第12話 学園祭と溜め息のわけ
文字数 2,386文字
学園祭での陶芸部の展示は、結果として大成功だった。
教室の窓に暗幕がかけられた。
その一角に、先生が自分の個展で使う背の高い台座のついたガラスケースを置いた。中に入れられたのは、ナツキのオブジェ。
暖色系の灯りのもれる郷愁を誘う作品である。目線の位置にちょうど作品が来るので、鑑賞者もまた作品の路地裏に迷い込んだ感覚になる。
四面全てから作品が見られるようになっていた。
手の込んだ作品である。卒業制作ともいえるオブジェは、ナツキの六年間の集大成。
立ち止まったままずっとオブジェを見つめている生徒が多い。
それは作品の高評価と同じだった。
ナツキの作品の対角線上。そちらの一角にはトーマの作品が置かれた。
同じガラスケースを使っている。真ん中を一段上げて茶碗を置き、四隅に豆皿。
細いガーランドライトと南天の葉っぱが、作品を引き立てるように配置されていた。
暖色系の華やかな灯りと、鮮やかな深緑。白い茶碗に赤い梅。クリスマスカラーの、おしゃれな展示になっている。
先生が話したように、魅せ方というものがあるのだ。
教室の真ん中は、ロの字に机を並べ、黒いビロードが敷かれた。
ナツキの六年分の作品。そのなかでも選りすぐった作品がずらりと並ぶ。
スポットライトが配置され、ぐるりと一周して作品を眺める形となっていた。
作りに作った作品の一割弱。その中からさらに選んだ作品だと知っているのは、夜の陶芸教室のメンバーだけだ。
陶芸好きの学長もさっそく訪れて、教室の隅で見守っていたナツキに深く頷いてみせた。嬉しそうに細められた目。それをしっかり見つめ返すと、ナツキは一礼を返す。
言葉などなくとも、気持ちは伝わっていた。
◇
学園祭が終わってしまうと、二人はテスト勉強の日々に入った。
トーマの中間テストの成績は良かったらしい。ナツキと共に勉強している成果が出ていた。
テストが終わると再びロクロを回す。毎日のように通うトーマは、おっかなびっくりやっていた最初に比べると、ずいぶんと手慣れてきた。
とはいえ、まだ菊練りは出来ない。芯もとれない。削りも甘く、作品は重い。
ただ、陶芸というのは、そんなものなのだろう。続けていくこと。それが大切なのだ。
◇
十二月。工房の暖炉に火が入った。エアコンはあるが、やはり暖炉の火はこころを癒す。しかし、ナツキには気になることがあった。
陶土は凍らないように展示室に移動された。展示棚の一部は、作品の乾燥棚に変わる。個展と年末の展示会に向けて、先生はラストスパートの作陶をしていた。
冬の土はとても冷たい。もちろん水も冷たい。展示室と工房をつなぐドアは開け放たれているが、それでも工房は冷えるのだ。しかし、先生は電動ロクロの前から動かずに、黙々と作業を続けている。
ナツキはその姿をずっと見てきた。叔父の熱意と、職人としての生き方を。
二人の生徒は今、暖炉の前にいる。期末テストも終わり、作業もひと段落。ホットコーヒーを淹れて、ひとつを先生に渡して来たナツキが、トーマの隣に座る。
その彼が、ぼそりと質問を向けた。
「なあ、トーマ。なんか嫌なことでもあったのか?」
「えっ?」
「最近、溜め息ばっかついてたろ? テストのせいかなって思ってたけど、違うみたいだし。俺で良かったら、話してほしいけど」
トーマの視線は暖炉の火に向けられたままだった。しかし、その青い瞳は見る間に潤んでいく。
「ごめん。冬休みに家に帰りたくなくて。親のいないナツキに、こんなこと話せなくて」
そういうことかと思いながら、ナツキがトーマの肩をポンと叩く。
「最初の日、家族のなかで浮いてるって話してたよな。でも、新しいお父さんはカメラを教えてくれたって」
