魚料理

文字数 974文字

 [ Poisson 魚料理 ]
 Poêler Langouste et Oreille de Mer aux Truffe
 伊勢海老と鮑のポワレ トリュフソース

【厨房】
 敏夫が盛り付けをする手元を真紀が見ている。
「よし、出来たよ。早く運んで」
「はい……。あのー、敏夫さん、今晩仕事が終わった後、待っていてもいいですか」
 思いつめたような表情の真紀に、敏夫は戸惑った。今まで真紀から誘うことはなかった。
「いや、今日は用事があってダメだ。さ、冷めないうちに持っていって」
「はぃ……」
 敏夫は真紀の寂しげな背中を見ながら、呟いた。
「あいつのことも考えなければならないな」
 片付ける問題もあったのだ。踊っていた胸が、現実の世界に引き戻された。

【テーブルA】
 絵里は食事に誘われた時から予感と期待を持っていた。それがこのような素敵なディナーだと知るとそれは確信に変わった。でも、あっさりと聴いてしまうには勿体無い。このときめきを楽しむつもりだ。さっきはスープの前に言おうとしたようだ。すこしワクワクしたが、隣のテーブルが気になる振りをしてかわしておいた。デザートコースのあたりで聴きたいな。絵里はプロポーズを受けるシチュエーションを想い描いた。
 ピアノは〝白い恋人たち″を演奏している。
 純一は考えてきたセリフを頭の中で唱えている。
 ――絵里、一年間はこの指輪をしてくれ。そして、一年後には、結婚指輪を買わせてくれ。
 ロマンチストの絵里には、ドラマのようなセリフがいいだろう、と考えたのがこのセリフだ。しかし、自信がなくなっていた。今、絵里の関心は自分以外に向いているようだ。

【テーブルB】
 和泉はどう切り出そうか迷っていた。咲子とのことはもう終わった。そのことを上手く伝えたい。それと、今の自分の心境もだ。和泉が臆病になっているのは、後ろめたさ、だけではなかった。別の感情も生じていたからだ。いや、生じたというのは正しくない。改めて自分の気持ちに気づいたのだ。
 鮎実が口を開いた。
「一昨日、咲子さんが家へ来たの」
 和泉は機先を制された。先に鮎実が切り出すとは思っていなかった。
「う、うん。そうらしいな」
 和泉は咲子から鮎実を尋ねて行ったことは聞いていた。
「いきなり、和泉さんと離婚してください、って言い出したのよ」
「……」
「わたしは、いいわ、と応えたわ」
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