第6話 削りと鎬

文字数 2,753文字

 今日は土曜日。ナツキとトーマは申し合わせて、昼過ぎには工房に来ていた。
 先生は個展のための作品制作だろう。大きなランプシェードを電動ロクロで立ち上げている。作業がひと段落つくと、乾燥棚から昨日の茶碗を持ってきた。

「削りやすいと思うよ。持ってみて」

 先生に手渡された茶碗を、トーマが恐るおそる見つめる。まだまだ、ずっしりと重いはずだ。

「内側の形を頭に入れておいてね。そのカーブに合わせて外を削るから。どうなってる?」
「ふっくら丸みがある感じ。シュッとした磁器のお茶碗とは違います。あ、丸いコテを使ったからだ」
「正解。あの豆の形のコテのカーブになってるね。富士山というより、お饅頭みたいだな。じゃあ、最初に底の厚みを測ろう」

 先生が、茶碗の上に定規を横にして置いた。
 もう一本を縦にして茶碗の外に立て、作業台から茶碗の上の縁までのサイズを測る。
 次は、茶碗のなかに定規を立てて、内側の高さをみる。

「外側が八センチ。内側は六センチと五ミリ。底の厚みは一センチと五ミリ。記録してね」
「はい」
「ということは、高台(こうだい)の高さは一センチと二ミリってとこかな。高台まわりは、がっつり削っていいけど、確認しながらね」

 茶碗の口縁は適度に乾いて、ロクロに伏せて置ける状態になっている。
 ここからが問題だ。
 やや曲がって歪な茶碗の芯を見極めないといけない。

 先生が茶碗をロクロの中心に伏せて置くと、くるりと回す。指先で茶碗の腰の部分をトントンと数回叩く。それだけでもう、茶碗は芯についてブレなく回っている。
 ナツキはまだ、これに苦労していた。

「芯をとるのは難しいから、時間のある時に市販の茶碗で練習したらいいよ。今日は削る方をやろう」

 伏せた茶碗とロクロの接地面を土で三か所止め、茶碗が動かないようにする。

「高台の形は色々あるけど、お茶碗だから、いつも使ってる茶碗の高台がいいかな」

 昨日作った自分の茶碗で、先生は実演をしてみせる。
 茶碗を固定して、ロクロを回す。底の真ん中を少し削って指で抑える窪みを作る。
 高台の直径を決めて筋をつける。カンナで外側からグイグイ削り落としていく。
 内側の形に沿った丸みのある形だ。
 たまに指で土の壁をノックする。音で厚みを知るのだ。
 左右の指は、ブレを防ぐために接触させている。
 高台脇を削り落とすと、高台の内側も削る。茶碗の口縁に近い部分は成形の時に薄く作っているので、もう削る必要はない。

 あっという間に完了。トーマが、うひいと声を上げた。
 まあ、最初からこれは望んでないからとナツキは思う。何度もロクロから作品を外して、指で厚みを測ったらいいのだ。その度に芯を取らないといけないのが、大変なのだが。

「慌てなくていいからね。カンナは面より点で削ったほうがいいよ。その方が抵抗なく削れるからね」

 トーマは右利きなので、削るのは四時の位置。そこにカンナを当ててロクロを回す。成形の時とロクロの回転が逆になるのだ。
 高台は削りだした。腰の部分も削った。しかしトーマは不安げだ。いまどれくらい削れているのか、見当が付かないのだ。

「一回、ロクロから外して手で厚みを調べたらいいよ」

 言われた通りに茶碗を持ち上げたトーマが、分かりやすい渋い顔をつくった。

「すんごい重い」
「はははっ」

 ナツキが思わず笑う。

「底に近いとこ、たぶんまだ一センチはありそう」
「高台の高さは?」
「あ、一センチも行ってない。うわあ、まだまだだあ」

 もう一度茶碗を固定してもらったトーマは、それから延々と削りを続けた。
 一気にやって穴を開けるのは怖い。しかし、恐々やっていると、土が乾燥して削りにくくなっていく。
 かなり頑張っていたが、限界がきたようだ。
 乾燥した土に、カンナがキイキイと悲鳴を上げだした。削りやすい硬さの時は、シュルシュルと面白いように削れるのだが、こうなってしまうと、もう進まない。

「ギブアップですー!」

 ロクロから外した茶碗は、やはり重かったようだ。
 陶芸教室によっては、成形だけをやって、削りは先生がやるところもある。
 次に生徒が来るまでの時間が長いので、乾燥管理が難しいのと、削りが綺麗だとそれなりに上手に見えるのだ。
 しかし、不格好でも最後まで自分で作ったほうがいいというのが、先生の方針らしい。使い物にならなくても、自分の手で作った経験が残るからだ。
 手伝うことはいくらでも出来るが、先生はそれを殆どしない。手取り足取りお膳だてをして作られたものは、自分の作品とは言い難いからだ。

 先生がトーマの作品を板に置くと、湿らせたタオルを被せた。

「気に入らないなら、気に入るまで、とことんやろうか。今日は時間もあるしね」
「まだ削れるんですか?」
「こうしてゆっくりと土を湿らせて、今度はカンナで彫ってみようか。(しのぎ)の器って見たことあるかな?」
「しのぎ?」
「木彫りみたいに彫りこんだやつだよ。縦じまに彫ったり、ランダムに彫ったり。手に持って削れるから、厚みが分かりやすい」

 先生が展示室から見本を持ってきた。
 縦じまに上から下まで溝を掘ったもの。ランダムに削った木彫りのようなもの。

「美しく丸い茶碗もいいけど、こういうデコボコしたやつも悪くないと思うな。いかにも手作りって感じで」
「そっかあ」

 電動ロクロだと丸いものしか作れないのだ。形を変えようとすれば、ロクロを止めて、やはり手で変えなければならない。手び練りには手び練りの良さがある。
 土が再び湿るまで、休憩することになった。

 ◇

 三人でお茶の時間を楽しむ。使うのは、先生が作ったカフェオレボウル。
 ミルクをいれた珈琲。そしてまたしても、取り出されたチョコレート。

 冬になると、先生は暖炉でフレンチトーストを作る。奥にキッチンがあるのに、わざわざ暖炉の火で作るのだ。これが、やけに美味しい。チーズフォンデュも定番である。

「トーマくん。学校には慣れたかい?」
「はい。こないだの試験は、学年三位でした」

 あっさりと口にしたトーマの言葉に、ナツキがギョッとして訊ねる。

「陶芸で時間使っていいのか?」
「うん。僕、デザインに興味あるけど、実際に自分の手で作りたいんだ」

 しっかりしすぎだろとナツキは思ったが、父親との思い出が陶芸なら、トーマにとって必要な時間なのだろうとも感じた。

 あれこれ話しているうちに、茶碗の表面は湿っていた。
 内側に手を入れて、U字形のカキベラで外側を彫る。トーマはランダムに彫刻していく。余分な土がかなり落とせた。軽く仕上がったようだ。
 満足そうに作品板に下ろすと、じっと見ていたナツキに笑みを向ける。

「高台の内側に、名前いれたら?」

 ナツキの提案に、それってカッコイイなあと言いながら、針先を使いローマ字でトーマと入れる。
 初の成形が完了した。

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