絵がうまくなると美女の手で割と興奮しますよ、現実問題

文字数 3,153文字

以下、唯の独白

「人間という生き物は自分の理解の及ぶ範囲でしか活動できない。知らないものは知らないし、理解できないものは理解できない。シンプルな絵柄が好きな人に描き込みの細かい絵の良さはわからないし、その逆もまたしかり。何か自分の考えに疑いを持つとして、疑ってかかるであろう反論を自分の頭の中に作り出す。

しかしその論敵はすごい勢いで弱くなっていき、最終的に自分の考えや認識が勝ってしまう。人間は自分の考えている以上のことはできないし思いつかない。なぜなら自分は自分だから。そう考えているうちに私は、自分が生きている世界は、自分の考えの中だけに作り出されている空想の世界と大差ないな、と結論付けるのだった。別に誰かの妄想や空想を否定するつもりはないし、そういったものが面白い映画を作り出してくれるので推奨すらしている。ところが自分がイメージできる以上のことはできないという話は思った以上に深刻だった」

「さて、今日も仕事に行くか」

 唯は目を覚まして簡素な食事をとって会社へと赴くのだった。

 と思ったら、玄関を出てすぐ目の前に、軽く5000兆円はあるであろう札束が放置されていたのだった。

 唯は誘惑に若干強いのか、それとも目の前の現実があまりに強烈すぎて受け入れられないのか、財宝の山をスルーする。

「知らんが、簡単に5000兆円が手に入る世界はインフレがやばいんだろうなー。お金を追い求めてもダメな世界になりつつあるのかな? あはは」
 どうした、現代人なら喉から手が出るほど欲しいだろう代物なんだがな、現金なんて。
「知らんよ、今どき金持ちよりも労働者がのほうが少数派じゃない。あぶく銭なんてつかんでないで働いていたほうが得なのよ」

 こういう現実的な考えのもと。仕事に行こうと思って、電車に乗ろうとする。

 ところが、電車はは走っておらず、それどころか街には誰もいなかった。

 もしかしたらと思って唯はスマホを開いてカレンダーを確認した。

 そこには赤い文字、つまりは日曜日の日付以外に日付はなく、バケーションが無限に続く世界が完成していた。

 ふと空を見上げると、プテラノドンがビルの屋上に巣を作って、その隣でドラゴンが卵を育てていた。

「だめだ、連日連夜の仕事で疲れているんだ。明日、本気で精神科に行ったほうがいいわね。何かしら犯罪を起こす前にストレスをケアしないといけないかしら?」

 そうしてしばらく車掌さんを待っているうちに、目の前の光景が頭ワンダーランドなのを受け入れざるを得なくなってくる。

 さっき仕事に行こうとしていた中年のサラリーマンは5人組の幼女に襲われて拉致されていくし、通りがかった少年Aは黙々とコンビニで遊戯王カードの開封をしていた。

「なんだ、これ……」

 以前、人間がVRの世界に入ったらどんなことをするのか実験したデーターがあるのを思い出した。

 ある人は困っている人を助けようとするし、ある人は卑猥なことを延々と行うと言われていたが、まあ、そんな感じの世界が唯の目の前に広がってしまった。

「みんなの望みが叶っているのかな、これ」

 知らんが、幼女に拉致されているサラリーマンは30歳を軽く超えているだろうな。

 人間、真に少女に誘拐されるロリコンになるためには、ある程度の年齢が必要になってくると筆者は確信している。

 30歳に近づくにつれて少女の良さがだんだんと分かってきちゃいましてね。

「字の文ですらやばい。正気を失っている。この世界のどこかに逃げ場はないのか?」

 唯が世界のどこを見渡しても、現実ではありえないような光景がどこまでも広がっていた。

 そのありえない世界の中心で呆然と立ち尽くしていると、LINEに着信が入った。

 それは同僚の皐からのメッセージだった。

「アパホテルの302号室で待ってる」
「え、なんか微妙にダサい文面なんだけど……」
「皐も世界がめちゃくちゃになって、ホテルの個室に避難してるのか。助けに行ったほうがいいかしら?」
「うん、まあ助けに行くか。日頃お世話になってるしなあ。非常事態くらい一緒にいてあげましょう」
唯、、、心が純粋すぎて尖ったのか、初めから人間ではないのか、それとも人を疑う能力があまりないのか。

