3. 自責の念

文字数 3,404文字

ショウタと会う時間になるまでの間、せっかくだからというキョウの誘いで、僕は町の中心部をキョウと二人で歩いて回った。
吹き荒れる冬の冷たい風を振り払うかのように、頭や目線を動かして辺りを見渡す。
町の景色は、僕が地元を出ていった当時から多少変わっていた。
菜の花が片隅に咲いていた空き地には、コンビニができていた。
老夫婦が営む駄菓子屋があった場所には、テナント募集の張り紙が貼られている。
地下に僕が通っていた喫茶店のあったビルは、取り壊されて無くなっていた。
元よりさほど良い思い出なんかないし、出て行く時には捨てる覚悟も持っていた町だ。
でもそんな町でも、長い時間見続けていた景色が変わっているのを見ると、僕は図らずも寂しさを感じてしまった。
それと同時に、物事が移り変わる時間の早さを一人痛感させられたのだった。

ただでさえ寒いのに、外の空気が更に冷え込み始めた夕方。
僕はキョウと二人、ショウタと約束している時間よりも早く焼肉屋に着いた。
外はもう暗くなり始めていてとても寒いからと、キョウがショウタにラインで一言入れて僕らは先に店内に入る。
店員にもう一人来るからと伝えて、ショウタが来るのをキョウと二人で待った。
ショウタと会うのは、実に中学校を卒業して以来だ。だから久々に会う懐かしさもある。
でも事前に現在のショウタの状態を聞かされているから、それに伴う不安もあった。
そんなことを考えていると、約束している時間になった。そして数分してから、ショウタが店内に入ってきた。
容姿に関しては、昔から少しも変わらない。
少し丸いが屈強な体系に、太い腕。ジーパンにパーカーと、比較的ラフな服装。そして、口髭が少し生えているが、昔の記憶とさほど変わらない膨らんだ顔付き。
ショウタは店内を少し見渡す。そして僕とキョウを見つけると、昔と変わらない満面の笑みを浮かべながらこちらに歩いてくる。
「え~っと、どなたでしったけ?」
キョウが近づいてきたショウタに、使い古した挨拶代わりの冗談を言う。
「あれ? 人違いだったか~。失礼しました~~」
「いや冗談やし~。逆にショウタじゃなかったら怖いわ」
キョウの冗談にショウタが一旦乗って、それにキョウが突っ込む。学生時代に何度も見た光景だ。
「ショウタ、久しぶり」
「おう、宮城! 久しぶりだな! 中学校以来か⁉ 」
僕がショウタに声を掛けると、ショウタはなんだか嬉しそうに言葉を返してきた。
それから三人でビールやハイボールを注文して、乾杯をする。そしてアルコールを飲みながら、肉を焼いていった。
「焼肉なんて何年ぶりだよ~?」
ショウタはそう言って笑いながら、どんどん肉を頬張っていく。
ここまでは、キョウが話していた自暴自棄の様子はさほど感じられずにいた。
だが各々の近況についての話になって、アルコールが回り始めた頃から、ショウタは弱音をこぼすようになった。
キョウが言っていた通り、ショウタは今でも夜の居酒屋のバイトをして生計を立てているらしい。
店長の叱責がうるさいとか、重い食器や食料品の持ち運びが辛いとか、ショウタがバイトの愚痴や悩みを吐く。
またショウタは一人暮らしをしているが、バイトだけで生計を立てている為に苦しい生活をしていること。
大学入試にも就活にも失敗した、そのことをショウタ自身が情けなく感じていること。
そしてここ最近は、死んだら全てが楽になるんじゃないか、そう考えてしまっていることを打ち明けた。
その言葉や内容にキョウが相槌を打ち、同情の言葉を返す。
それに反して僕は相槌を返すだけで、ショウタには何も言わなかった。
いや、言えなかったの方が正解だ。
満身創痍の状態のショウタを、励ましてやりたい気持ちはもちろんある。
でも変に慰めや励ましの言葉を送っても、落ち込んでいる人間に対しては逆効果になってしまう。昔の僕なんか、そんな言葉に対して嫌悪感すら感じていた。
だからそんなことを考えると、ショウタに何も言えなかったのだ。
ショウタの話に続くかのように、医療機関の事務職のバイトをしているキョウが話し出す。ここ最近仕事の内容が変わったらしく、俺は慣れないパソコン作業がキツいんだよな、などとこぼしながらビールをがぶ飲みする。
