第3話 模型同好会

文字数 3,261文字

 一年前の秋、学園祭に向けて一年生四人で活動を開始した模型同好会は、年度が変わっても新入生を勧誘出来ず、二年目も相変わらず予算の付かない同好会のままだった。
 しかし部室がなくては活動も出来ないため、顧問の太田俊和教諭が交渉してくれた結果、陸上部の部室の隣にあった八畳ほどの部屋を確保してくれた。噂によると、その部屋はかつて卒業後も部活動に幅をきかせていたOB会メンバー達の休憩室だったという。そのOBの一人が陸上部の女子生徒に乱暴を働いたためにOB会は解散を命じられ、以来誰も使うことのない空き部屋になっていたらしい。

 模型同好会と言っても、みんな嗜好がバラバラで、何かを一緒に作るという訳でもない。それぞれが得意な模型を製作したり改造したりして、時折それを見せ合うという同人的な活動のそれは、悪く言えば模型オタクの集いのようなものだった。顧問の太田先生は、自他共に認める鉄道模型ファンだったために同好会の顧問を喜んで引き受けたが、メンバーの誰とも趣味が合わなかったため、活動は殆ど放置状態になっていた。

 最初の提案者だったことから代表になった鈴木悟は、ガンプラと呼ばれる「機動戦士ガンダム」に登場するモビルスーツやモビルアーマーと呼ばれるロボット型のプラモデルを得意としていた。更に「メタルギアソリッド」や「エウレカセブン」、そしてもちろん「新世紀ヱヴァンゲリオン」や「機動警察パトレイバー」も守備範囲だ。もちろん「スターウォーズ」も好きだが、手を出すと歯止めが効かなくなりそうなため「洋物」は敬遠している。作るのはあくまでもロボットやメカであって、綾波レイなどの人物にはあまり興味が無い。

 山下裕太は、ミリタリー系のジオラマ製作に飛び抜けた才能を持っていた。彼が製作した第二次大戦中のヨーロッパを舞台とするジオラマは、中学生の頃から模型雑誌で何度か紹介され、その卓越した塗装のテクニックはプロのモデラーからも賞賛されていた。山下は戦車や装甲車、それに戦闘機や爆撃機のプラモデルを利用してリアルな世界観を作るが、飛んでいる飛行機には興味が無く、メッサーシュミットやスピットファイアーはいつも墜落した状態だ。

 柳宗一郎を模型オタクと呼ぶのは、彼にとって少し心外かも知れない。柳を高く評価する山下が推薦しなければ、同好会には参加しなかったはずだ。得意分野は建築や家具と地味なものが多いが、工業デザイナーとして活躍する親の影響は隠せない。時折、フェラーリやランボルギーニなどスタイリッシュなスポーツカーのプラモデルを製作して、それを建築と組み合わせてジオラマに展開することもある。しかし、車種の選択は単なる「かっこよさ」ではなく、ジウジアーロ、フィオラバンティ、ガンディーニといったデザイナーへの拘りにある。最近は自分でデザインした椅子やテーブルのスケールモデルを、自宅の3Dプリンターを利用して製作する傍ら、他のメンバーから模型のパーツの立体造形を頼まれることも少なくない。3Dプリンターの出力はただでさえ時間がかかるうえに、データを入れただけでは上手くいかないことも多く、その手直しにとても手間がかかる。面倒なので本当は断りたいのだが、とりあえず材料費だけで三人のバランスを考えながら請け負っていた。

 遠山薫は少し変わり者というか、四人の中では個性派だ。中学を一年遅れて卒業したために一つ年上の遠山は、初顔合わせの時に自作の模型ではなく市販のスケールフィギュアを持って来た。「セイバー・リリィ」という7分の1縮尺のそれは、河原隆幸氏による原型から量産されたプロダクションモデルだったが、翻ったドレスや波打つ髪の毛の造形など、フィギュアにあまり興味の無い三人も目を見張るほどの出来映えだった。「俺は自作でこのレベルを目指したいんだ」と言う言葉通り、遠山薫の興味の対象はロボットでも戦車でも自動車でもなく、「女の子」にあった。そして、遠山は柳がデザインする椅子に「理想の女性」のスケールモデルを座らせることを思い描いていた。

