第13話 二人だけで

文字数 2,244文字

 トーマの担任と学長に話を通し、援護射撃を確保したうえで受話器を取った先生だったが、結果としてトーマの家族の絆をより深めることとなった。
 冬休み居残り組の一員となったトーマの元に、後日自宅から宅配便が届く。好物の食べ物に、あたたかな言葉の詰まった手紙が添えられていたという。
 策士ナツキの提案は、こうして無事に実を結んだ。

 ◇

 明日から冬休み。その日の夜、先生が二人に大きな課題を出した。

「今年の年末年始は、個展と展示会が重なってね。始業式の前日まで、島を離れることになるんだ。そこで、提案なんだけど」
「なに?」
「なんですか?」

 疑問符だらけの二人に、先生がふふっと楽しそうに笑みを寄越す。

「冬休みは、二人だけで器を焼いてみたらどうかな。土も釉薬も好きなのを買って。窯は自由に使っていい。本当のオリジナル作品を作るんだよ」

 ──本当のオリジナル作品。

 確かに、教室にある土や釉薬は先生が選んだものだ。まだまだ山ほどの種類がある。一から自分で選んで、全てを自分の手で作る。完全なオリジナル作品……。
 ナツキは目を輝かせた。トーマは不安そうである。

「やろうよ! 俺、手伝うから」

 ナツキから向けられた言葉に背中を押され、トーマが頷きを返す。
 こうして、二人だけの陶芸教室が幕を上げた。

 ◇

 ナツキには、以前から使いたい釉薬があった。氷裂貫入釉だ。
 以前、レイヤー聴きの博士が来た時に先生が出した抹茶碗。まるでレイヤーのような、薄い氷の重なった貫入。
 先生も最初は苦心したと言っていた。チャレンジする価値のあるものだ。なにより美しい。

 トーマはタブレットでずっと検索をしていた。以前使った海外の絵の具を売っているサイトが気になるらしい。国内にはない珍しい釉薬があるのだ。そのなかから彼が選んだのは、クリスタルの入った釉薬だった。

 焼成で溶けると、クリスタルが複雑な模様を出すらしい。紫の下地に緑と金が滲んだような斑紋は、星雲の天体写真を連想させた。

 ナツキは釉薬に合わせて、収縮率の低い土も一緒に。トーマは教室の赤土を使うので、釉薬だけを購入した。
 学生の二人にとっては、高価な買い物である。なんとか成功させたいという意気込みと、短い冬休みで完成させなければという緊張感。
 しかし最も強いのは高揚感だ。未知の領域に踏み込む、わくわくする気持ち。

 先生が島を出た日に陶材が届いた。
 ナツキはさっそく、粉末釉薬に規定通りの水を加える。
 1キロの粉末に対して、500ミリリットルの水。通常よりもかなり濃いめだ。クリームのようにトロリとしている。
 それからナツキは、テストピースにするために、ぐい呑みを作り始めた。

 トーマにはL字型のテストピースを作るように促す。縦の面で釉薬とクリスタルの流れ具合を見るためだ。高価な釉薬はコップ一杯分もない。無駄には出来なかった。

 五個のぐい呑みの隣に五個のL字ピースが並び、乾燥期間に入った。作品が小さいので、あっという間に乾いていく。
 焼成には、家庭用100ボルトの電気窯で事足りる。少量ずつ焼けるのが利点だ。

 ◇

 二人していつものように暖炉の前で珈琲を飲んでいると、展示室のドアがノックされた。ノーラが、にああああ! と鳴いて、ドアに駆け寄る。
 顔を見せたのは、なんと学長である。目尻の皺を増やして、にこにこと笑みを向けた。

「やっと時間が取れたんだ。お邪魔してもいいかな?」

 本来の持ち主である。良いも悪いもないですよお! と声を上げたナツキに、学長が、はははっと盛大に笑った。
 慌てて珈琲を淹れにいったナツキと、いまだびっくりしたままのトーマ。
 そのトーマに学長は微笑みながら、向かいのソファーに腰を下ろした。

「この工房を建てる時に、妻にさんざん反対されてね。仕事が忙しくなって使えなくなったら、ほら見たことかって言われてしまったんだよ。そんなわけで、早瀬先生を引っ張り込んだんだ。学園祭の君たちの展示。妻も見たらしくてね。とても喜んでた。私の面目も立ったというわけさ。はははっ!」

 つられて小さく笑ったトーマに、学長は言葉を継いだ。

「ご家族とのことは良かったね。それと、君の撮った写真を拝見したよ。とても良かった。私は芸術が大好きなんだ。陶芸も写真も、言葉がなくても、人を癒したり励ますことが出来るからね」
「はい。僕もそう思います」
「中身を見ようとせずに見た目だけで判断する人たちは、こころが寂しいんだ。そんな人たちにも、芸術は癒しを与えると思う。君は悲しい思いをした分、他人に優しく出来る人間に成長できると思うよ」

 学長の言葉にトーマが青い瞳を潤ませた。しかし、すぐにコクリと頷きを戻す。
 ナツキが珈琲を手に戻って来た。二人の会話は聞こえていたようだ。
 ありがとうございますと返したナツキに、学長が再び目を細める。

「心強い先輩だな。私が定年退職したら、ナツキ先生に教わりに来るからね」
「うわっ! とんでもないプレッシャーですよお!」
「わはははははっ!」

 学長はその後、電動ロクロの前で格闘していたが、勘を取り戻すとアッという間に尺皿を作り上げた。なかなかの腕前である。
 削りに来る時間は取れないらしい。美しく仕上がった皿をくしゃりと潰し、土の塊に戻すと練り直した。

 また来るよと言い置いて工房を後にする学長を見送ると、二人の生徒は笑みを交わす。
 芸術は癒しを与える。
 目に見えるものだけではなく、そこに到達するまでの時間と労力を知っている人の言葉だった。

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