第2話

文字数 762文字

 海城に連れられ、昼間からやっている居酒屋に、織先は連れ込まれた。真昼間にもかかわらず店は賑わいをみせている。しかし、夜中の居酒屋の其れとは違う、ある種の独特な雰囲気に包まれていた。
 ある者はカウンターで一人、人目を避けるように酒をちびちびと嗜み、ある者はまるで喫茶店でコーヒーを飲む様にジョッキを傾ける。畏怖と愉悦と、少しの優越感
 が店内を漂っていた。
 海城が頼んだツマミが数種類、小汚いテーブルに並び、真昼間の居酒屋という異質な空間で、十数年振りの再開を祝ったのだった。
「よくわかったよね……僕の事」
「全身タイツを着とったって分かるわい。お前の事くらい」
 そう宣い、海城はジョッキを勢いよく空けていく。
 織先の目線が、海城の手に集中する。不快な違和感を感じた。
 ──海城の、指にあるはずの爪が、全てなかった。
「なあ、タイラよ。お前にとって幸せって何だ?」
 織先の目線に気づいたのか、海城はそう呟いた。
「対価ってあるだろう?世の中はな、対価が必要なんだよ。でも多くの人間はそんな事すら意識しない。地位だ名誉だ、金だなんだ、人間の欲望は果てしない」
 ──そう思わないか?と海城は織先に問いかける。
 もごもごと織先が、言葉を選んでいると、海城は己の両手を突き出してきた。
 爪のない指先。爪があったであろう場所に肉がこんもりと盛られている。
「コレが俺の払った対価だ。これのおかげで、俺はこうやって真昼間から酒を呑んでも、誰にも疎まれない生活を得ている」
 織先は、テーブルに置いた海城の名刺に目を落とした。なんともご大層な役職が、名前の上に刻まれていた。
「なあ、タイラよ。お前にとって幸せって何だ?幸せを望むか?お前の感じる幸せが欲しいか?」
 ──ほしいなら教えてやるよ、と海城は、爪のない己の指先を見つめながら、そう呟いた──
 
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