前の読んでいないほかの本にあったんだとは考えないのか」
呆れたようにレイヴァスは言った。
「では、それはどなたの書かれた、何という題の書ですか」
「そんなことまで覚えていない」
「ええっ、覚えませんか、普通」
ライノンは素っ頓狂な声を上げた。シュナードにはちっとも「普通」とは思えなかったが、学者の世界では当たり前なのだろう。
「僕は研究者じゃない。興味があるのは実になる知識だけだ。著者や書名などどうでもいい。内容ですら、『知識』に関係がなければ」
どうでもいいとレイヴァスは繰り返した。
「アストールのことは実になったのか?」
ついシュナードが尋ねれば、きつい視線がきた。
「うるさいな。あれはただの興味だ」
「……何だか矛盾してないか」
「黙れ」
「ううん、何だか納得しがたいです」
青年学者は眉間にしわを寄せた。
「やっぱりあなたが英雄の末裔なんじゃないですか?」
「断じて、違う」
「あ、秘密なんでしょうか」
「違う!」
「すみません。秘密だったら秘密だとは言えませんもんね」
声をひそめてライノンは知ったようにうなずいた。聞いていた戦士は苦笑したが、少年の方は苛立ちを募らせた。
「シュナード!」
「何だよ」
「いったい何だ、こいつは!」
彼は怒鳴った。
「こういう、頭の緩い男は苛々する」
「あっ、酷いです」
ライノンは傷ついたようだった。
「とにかく、話をさせてもらえませんか、アルディルムさん 」
「……レイヴァスだ。その姓で呼ぶな」
「はい、レイヴァスさん 」
ずっと年下の少年に敬称をつけながら、ライノンはにこにことした。
「立ち話も何ですから、おうちに招いてもらえると有難いんですが」
(さり気なく図々しいな)
またしてもシュナードは苦笑した。
「お前な……」
少年のこめかみには青筋が立ちそうだった。
「まあまあ、いいじゃないか」
シュナードは取りなすことにした。
「お前は本を取りにきたんだよな? それを探して支度する間、ライノンの話を聞きながらでもいいだろう」
「本ですって? まさか、手記」
「違う!」
「ええ……本当に、違うんですかあ……?」
「泣くな!」
「まだ泣いてません……」
泣きそうな顔でライノンは言った。
レイヴァスの相手はやめて、シュナードはライノンに問うた。
「それがですね! 聞いていただけますか!」
ライノンは目を輝かせた。
「アルディルムの血を引く人物が、このお宅にお住まいらしいんです!」
「あー……」
「生憎といまはお留守のようですが……あれ、もしかして」
「いや、その」
「じゃあ、やっぱりシュナードさんも英雄の血筋をお探しだったんですね。もうっ、内緒にしなくてもいいじゃないですかあ」
「いやいや、そうじゃなくて」
何だか急に仲間意識を持たれたようだが、もちろんそういうことではない。
「違うんですか?」
目に見えて、ライノンはがっかりした。
「何だ……シュナードさんがご一緒なら心強いのになあ」
「別にあんたと俺は、ちょっと酒場で話したくらいじゃないか」
見た目に頑丈そうだというのは確かだろうが、そんなに信頼されるような間柄ではない。
「だって」
ぱっと、またライノンの表情は明るくなった。
「聞きましたよ! 戦士シュナード・イーズと言えば、〈狼爪〉のふたつ名を持ち」
「だあっ、それはよせ!」
慌てて彼は制した。
(何でまた、こんな、もう何年も聞いていなかったような恥ずかしい称号を一日に二度も聞かなけりゃならんのだ!)
