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 久保愛香ちゃんは、卵を返さなくてはいけないと知って、憮然とした。仕方のない反応だ。「プリン」だったり「茶碗蒸し」だったりしたけど、名前まで付けてあんなに大切にしていたのだから。
 伝えた広瀬も心苦しかった。卵とお別れのお知らせは、連絡用の回線で一斉送信でも良かったのだが、それでは一生懸命温めてくれた人々に対して余りにも心無い仕打ちだと思い、朝霞と手分けして一軒一軒まわって説明していた。

「卵はお母さんに返してあげるのよ。ペンギンさんは無事に元の世界に帰れることになったんだから、よかったじゃない」
 愛香ちゃんのお母さんは、やさしく愛香ちゃんに諭した。

「でも、……ペンギンさんの赤ちゃん、……見たかったなぁ」
 肩を落として愛香ちゃんは呟く。

「鳥の赤ちゃんはね、生まれて初めて見たものを『ママ』だと思ってしまうの。もし、ペンギンさんの赤ちゃんが孵ったとして、最初に見たのが愛香だったらどうする? ほんとのお母さんペンギンはどう思うかしら?」

「………悲しいかも……」

「そうね。愛香の寂しい気持ちは、お母さんも解るわ。でも、卵はほんとのお母さんのところに返してあげましょうね。預かった卵を愛香が一生懸命面倒を見てたんだから、きっとお母さんペンギンは喜んでくれると思うわ」

 愛香ちゃんはこっくりと頷いた。

 この後も、子どもの居る抱卵要員のご家庭では、このやり取りが続く。広瀬としては、イレギュラーのヘンテコ仕事の終わりが見えて安堵したいところだが、やっぱり「お終い」になるのは少し寂しい。

 朝霞は、万屋のおかみさんのところを訪れていた。島外への発注電話の回線が切れるのは、やはりNGワードのせいだったらしい。問題は無事に解決したと、丁寧にお礼を言われた。卵の返却の話をすると、おかみさんは寂しそうだった。

「卵と一緒に店番するの、楽しかったんだけどねぇ。でもまぁ、いつか孵っちゃうんじゃないかとドキドキしてたから、卵のうちに返せてよかったわ」

「卵を冷やさないように短期決戦で山に運ばなくちゃいけないんですが、保健所の公用車では限界があって、運搬する車の手配をどうしようかと思っているんです。運行時刻前なら、と小型巡回バスを一台借りることは出来たんですが、あと十個のトロ箱があぶれちゃって……」
 朝霞が愚痴ると、おかみさんはニッコリした。

「うちの配達用のバンを貸すわよ。私が運転するわ」

「え? いいんですか?」

 おかみさんのところのハイエースバンも使わせて貰えるのなら有難い。これで、一気に卵を運べるはずだ。

 対ペンギン型宇宙人対策に浮足立っていた村の行政関係者も、終いが見えたことで安堵していた。抱卵要員を絞った時点で、あらかた村内は落ち着きを取り戻していたが、今度はペンギンの出所を探る憶測があちこち飛び交っていた。そんなわけで、村長をはじめ船の場所を知る者は口外しないように示し合わせている。まぁ、ペンギン型宇宙人の船の場所が解ったとしても、保健師の広瀬しか近づけないようになっているので、村民が押しかけるようなことは無いと思うのだが……。
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