十一頁 旅は道連れ
文字数 1,487文字
よく晴れた土曜日の朝七時、秋人のシェアハウス前にゴツい4WDが止まった。運転席にはサングラスをかけたマリーが陣取っており、ウロが荷物の積み込みを手伝ってくれた。といっても、バックパック一つ分の衣服とラップトップである。道中はひたすら山野と牧草地だが、日本の草木とは色も質感も違う。空が高く明るいせいか、それとも高地が少なく風の乾いているためか、“イエローブリックロード“だなあ、と窓に流れる景色を眺めながら、秋人は久しぶりの遠出にちょっと浮かれた気分になりかかる。
「着いたらとにかく、ギャラリー全部回ることだな」
優雅なほど馴れた所作でハンドルを操るマリーが、片手で水のボトルをあおりながら言う。袖から覗く筋っぽい白い腕も、嚥下して滑らかに動く喉も男性のものだ。秋人は頭がこんがらがるのでその疑問は忘れることにして、ルームミラー越しに尋ねた。
「ギャラリーですか?」
「最後の一つはオーバリーのギャラリーにある、だがオーバリーの『どの』ギャラリーかは言ってこなかったんだ、あいつは!」
マリーは前の車をかなりの急角度から追い越して、ふん、と不機嫌な息を吐いた。ウロは秋人の隣りでやはり黙って、窓ガラスに額を寄り掛からせていたのだが、振り返って眉根を寄せる。
「別に頼んでないだろ」
「ほう、一人では一つも見つけられなかったのに?」
また二人がケンカごしになってきたので秋人は呆れるが、そもそも、と疑問がわいた。
「二人はなんと言うか……敵対しているんですか? でもどうして今は一緒に行動しているの?」
「マリーが石を探しているのは、メイデンの不正疑惑に関する捜査のためだ」
「そう、趙ファミリーのお家騒動に興味は無い。ただ、メイデンの不正行為を、”ムーンリバー”が知っているかもしれない」
ぎり、とハンドルを握る手に力が入る。メイデンはオーストラリア拠点企業を通じて中国資源産業への進出を計画していたが、それに趙ファミリーの先代が関わっていた。二国の間で、メイデンと政府の間で、または競合していたアメリカの企業グループとの間で、不透明な資金の流れと、フィクサーか産業スパイであった人物が揉み消された痕跡がある。
「先代はその詳細を知っていて、“ムーンリバー”に記録したと思われる。メイデンが趙ファミリーのビジネスを買い取ろうとしているのも、“ムーンリバー“を手元に置きたがっているのも、そのためだ。だが石は割られて、何が”記石“されているのか分からない」
マリーの白々しいまでに冷静な口調に、秋人は胸の内がざわざわと悪酔いしたような気分になる。オーストラリアの輝ける太陽と大地に、ずいぶん似つかわしくない話ではないか。
「オレたちには関係ない」
秋人の若干青ざめた顔色を掠め見て、気遣うように苛ただしげにウロは舌打ちした。マリーは涼やかに肩を竦める。
「残念ながら、インシャからあんたのこと預かったのは、私なんでね」
「そうやって口実ばかりつくって、インシャに追いつけないのは、自分自身の問題だろ」
なかなか複雑で曲がりくねった人間関係らしい。あの夢が、マリーのペリドットが見ていた記憶だとすれば、幼いウロを連れて遠去かるインシャに背を向けてマリーは、多分きっと、ひそんで泣いていた。その時だけではない、昏い炎に焼かれる影を恐れて、波の彼方に流れる船の軌跡に哀切を秘めて、マリーは長い長い年月を生きてきた。ペリドットはただマリーと共にあり、石に感情は無いはずなのに、どうして分かるのだろう、と秋人は不思議に思う。終わりそうもない二人の言い争いをBGMに、秋人は窓から溢れる初夏の光に身を任せた。
「着いたらとにかく、ギャラリー全部回ることだな」
優雅なほど馴れた所作でハンドルを操るマリーが、片手で水のボトルをあおりながら言う。袖から覗く筋っぽい白い腕も、嚥下して滑らかに動く喉も男性のものだ。秋人は頭がこんがらがるのでその疑問は忘れることにして、ルームミラー越しに尋ねた。
「ギャラリーですか?」
「最後の一つはオーバリーのギャラリーにある、だがオーバリーの『どの』ギャラリーかは言ってこなかったんだ、あいつは!」
マリーは前の車をかなりの急角度から追い越して、ふん、と不機嫌な息を吐いた。ウロは秋人の隣りでやはり黙って、窓ガラスに額を寄り掛からせていたのだが、振り返って眉根を寄せる。
「別に頼んでないだろ」
「ほう、一人では一つも見つけられなかったのに?」
また二人がケンカごしになってきたので秋人は呆れるが、そもそも、と疑問がわいた。
「二人はなんと言うか……敵対しているんですか? でもどうして今は一緒に行動しているの?」
「マリーが石を探しているのは、メイデンの不正疑惑に関する捜査のためだ」
「そう、趙ファミリーのお家騒動に興味は無い。ただ、メイデンの不正行為を、”ムーンリバー”が知っているかもしれない」
ぎり、とハンドルを握る手に力が入る。メイデンはオーストラリア拠点企業を通じて中国資源産業への進出を計画していたが、それに趙ファミリーの先代が関わっていた。二国の間で、メイデンと政府の間で、または競合していたアメリカの企業グループとの間で、不透明な資金の流れと、フィクサーか産業スパイであった人物が揉み消された痕跡がある。
「先代はその詳細を知っていて、“ムーンリバー”に記録したと思われる。メイデンが趙ファミリーのビジネスを買い取ろうとしているのも、“ムーンリバー“を手元に置きたがっているのも、そのためだ。だが石は割られて、何が”記石“されているのか分からない」
マリーの白々しいまでに冷静な口調に、秋人は胸の内がざわざわと悪酔いしたような気分になる。オーストラリアの輝ける太陽と大地に、ずいぶん似つかわしくない話ではないか。
「オレたちには関係ない」
秋人の若干青ざめた顔色を掠め見て、気遣うように苛ただしげにウロは舌打ちした。マリーは涼やかに肩を竦める。
「残念ながら、インシャからあんたのこと預かったのは、私なんでね」
「そうやって口実ばかりつくって、インシャに追いつけないのは、自分自身の問題だろ」
なかなか複雑で曲がりくねった人間関係らしい。あの夢が、マリーのペリドットが見ていた記憶だとすれば、幼いウロを連れて遠去かるインシャに背を向けてマリーは、多分きっと、ひそんで泣いていた。その時だけではない、昏い炎に焼かれる影を恐れて、波の彼方に流れる船の軌跡に哀切を秘めて、マリーは長い長い年月を生きてきた。ペリドットはただマリーと共にあり、石に感情は無いはずなのに、どうして分かるのだろう、と秋人は不思議に思う。終わりそうもない二人の言い争いをBGMに、秋人は窓から溢れる初夏の光に身を任せた。