僕も二人の愚痴の内容はある程度わかる気がした。僕も日中は肉体労働をしていて、残業時間に共有資料をパソコンで作っているからだ。
キョウがある程度話終えると、キョウとショウタは二人で僕の方に目線を向けてきた。
次はお前の番だ、ということらしい。
それに合わせて僕も日頃のことを口にする。
地方の工場で、現場での肉体労働をしていること。また事務処理の仕事で残業していること。
残業した後の夜は、仲良くしてもらっている先輩と飲み食いして、コンビニでタバコを吸いながら長い時間駄弁っていること。
現場で危険行動を繰り返す一人の先輩や、あまり口を聞きたくない管理職の人事課長についての話。
でも現場の人達や仲良くしてもらっている先輩達が、今のところ可愛がってくれているから、なんとか仕事を続けられていること。
そういった内容を僕は話した。
「やっぱり皆んな色々と悩みはあるよなぁ……」
僕の話をある程度聴き終えると、キョウがそう呟く。すると間を空けずに、ショウタが口を開いた。
「でもこの三人の中で、一番安定した生活を送れているのは、なんだかんだ言っても宮城なんだよな。羨ましいや……」
ショウタは笑顔でそう言いながらビールを飲む。ビールを飲む時のショウタのその笑顔は、どこか悲しさを含んでいるように見えた。
僕はショウタの言葉を聞いて、僕とショウタ自身の間に距離感を感じた。
確かにこの三人の中では、唯一僕だけ定職に就いている。だから収入や生活などが一番安定しているという点では、僕なのかもしれない。
そう考えると、今ショウタの言葉を否定することを口にするのは控えようと思った。
「まあ自分も自分で、褒められるような生き方はしてないけどね……」
一瞬考えた後、歯切れを悪くしながらもなんとか言葉を返す。
決して褒められるような生活はしていない。それは本当だった。
職場の人達は優しいし、ネットで知り合った友人やキョウなどの地元の奴ら、そういった人達に支えられて生きている中で、喜びや楽しさはもちろん感じる。
でも昔から変わらずに不器用で、そのせいでよく仕事で失敗してしまう。コミュニケーション不全もまた相変わらずで、上手く人と話せなかった時は自分の欠陥が嫌になる。人の視線が嫌になって、満員電車なんかの人混みの中では吐きそうになる。
ストレス解消で会社の先輩と飲み食いしては、嫌な人間のことを思わず愚痴ってしまう。
まともな生活とは、まだまだ程遠いのが現実だった。
でもこう考えると悪いが、きっとショウタやキョウから見た僕の現状は、図らずも幸福な生活なんだろうな。
だからショウタとキョウの前で、自分の現状を大きく不幸ぶるのは気が引けた。それで歯切れの悪い返事をしてしまった。
「それでも、立派に働けてる宮城が羨ましいや・・・・・・」
ショウタはそう呟く。変わらず悲しさを含んだ笑顔を浮かべている。
僕はそんなショウタを見て、自分を責めたい気持ちになった。
時間が経てば当然、人は死んだり変わったりする。
僕が前より変わったのと同様に、ショウタも多少は変わるはずだ。そう頭の中ではわかっているよ。
それでも、今の僕とショウタの間にできた、形のない溝に悲しく感じてしまった。
各々進んだ道が違うのだから、行き着く場所が違うのは当然だ。
それでも僕は、友人のショウタを置いて自分一人で進んで行ってしまった、そう思ってしまった。
それからというものの、僕はショウタに申し訳なく感じるようになった。ショウタはきっと酒も入っているから、深くは考えていないだろうけど。
何かを感じたのか、その話以降はキョウが率先して場を盛り上げてくれた。
キョウの使い古したボケに、ショウタが大笑いする。
僕はその光景を見ている傍ら、置いているハイボールを口にする。
話し込んでいたせいで凍りも溶けていて、ぬるくなっていた。
テーブルの上にグラスを置く時に、僕の手が視界に映る。
昔は少しでもアルコールを飲むと手や腕が真っ赤になっていた。
だが今では耐性がついたのか、ある程度アルコールを含んだだけではその反応は現れなくなっている。
そういったこともまた、時間が流れた事実を突きつけてくるように思えた。
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