第1話

文字数 797文字

 旧友と再会したのは、偶然といえば偶然だった。
 幼馴染というやつだろうか、幼少期からただ、なんとなくウマがあったのだろう、二人で遊ぶことが多かった。
 二十歳を超えると、お互いの道を歩むべく、疎遠とはいかないまでも、昔程同じ時間を過ごさなくなった。
 決して順風満帆な人生ではなかった、と織先平(おりさきたいら)はときどき思いに耽る。
 何度も失敗し、何度も挫折し、夢に敗れ、心を病み、紆余曲折を経て、織先は、なんとか生きていた。
 織先は小説を書いている。とは云っても、あくまでも趣味である。幼い頃から長く続く数少ない、読書という趣味が功を奏したのか、文字を書く事は苦痛ではなかった。
 只々、キーボードに向かい、頭の中を駆け巡る映像を文字に起こしている、其れだけの作業だった。しかし、何故か心は安らいだ。その瞬間だけ、胸を締め付ける心の病の呪縛から逃れられた。
 生粋の飽き性を自認している織先は、自分でもいつまで続くかわからないこの行為を、己の己によるセラピーと位置づけ、仕事の合間に黙々と行なっていた。
 
 その日も織先平(おりさきたいら)は散歩がてら、ふらふらと地元の本屋を散策していた。マスクを付け、お気に入りの音楽をイヤホンで聴きながら、陳列された表紙の文字達に視線を這わし続けていた。
 不意に肩を叩かれた。
 心拍数が跳ね上がり、瞬間的に息が上がる。
 怯えた目で振り返ると、そこには──男がニヤニヤと笑っていた。
「……はい、えっと……」
 ──何ですか?という消え入りそうな織先の声をかき消すように、男は
「何やってんだよ?タイラよ」
 と、眼鏡の奥の切れ長の目を細めて、男は云う。
 高級そうなスリーピースの黒いスーツに身を固め、神経質そうなメタルフレームの眼鏡が、よく似合っていた。
「なにって……本屋なんだから本を見てるに決まってるじゃないかよ……」
 マスクとイヤホンを外しながら織先は応える。
 旧友、海城大至(うみしろたいし)とはこうやって再会した。
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