 活動一周年を迎えた彼ら四人は、夏休みのそれぞれの成果を部室に持ち寄って、互いに披露することにした。しかし、授業のある日に「作品」を持参するのはなかなか骨が折れる。特に山下のジオラマを通学時に持参することは不可能だ。そこで、二学期が始まった週の最初の土曜日、隣の陸上部のメンバーが練習を開始する前の早朝に部室に集合することを決めた。
 そして様々なサイズの夏休みの成果が、二つ繋げた長机の上に並べられた。

 鈴木悟が持参したのは「機動戦士ガンダムSEED」の「MGフリーダムガンダム Ver.2.0」のプラモデル。色分け済みだったものを全て塗装し直した上、更にウエザリングも施してあった。
「すごいね。塗装のテクニック、すごくレベルアップしてる」と山下に褒められたことが悟は嬉しかった。
 その山下裕太のジオラマに悟と宗一郎は息を呑んだ。それは戦時下のオランダの田園地帯の情景で、ドイツ軍の急降下爆撃機ユンカースJu87ストゥーカが風車に激突し、胴体は半分折れた状態になっている。風車は衝撃で半壊し、それをオランダ人の農夫とその娘が呆然と眺めている。さらによく見ると、近くの木にはパラシュートが絡まった航空兵がぶら下がっていて、猟師らしい男がライフルの銃口をそのドイツ人に向けていた。
「いやぁ、すごいなあ。まるで映画のワンシーンだね」
「この風車、自分で作ったの?」
 裕太は、悟と宗一郎の質問に一つ一つ丁寧に答えてくれた。しかしその間、遠山薫だけは少し離れた場所に椅子を置いて、そこに座ったまま退屈そうにしていた。
 次に柳宗一郎が、箱の中からオリジナルデザインの椅子を取り出した。どこかに懐かしさを感じさせながらも誰も見たこともない斬新なデザインの赤い椅子に全員の溜息が漏れる。
「スケールは頼んだとおりだよね?」と薫が訊ね、宗一郎は「もちろん」と答えた。

 最後に遠山薫が、箱の中からフィギュアを取りだした。
「ちょっとアーマーを外すね。邪魔になって座らせられないから」と言いながら柳の椅子に座らせたフィギュアは、剣や鎧を外されて下着姿になっていた。
「これ……肌の色がほんものみたいだ」と裕太が溜息交じりに言った。
「完全なオリジナル?」と悟は訊ねた。
「ボディは6分の1の可動フィギュアを利用したけど、肌の色は調整してるよ。で、顔はCGソフトで作って、柳のとこで出力して貰った」
「出力の時から思ってたんだけど……これ誰かに似てるんだよね。誰をモデルにしたの?」と宗一郎が訊ねた。
「柳には黙ってたけど、鈴木のクラスの星野莉奈だよ」
 悟は絶句した。それは良く出来ていたが、実在の人物、それも同級生をモデルにしてフィギュアを製作した薫の感性に衝撃を受けたからだった。
「これさ、下着は脱がせられるの?」と裕太が訊ねた。
「もちろん」と得意そうに言うと、薫は壊さないよう丁寧にその模型の下着を取り去った。
「ルーペで見てみなよ。乳首もリアルに作り直してるから」とルーペを裕太に渡す。
「うわぁ、本物みたいだ」
 薫はフィギュアの両脚をM字形に開くと説明を続けた。
「ここもそっくりに作り直した」
 フィギュアを覗き込みながら、三人はゴクリと唾を飲み込んだ。
「そっくりかどうか……僕は本物を見たことがない」と宗一郎は漏らした。
「俺も……」と裕太が告白する。
「鈴木は?」と薫に訊かれ、悟も首を横に振った。
「お前らみんな、情けないな……」と笑うと、フィギュアを見ながら薫は「性教育」を始めた。

 いつの間にか部室にもう一人いることに誰も気づいていなかった。
「わたしをモデルにしたの?」
 それは星野莉奈の声だった。
 大慌てで隠そうとして、薫はフィギュアを床に落とした。莉奈はそれを拾いあげると元の場所——柳の椅子の上に置き、その作り物の股間をしばらく眺めていた。
「みんな……ほんとに見たことないの?」
 長い沈黙が流れた。
「わたしが見せてあげようか?」
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