光と闇の交わる時間

文字数 2,018文字

   【崩壊】

 ヤミモヒカリモオナジモノ
 ナノニマッタクチガウモノ

 光が世界に解き放たれた。
 闇が世界を覆い尽くした。

 その瞬間に私達は生まれた。
 崩壊のエネルギーを糧にして
 たった一つの意思の元。

 理解したのは
『科学者が一人消えた事
 世界が私たちの手にある事
 そして、星たちが―』

 さぁ、何をしようか。
 何が出来るだろうか。



   【運命】

 奇跡なんぞいらぬ。
 あるのはただ、己の意思のみ。
 ココにいたいという意思。
 ココにいるという意思。
 ココにあるという意思。

 死に逝く骸が一体、目の前に倒れた。
 まだ若い女、腹に赤子を宿していた。
「助け…。だ……か」
 手を空に掻き、必死に伸ばす。
『助かるまい』
 闇から残酷な声が聞こえた。
 すっと伸びる闇はその女を包んでいった。
『やめよ』
 わらわが静止の声を飛ばす。
『何を?助けようと言うのに』
 酷く醒めた声が返ってきた。
『そなたのは助けではない。
 この者を殺す事が助けだというのかえ?』
『どうせ死ぬのだ。苦しむ時間は短い方がいい』
『わらわはイヤじゃ。生きるという希望があるかも知れぬ』
 せせら笑う声が辺りに響いた。
『ハハハッ。希望?そんなものにすがってどうする?
 誰がどう見てもこの女は死ぬ』
『それでも!!』
『ならば、この女自身に決めさせれば良いではないか』
 女はまだ苦しんでいた。

『さぁ。選ぶがいい。生か死か』

 伸ばされた手の先は闇だった。
『なぜ……。赤子がいるのに』
 呟きがわらわの口からこぼれた。
『赤子が奇跡を運ぶとは限らない。
 まして人ならば異形の赤子を誰が愛する?』
 迫害され、追い出され、殺されそうになった果てに
 ココに行き着いてきた女。
 希望など欠片も無かったのだろう。
『それでも、生きていれば
 いつか報われるかも知れぬ』

 プログラムされた記憶の中の
 一番古いメモリーにある言葉のように。

『世界ニハ希望ガアル』


 それから月日が流れて、星達が減っていった。
『星が二つ……いや、三つ消えたか』
 闇の中、紗覇屡が言った。
『そうじゃな』
 光の中、わらわは答えた。
 暫し沈黙が続いた。
『……永い永い時だったな』
『そうかえ?わらわには刹那のようじゃ』
 互いにもう姿は見えず、闇と光の空間から声が聞こえる。
『あと、一人か』
『もう、一人じゃ』
『運命は変わらない』
『運命なんぞありはせぬ。
 あるのはココにいるわらわの意思じゃ』
 存在さえ不確かなわらわたち。
 大地に降り注ぐ太陽の光。
 そこに出来る岩の陰の闇。
 全てを見つめながら、動く事さえも出来ずにいた。
『紗屡夢……。星達の為か』
 紗覇屡の口から言いたくなかった言葉が紡がれた。
『星達の為じゃ。
 たとえ、そなたと離れようとも
 たとえ、そなたと敵対しようとも』
 出来上がったばかりの体で、振り返り闇を見据える。

『わらわはわらわの意思で決めたのじゃ』

 光の中の不安定な形で歩き出す。
 傍にいつもいたはずの紗覇屡の感覚はない。
 それが少し寂しく思えた。



   【終末】

『僕は僕の意思で決めるよ』

 その呟きが紗屡夢の元に届いたのかは知らない。
 紗屡夢が振り返らなかった事だけははっきりと覚えている。
 それが寂しかった事も。

 共に生まれ、共に生きていくだろうと思っていた。
 それは変わることは無いだろうと。
 たった一つの体に二人でいた時から
 傍に居るのが当たり前だと思っていた。
 あの破壊の日。
 紗屡夢は一つの電子へ
 紗覇屡は一つの細胞へ
 二つに分かれたその時さえ、離れる事は無かった。
 それが続くのが当然だと思っていたのに
 その意思ゆえに僕たちは離れた。


 平穏とは穏やかな平和を言うのだったか。
 ならば、人がいないこれも平穏と言うのか。

 太古の文明の欠片がカラカラと音を立て崩れた。
 かつて、紗屡夢の築いた夢の跡。
 そこには青々とした草が生い茂るばかり。
 過去の虚像の後さえも見当たらない。
『僕には君だけだった』
 答える声はもう無い。
 傍にいた時間と離れていた時間とどちらが永いのか。
 それさえも忘れるほどの無限の時。
 不完全な僕達が実体を手に入れ
 不確かな僕達が意思を持ち
 不安定な僕達は別れた。
 僕達の意思の元。

 プログラムされた記憶の中の
 一番古いメモリーにある言葉の為に。

『世界ハ絶望ニ覆ワレテイル』

 紗屡夢……。僕達は同じ事をしてるのかも知れない。
 星達の為に人を眠らせ、苦痛の無い世界に招いた君と
 星達の為に人を殺し、苦痛を消してしまう僕と。
 でも、少なくとも君は人に希望を見出していた。
 そのために全てをやり直す7つの力を欲していた。
 綺麗な紗屡夢。僕とは正反対。
 僕には絶望しかないから―
 人に希望なんて無いから―
 運命は変えられないから―
 君のようにはなれない。
 だけど、最高の舞台を用意するよ。
 キヨの為に 
 星達の為に
 紗屡夢の為に
 残酷で神聖な終焉に相応しいステージだよ。

 始めから全ては貴夜の為に
 貴夜の為だけに仕組まれていたのに
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み