夢の世界へ足を踏み入れても現実を直視し続ける人間の弱さが露呈しましたね。


 オートロック式のエレベーターがカードキーがないので使えなかったため、徒歩で階段を上がって3階へ。

 唯は302号室までやってきた。

 ノックをする。

 長い間で2回、短い間で3回。

 こん、こん、こんこんこん。

 ほんの30秒ほどで鍵は開く、扉も開く。

「来てしまったんですね。平さん」
「こいと言ったのはあなたじゃない」
「ちょっと待ってください。深呼吸させてください。すー、はー、すー、はー」
「顔が真っ赤ね、どうしてそんなに緊張しているのかしら? これから取引先に電話をかけるときみたいよ、あなた」
「そ、そうですね。そうかもしれません」
「今日は仕事はどうするの? お休みかしら?」
「どうせ会社までたどり着けないですし、お休みでもいいじゃないですか。会社に電話してもメールしても返事がきませんし」
「ふーん、まあ、世間がこんなありさまじゃあね。で、皐はどうしてこんな狭苦しいところに避難しているのかしら?」
「そうですね。行為に至るには、その、部屋が散らかりすぎていますし、どっちかというと狭い場所のほうが私は好きですし、興奮するので」
「あ、そう」
「すみません、平さん、いいえ、唯ちゃん、私の言ってることの意味、わかります?」
「わからんなあ。私はこう見えても察しが悪いタイプなのよ。世間で言うアスペっていうやつかもしれないわ。だからはっきりと言ってちょうだい」
「い、嫌です。察してください」
「知らんがな。皐さんはどうしてこんなところにいるの?」
「その、唯ちゃんと二人きりになりたくて」
「二人きりになって何するのよ? 別に私は来るものは拒まずタイプだから。皐さんがそうしたいなら、別にそう言ってくれればいいのに」
「え、じゃあ」
「二人きりね。いいわよ。それで、今は二人きりだけど、何がしたいの?」
「え、えっと、普通にいちゃいちゃらぶらぶできたらなって」
「は、いちゃいちゃ、らぶらぶ、なにそれ?」
「が、概念です」
「ちょっと、私の隣で添い寝してください」
「あー、そ、そういうことだったのか。ごめんなさい、私、あなたのことを誤解していたわ」
 唯はこの段階で皐が何を考えてこんなところにいるのかを察したのだった。
「今日、私が思ったことが何でも叶っているのだけれど、それはあなたもそうなの?」
「うん、仕事に行きたくないって思ったら、玄関の前にお金が落ちてるし、唯ちゃんと結ばれたいなって思ったら唯ちゃんが来てくれるし」
「なんだろう、夢とか幻の類かしら、これ」
「私の前の唯ちゃんは夢なのかな?」
「夢だったとしたらどうする?」
「私、唯ちゃんに夢の中で何度か抱かれてるから。別に、夢なら夢でいつも通りだけど、夢じゃいやだな」
「あ、そ。じゃあ今の私はただの夢でしかないので。夢の中みたいに私を犯してみたらいいじゃない。やらないの?」
「ううん、唯ちゃんとは相思相愛がいいな」
「そうかい。ぶっちゃけ、私は愛とかわからないタイプかな。だから、好きなように犯せばいいわよ。別に皐だったら責めないし、どうする?」

 唯は自分が何を言っているのか分かっているのだろうか?

 ある意味、一切忖度をしないスタイルなのか、さっきから地雷を踏みぬき続けている。

「やだ。唯ちゃんとは愛し合ってなくちゃいけないの」
「分かったわよ。じゃあ、添い寝してあげるから、今日だけね」
一つ言えることがある。

唯が人の精神を獲得するに至る日は訪れるのか、今の段階ではわからない。

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登場人物紹介

ルーシー

ピッピー

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