「あれっ、内緒でしたか。すみません」
ライノンはしゅんとなった。
「別に隠しごとじゃないがな、若い頃に粋がってた、あの当時を思い出すと小っ恥ずかしいもんだ」
ぶつぶつとシュナードは言った。
「話なら聞くから、それはやめてくれ」
「はあ」
判りましたとライノンはうなずいた。
「ここの人間を訪ねてきたって言ったな? だが、そいつは……」
どうしたものかとシュナードは迷った。
「確かに、ここの主人はアルディルム姓を持つ」
レイヴァスが嫌そうに言った。
「しかしアストールとは何の関係もない。たまたま同一の姓を持つだけだ。判ったらとっとと帰れ」
「え、ええっ!?」
青年は目をぱちぱちとさせた。
「そんなあ……せっかく見つけられたと思ったのに……」
「ほかを当たれ」
少年はまるで犬でも追い払うように手を振った。
「で、でもご親戚かもしれません! 何かご存知かも」
「何もご存知じゃない!」
「ええっ、でも」
「あー、そうだな。ええと」
態度を決めかねながらシュナードは口を挟んだ。
「あんたは英雄の血筋を探してどうしようってんだ? 魔術王の復活をとめてもらおうって正義感でもあるのか?」
「とめてもらえるならそれに越したことはないと思いますけれど、僕のは、どちらかと言えば個人的な興味で」
少し照れくさそうにライノンは頭をかいた。
「個人的な? どういうことだ」
「アルディルム家には代々、アストールの手記が伝わっているそうなんです!」
また元気を出した。実に忙しい。
「手記」
シュナードは繰り返した。
「英雄アストールの? 魔術王の退治の仕方でも書いてあんのか?」
「さあ、それは判りません。封印方法については口伝だということですし」
「書いて残しておけばよかったんだ」
レイヴァスは唇を歪めた。
「誰もが方法を知っておけば、アルディルム姓の他人が迷惑することもなかっただろう」
「いや、でも、重要なのは血筋ですよ!?」
青年は意気込んだ。
「英雄の剣を操れるのは、英雄の血を引く者だけですから!」
「岩に刺したとかって剣か」
話を思い出しながらシュナードは確認した。
「はい! 剣にも名前があるんです。ええと、確か……」
うーん、と青年は考え込み、はっと顔を上げて手を打ち鳴らした。
「
「
レイヴァスは怒鳴るように言った。
「そうそう、それです! よくご存じですね」
「――お前」
ライノンは素直に感心したようだが、シュナードは少し首をひねって少年を見た。
「何で、そんなこと」
英雄の剣の名前など聞いたことがない。そんなことを知っているのなら、まさか。
「『まさか本当に英雄の血筋か』などと思っているのではないだろうな」
「う」
冷たい口調にシュナードは詰まった。
「これくらい、少し本を読めば出てくる。お前をはじめとする世の中の人間が何も知らなさすぎる愚者だというだけだ」
手厳しい言葉でシュナードは世間の愚者代表にされた。
「えっ、もしかして、それじゃあなたが」
「ちっ」
少年は舌打ちした。
「そうだ。僕がこの家の主だ。だがアストール・アルディルムとはほんのこれっぽっちも関係なんかない」
彼は二本の指でごく少量を示して言い切った。
「ええっ、そうなんですか?」
「そうだと言っているだろう!」
「でも、アルディルムさんなんでしょう?」
「偶然だ」
「えっ、でも」
「こんな姓、ほかにもあるだろう。大して珍しくない」
「でも、剣の名前」
「本を読んでいれば判ると言った」
「余程、興味を持って調べないと判らないかと思うんですが」
「いささか興味はあったさ。同じ姓だからな。不思議じゃないだろう」
「まあ、確かに不思議じゃ――」
「不思議です」
シュナードが認めかけると、ライノンは首を振った。
「僕はかなりアストール関係の本を読みましたけれど、剣の名前が出てくるのはたったの一冊、それも失われたとされているシーバーの著書でして、その写本は遠い町に保存されている限りです」
学者は真剣な顔をしていた。
「あなたがその本を読んだとは少々考えづらい」
「お前の読んでいないほかの本にあったんだとは考えないのか」
呆れたようにレイヴァスは言った。
「では、それはどなたの書かれた、何という題の書ですか」
「そんなことまで覚えていない」
「ええっ、覚えませんか、普通」
ライノンは素っ頓狂な声を上げた。シュナードにはちっとも「普通」とは思えなかったが、学者の世界では当たり前なのだろう。
「僕は研究者じゃない。興味があるのは実になる知識だけだ。著者や書名などどうでもいい。内容ですら、『知識』に関係がなければ」
どうでもいいとレイヴァスは繰り返した。
「アストールのことは実になったのか?」
ついシュナードが尋ねれば、きつい視線がきた。
「うるさいな。あれはただの興味だ」
「……何だか矛盾してないか」
「黙れ」
「ううん、何だか納得しがたいです」
青年学者は眉間にしわを寄せた。
「やっぱりあなたが英雄の末裔なんじゃないですか?」
「断じて、違う」
「あ、秘密なんでしょうか」
「違う!」
「すみません。秘密だったら秘密だとは言えませんもんね」
声をひそめてライノンは知ったようにうなずいた。聞いていた戦士は苦笑したが、少年の方は苛立ちを募らせた。
「シュナード!」
「何だよ」
「いったい何だ、こいつは!」
彼は怒鳴った。
「こういう、頭の緩い男は苛々する」
「あっ、酷いです」
ライノンは傷ついたようだった。
「とにかく、話をさせてもらえませんか、
「……レイヴァスだ。その姓で呼ぶな」
「はい、
ずっと年下の少年に敬称をつけながら、ライノンはにこにことした。
「立ち話も何ですから、おうちに招いてもらえると有難いんですが」
(さり気なく図々しいな)
またしてもシュナードは苦笑した。
「お前な……」
少年のこめかみには青筋が立ちそうだった。
「まあまあ、いいじゃないか」
シュナードは取りなすことにした。
「お前は本を取りにきたんだよな? それを探して支度する間、ライノンの話を聞きながらでもいいだろう」
「本ですって? まさか、手記」
「違う!」
「ええ……本当に、違うんですかあ……?」
「泣くな!」
「まだ泣いてません……」
泣きそうな顔でライノンは言った。