「うん。僕の家族は、僕の気持ちを理解してくれてると思ってる。ただ、僕だけ見た目が違うから、まわりの人にはいつも変に思われる。お正月には親戚が来るんだ。お酒が入ると、ずけずけ言う人もいてさ。あの微妙な空気が嫌なんだ」
「うわっ、それは嫌だな」
すっと近寄ってきたノーラがトーマの膝にのった。涙をぬぐうように、頬をザリザリと舐める。
「トーマ。俺さ、ここに入学する前に先生に言われたんだ。もうすぐ中学生だから、きちんと説明しなきゃいけないことがあるって。何が出てきたと思う?」
「……わかんない。なに?」
「俺の親の遺産。保険金とか、災害給付金とか、貯金とか。その明細書。そして、これまで俺にかかった教育費の明細。その差額を説明して、一緒に銀行に行って、通帳を作って渡された。大学まで行けるお金はあるから、後はナツキが管理しなさいって。自分は生活費だけを面倒みるって」
「すごい。なんか大人として見てくれてるね」
「うん。俺もそう思った。信頼されてるって。それに応えたいって」
「信頼に応える?」
「うん。トーマの親もトーマのこと信じてると思う。だから、嫌なことは嫌だって言っていいんだよ。自分で出来ない時は、人に頼めばいいんだ」
「頼む?」
青い瞳が疑問いっぱいで見開かれた。
ナツキが口角をあげて、にやりとする。
「夏休みや冬休みでも、学園に残ってる連中はそこそこいるよ。勉強熱心なやつらと、何かしら事情のあるやつ。寮はずっと開いてるし、クリスマスにはケーキが出たり、正月にはお雑煮を出したりするんだ。島に残れよ。事情は、先生に電話してもらおう」
提案を聞いたトーマの満面の笑み。
それに被せるように、工房の奥から、聞こえてるぞーと先生の声がした。
電動ロクロの駆動音はとっくに止まっていたのだ。それを知りながら、ナツキは先生にも聞こえるように話していた。トーマに向けて、ぺろりと舌を出してみせる。
ひとりで抱え込むな。頼れる人がいるなら頼れ。しかし、信頼できる人を見極める目を育てろ。
それが、ナツキがいつも叔父に言われてきた言葉だった。
教室の窓に暗幕がかけられた。
その一角に、先生が自分の個展で使う背の高い台座のついたガラスケースを置いた。中に入れられたのは、ナツキのオブジェ。
暖色系の灯りのもれる郷愁を誘う作品である。目線の位置にちょうど作品が来るので、鑑賞者もまた作品の路地裏に迷い込んだ感覚になる。
四面全てから作品が見られるようになっていた。
手の込んだ作品である。卒業制作ともいえるオブジェは、ナツキの六年間の集大成。
立ち止まったままずっとオブジェを見つめている生徒が多い。
それは作品の高評価と同じだった。
ナツキの作品の対角線上。そちらの一角にはトーマの作品が置かれた。
同じガラスケースを使っている。真ん中を一段上げて茶碗を置き、四隅に豆皿。
細いガーランドライトと南天の葉っぱが、作品を引き立てるように配置されていた。
暖色系の華やかな灯りと、鮮やかな深緑。白い茶碗に赤い梅。クリスマスカラーの、おしゃれな展示になっている。
先生が話したように、魅せ方というものがあるのだ。
教室の真ん中は、ロの字に机を並べ、黒いビロードが敷かれた。
ナツキの六年分の作品。そのなかでも選りすぐった作品がずらりと並ぶ。
スポットライトが配置され、ぐるりと一周して作品を眺める形となっていた。
作りに作った作品の一割弱。その中からさらに選んだ作品だと知っているのは、夜の陶芸教室のメンバーだけだ。
陶芸好きの学長もさっそく訪れて、教室の隅で見守っていたナツキに深く頷いてみせた。嬉しそうに細められた目。それをしっかり見つめ返すと、ナツキは一礼を返す。
言葉などなくとも、気持ちは伝わっていた。
◇
学園祭が終わってしまうと、二人はテスト勉強の日々に入った。
トーマの中間テストの成績は良かったらしい。ナツキと共に勉強している成果が出ていた。
