デザート
文字数 1,256文字
[ Dessert デザート ]
Millefeuille de Fraise et glace chocolat
苺のミルフィーユ チョコレート仕立て
【厨房】
敏夫はこれ以上のわがままは言いたくなかった。でも言わなければ一生後悔することになるだろう。真紀なら心配ない。ついて来てくれる。それは判る。先にオーナーに了解をもらっておかなければならない。思いきって切り出した。
「オーナー、僕は真紀さんと一年間も離れて暮らせないと思うんです。お店には本当に迷惑をかけますが、一緒に連れて行きたいんです」
予想に反して、良枝の笑顔が広がった。
「あら、私もそう考えていたのよ。二人の新しいスタートがフランスなんて素敵じゃない? 何をもたもたしていたのよ。早く結婚しちゃいなさい。フフ、おめでたいことが重なるわね」
良枝は嬉しそうに続ける。
「そのことも含めて話そう。じゃ、あとで事務室でね」
【テーブルA】
純一はポーチから取り出した指輪ケースをテーブルの上に置いて、ふたを開けた。
絵里は口にスプーンを含んだまま、目が点になった。まさか指輪まで買っているとは思わなかったのだ。
「絵里さん。これ、婚約指輪」
言ってから純一は、しまった、と思った。こんなセリフじゃなかった。あ~、喜んで貰ってくれるかな?
すると、絵里の目には涙が溢れてきた。
なぜだ、なぜだ。こんな時に涙なんて。気の利いたセリフを返せないじゃない。それにしても、純一ももう少し良い言い回しがあったろうに。
ピアノは〝ロミオとジュリエット″を奏で始めた。
絵里は、何か言おうとすると泣き声になりそうで、とうとう何も言えなかった。
純一は泣いている絵里を見て、いとおしさが増した。ケースから指輪を取り出す。
「はめてみる?」
「うん」
絵里は涙を流しながら左手を伸べた。
「その前にハンカチだ」
純一は絵里の右手にハンカチを持たせた。
絵里は右手で涙を拭きながら、左手に指輪をはめてもらった。
「この指輪、貰ってくれる?」
「うん」
「来年は結婚指輪も貰ってくれる?」
「うん。グスン。安いのでいいよ。グスン」
絵里の涙はまだ止まらない。
【テーブルB】
「ほら、隣のテーブルやはりプロポーズよ。感激に泣いて指輪をはめてもらっているわ。二十六年前のあなたは、指輪はくれなかったけれどわたしの手を握って、結婚してくれって、言ったのよ。覚えている?」
「ああ、覚えている。あの頃の僕は貧しくて、指輪は買えなかった。レストランの費用を捻出するだけで精一杯だった。結構無理したんだよ」
和泉は両手で、鮎実の手を包んだ。いたわるように柔らかく。
鮎実は微かに驚いた表情を見せた。そして、楽しむようにゆっくりと言った。
「あなた、お家で食事をするときは新聞を読まないでね」
「うん、わかった。そうするよ」
そうだった、鮎実とのゆったりした会話がこんなにも気持ちを和らげるんだ。
和泉はまだ手を握っている。おそらくコーヒーが運ばれてくるまでそのままだろう。
まだ〝ロミオとジュリエット″が流れている。
Millefeuille de Fraise et glace chocolat
苺のミルフィーユ チョコレート仕立て
【厨房】
敏夫はこれ以上のわがままは言いたくなかった。でも言わなければ一生後悔することになるだろう。真紀なら心配ない。ついて来てくれる。それは判る。先にオーナーに了解をもらっておかなければならない。思いきって切り出した。
「オーナー、僕は真紀さんと一年間も離れて暮らせないと思うんです。お店には本当に迷惑をかけますが、一緒に連れて行きたいんです」
予想に反して、良枝の笑顔が広がった。
「あら、私もそう考えていたのよ。二人の新しいスタートがフランスなんて素敵じゃない? 何をもたもたしていたのよ。早く結婚しちゃいなさい。フフ、おめでたいことが重なるわね」
良枝は嬉しそうに続ける。
「そのことも含めて話そう。じゃ、あとで事務室でね」
【テーブルA】
純一はポーチから取り出した指輪ケースをテーブルの上に置いて、ふたを開けた。
絵里は口にスプーンを含んだまま、目が点になった。まさか指輪まで買っているとは思わなかったのだ。
「絵里さん。これ、婚約指輪」
言ってから純一は、しまった、と思った。こんなセリフじゃなかった。あ~、喜んで貰ってくれるかな?
すると、絵里の目には涙が溢れてきた。
なぜだ、なぜだ。こんな時に涙なんて。気の利いたセリフを返せないじゃない。それにしても、純一ももう少し良い言い回しがあったろうに。
ピアノは〝ロミオとジュリエット″を奏で始めた。
絵里は、何か言おうとすると泣き声になりそうで、とうとう何も言えなかった。
純一は泣いている絵里を見て、いとおしさが増した。ケースから指輪を取り出す。
「はめてみる?」
「うん」
絵里は涙を流しながら左手を伸べた。
「その前にハンカチだ」
純一は絵里の右手にハンカチを持たせた。
絵里は右手で涙を拭きながら、左手に指輪をはめてもらった。
「この指輪、貰ってくれる?」
「うん」
「来年は結婚指輪も貰ってくれる?」
「うん。グスン。安いのでいいよ。グスン」
絵里の涙はまだ止まらない。
【テーブルB】
「ほら、隣のテーブルやはりプロポーズよ。感激に泣いて指輪をはめてもらっているわ。二十六年前のあなたは、指輪はくれなかったけれどわたしの手を握って、結婚してくれって、言ったのよ。覚えている?」
「ああ、覚えている。あの頃の僕は貧しくて、指輪は買えなかった。レストランの費用を捻出するだけで精一杯だった。結構無理したんだよ」
和泉は両手で、鮎実の手を包んだ。いたわるように柔らかく。
鮎実は微かに驚いた表情を見せた。そして、楽しむようにゆっくりと言った。
「あなた、お家で食事をするときは新聞を読まないでね」
「うん、わかった。そうするよ」
そうだった、鮎実とのゆったりした会話がこんなにも気持ちを和らげるんだ。
和泉はまだ手を握っている。おそらくコーヒーが運ばれてくるまでそのままだろう。
まだ〝ロミオとジュリエット″が流れている。