第2話 マリアさん

文字数 1,303文字

 気を取り直していろいろ店内を観察する。目の前、棚に入れられたボトルがたくさんあって、それにはボトル札がだいたいつけられていた。12年物のウイスキーや山崎などの他、焼酎のボトルもかなりあった。後ろを振り返ると小さなガラス張りのワインセラーがあり、中にはモエピカ、ヴーヴクリコなんかが丸見えだった。ガラス越しに全部見えるのは「早く開・け・て♡」と催促しているようで何か下品な感じがした。また、小さな2人掛けのソファが右後ろにあったが、その上に雑然と物が置かれていて座りたくなるような感じではない。店は細長くなっていて、奥が鏡張りになっていて、店を多少広く見せていた。

 前面の棚で6本ほど焼酎が入っている仕切りに目が留まって言った。
「あそこの棚にあるの、全部飲んだことある」
 マリアは返事をするでもなく、その6本のボトルの名前を端から読んでいった。最後が「魔王」だった。
「「魔王」はオオゼキで4500円だったな」と言うと、マリアは何も言わなかっので、
「だいたいこういうところの値段は3倍だからこの店では15,000円かな」と言い、正解合わせを期待した。
 マリアは棚に挟んであった紙の値段表を見た。
「ここにはないわ」
 と言ってしばらくしてからどこかにあったタブレットを見てくれた。そのうち、「15,000円」と何の感慨もない口調で言った。
せっかく当たったのに反応が皆無だったのでちょっとがっかりしたが、気を取り直して質問を始めた。
「この店はいつからやっているの?」
「まだオープンして1か月くらいなんです」
「えっ。ボトルにたくさん名前がかかっているけど、もうそんなに来ているんだ」
「オーナーが連れてきてくださったんです」
後から聞くと、ママはオーナーの男に雇われた、いわゆるチーママだった。

マリアは立川に住んでいるといい、一番左端のお客さんのガマが「苗字は立川だ」と大声で何回も言った。「本名がばれてしまって」と、しかたなさそうにマリアが言った。

「昼間は何をやっているの?」
「え?」
マリアはこちらに近づいて耳を傾けて聞いてくる。
同じ質問を繰り返す。
「昼間は私、働いているんです。」
「それは大変だ。週に何回くらい来るの?」
「え?」
マリアは何度も聞き返す女性だった。たまにこういう人がいるが、多くは耳が悪いのではなく、一度では理解できずに繰り返し聞くことが必要な方なのではないか。要するに悪い言い方をすれば理解力に問題があるということだ。まあ、店がうるさいせいもあるだろうが。
「週に3回くらい」
「じゃあ、火、金土とかだね」
「いいえ、水、金土です」
ちょっと違った。
「じゃあ、自分の時間は日曜日だけだ」
「いえ、日曜日は仕事で。昼間の仕事は土日が休みじゃないんです。火水が休みで」
「昼間も夜も働くの大変だね」
「ええ。大変です。疲れ切ってしまう」

オーナーはどうやってこの3人の女性を連れてきたんだろうか、と思った。
「マリアはなんでここで働くことにしたの?」
マリアは少しあさっての方を向いて言った。
「前にキャバクラで働いていたことがあるんです」
それまでは普通のOLにしか見えなかったマリアが、そう言われればそんな風にも見えてくる。

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登場人物紹介

自分  自ら方向音痴になることが好き。新規開拓が好き。


マリアさん おでこの大きなスナック迷い道の店員。ちょっと聞き返すことが多い。


横須賀さん  元海上自衛隊所属の地味だが愛嬌のある女性。


ママさん スナック迷い道のチーママで、自分の若いころ付き合った人に似ている。

ガマさん スナック迷い道の常連で酔っぱらっていて大声で話す。なんとなく風貌がガマガエルに似ている。

にきび君 スナック迷い道の客でニキビが目立つ無口な若い男。

煙君 スナック迷い道の客で年中たばこを吸っている中年の男。


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