テストが終わると再びロクロを回す。毎日のように通うトーマは、おっかなびっくりやっていた最初に比べると、ずいぶんと手慣れてきた。
とはいえ、まだ菊練りは出来ない。芯もとれない。削りも甘く、作品は重い。
ただ、陶芸というのは、そんなものなのだろう。続けていくこと。それが大切なのだ。
◇
十二月。工房の暖炉に火が入った。エアコンはあるが、やはり暖炉の火はこころを癒す。しかし、ナツキには気になることがあった。
陶土は凍らないように展示室に移動された。展示棚の一部は、作品の乾燥棚に変わる。個展と年末の展示会に向けて、先生はラストスパートの作陶をしていた。
冬の土はとても冷たい。もちろん水も冷たい。展示室と工房をつなぐドアは開け放たれているが、それでも工房は冷えるのだ。しかし、先生は電動ロクロの前から動かずに、黙々と作業を続けている。
ナツキはその姿をずっと見てきた。叔父の熱意と、職人としての生き方を。
二人の生徒は今、暖炉の前にいる。期末テストも終わり、作業もひと段落。ホットコーヒーを淹れて、ひとつを先生に渡して来たナツキが、トーマの隣に座る。
その彼が、ぼそりと質問を向けた。
「なあ、トーマ。なんか嫌なことでもあったのか?」
「えっ?」
「最近、溜め息ばっかついてたろ? テストのせいかなって思ってたけど、違うみたいだし。俺で良かったら、話してほしいけど」
トーマの視線は暖炉の火に向けられたままだった。しかし、その青い瞳は見る間に潤んでいく。
「ごめん。冬休みに家に帰りたくなくて。親のいないナツキに、こんなこと話せなくて」
そういうことかと思いながら、ナツキがトーマの肩をポンと叩く。
「最初の日、家族のなかで浮いてるって話してたよな。でも、新しいお父さんはカメラを教えてくれたって」
「うん。僕の家族は、僕の気持ちを理解してくれてると思ってる。ただ、僕だけ見た目が違うから、まわりの人にはいつも変に思われる。お正月には親戚が来るんだ。お酒が入ると、ずけずけ言う人もいてさ。あの微妙な空気が嫌なんだ」
「うわっ、それは嫌だな」
すっと近寄ってきたノーラがトーマの膝にのった。涙をぬぐうように、頬をザリザリと舐める。
「トーマ。俺さ、ここに入学する前に先生に言われたんだ。もうすぐ中学生だから、きちんと説明しなきゃいけないことがあるって。何が出てきたと思う?」
「……わかんない。なに?」
「俺の親の遺産。保険金とか、災害給付金とか、貯金とか。その明細書。そして、これまで俺にかかった教育費の明細。その差額を説明して、一緒に銀行に行って、通帳を作って渡された。大学まで行けるお金はあるから、後はナツキが管理しなさいって。自分は生活費だけを面倒みるって」
「すごい。なんか大人として見てくれてるね」
「うん。俺もそう思った。信頼されてるって。それに応えたいって」
「信頼に応える?」
「うん。トーマの親もトーマのこと信じてると思う。だから、嫌なことは嫌だって言っていいんだよ。自分で出来ない時は、人に頼めばいいんだ」
「頼む?」
青い瞳が疑問いっぱいで見開かれた。
ナツキが口角をあげて、にやりとする。
「夏休みや冬休みでも、学園に残ってる連中はそこそこいるよ。勉強熱心なやつらと、何かしら事情のあるやつ。寮はずっと開いてるし、クリスマスにはケーキが出たり、正月にはお雑煮を出したりするんだ。島に残れよ。事情は、先生に電話してもらおう」
提案を聞いたトーマの満面の笑み。
それに被せるように、工房の奥から、聞こえてるぞーと先生の声がした。
電動ロクロの駆動音はとっくに止まっていたのだ。それを知りながら、ナツキは先生にも聞こえるように話していた。トーマに向けて、ぺろりと舌を出してみせる。
ひとりで抱え込むな。頼れる人がいるなら頼れ。しかし、信頼できる人を見極める目を育てろ。
それが、ナツキがいつも叔父に言われてきた言葉だった。