第5話

文字数 921文字

 一週間はあっという間に過ぎ去った。
 織先平(おりさきたいら)は代わり映えのしない、鬱屈した毎日を過ごしていた。本を読み、文章を書き、粛々と本業の仕事をこなした。
 海城大至(うみしろたいし)は、指定した日に車で迎えに来た。
 時計は午後十時を回ったところだった。
 久しぶりに再開したあの日と同じ、高級そうなスリーピースの黒いスーツに身を包んでいた。
「今からお前を、エヌ公園に連れて行く。知ってるよな?あの公園を」
 昔、幼い頃に二人で駆け回っていた、山の麓にある公園の名前を海城は告げる。織先は、走る車の流れる風景を見ながら、ああ──とだけ云った。
 くるくると住宅街を抜け、山道に入る。あの頃と違い、今では立派に整備された道路を、車のヘッドライトが切り裂いて行く。
 坂を登り、小さな街灯が一つだけ主張する、こじんまりとした駐車場に車は吸い込まれていった。海城がエンジンを切ると、車内に静寂が訪れる。
 まるで覚悟を決める様に、海城が大きく息を吐く。
「行くか」
 織先の返事を待たずに、海城はさっさと外に出て行ってしまった。車内に取り残されると、急に恐ろしさが織先を襲った。慌てて海城を追う様に転げ出る。
 夜風が心地よい。ああ──今は、秋だったのか。季節を感じる余裕すらなかったのかと、改めて織先は己を恥じた。いつもいつも恥じてばかりだ。
 闇に溶け込む海城は、坂を登り始めた。革靴のくせにやたらと足が早い。そういえば、昔も先を行くのは海城で、その半歩程後ろを歩くのが好きだったなと、織先は久しぶりに笑った。
 舗装された細い道が左にカーブしていき、だだっ広い公園に出る。昔は遊具が存在した記憶があったが、今は撤去されたようで、代わりに、まるでとってつけた様な小川が、真ん中をサラサラと流れていた。
 公園を左手に見ながら進んで行くと、遊歩道に突き当たる。その遊歩道の脇に、山中へと続く、丸太で組まれた階段が隠される様に存在していた。この山を越えると、どうやら隣の県に行けるらしい。最もそれを誰から聞いたのかなど、織先には記憶すらないのだが。
 海城は携帯電話のライトで灯りを取りながら、黙々と山中へ入っていく。
 サワサワと擦れる葉の音に混じって、二人の荒い呼吸音が、漆黒の山に吸い込まれて行く。
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