発展してる東京駅周辺から500メートル北にいくと神田というスラム街

文字数 2,970文字

日曜日になった。

唯は目を覚まして、簡単な朝食を済ませて、今日一日何をしようか考えた。

(今日は何もしないでおこう。ずっと……眠っていよう)

 そう思って唯はベッドに深く潜るのだった。

 体の意識がどんどんショートしていき、やがて唯は浅い眠りに入っていくのだった。

 気が付いたら唯は遊園地にいた。

 地方にありそうな、あまり流行っていない遊園地だ。

 ジェットコースターはすぐに終わりそうで乗る気にならない、そして3つのジェットコースターとお洒落なカフェしかない、そんなあまりにも退屈な遊園地だった。

 すまねえ、こういう編成の遊園地が筆者の家の近くにあるんだが、まるで行く気にならない……正直言って、あまり流行っていない遊園地なのを素で認めざるを得ない。

 その遊園地にあるカフェにピッピーが座っていて、スコーンとケーキを食べているのが見えた。

(やたらお子様のくせに。食べるものは大人みたいね。マセガキって奴かしら? からかいに行ってやろう)

 唯はピッピーに近づいていく。

 しかし、どんなに近づこうとしてもピッピーとの距離は縮まらないのだった。

 しばらく歩いてこれ以上は無駄だな、と思ったとき、ピッピーは唯のほうを向いた。

「あ、お姉さん。こんにちは。私に近づこうとしているんだね。でも無駄だよ。お姉さんはここに閉じ込めちゃうことにしたから」
「は?」
「あのね、ピッピーちゃんはお姉さんを世界から排除することにしたの。お姉さんみたいな人がいなくなればみんなが幸せになれるからね。お姉さんには今のまま、ずっと眠っていてもらうよ」
「は? え? どういうこと?」
「あのね、お姉さんはずっと眠っていていいの。夢から覚めなくていいの。ほかのみんなは私が作った楽しい世界で暮らしてもらうけど、お姉さんは入ってきちゃダメ。ここでずっと眠っていてくーださい」
「あ、そう」

 どうやら、唯はピッピーが作り出す理想の世界から追放されるようだった。

 いきなり何が起きたのか普通の人は理解できないだろうが、唯は理解できてしまった。

 要するに、唯はピッピーが理想とする世界から排除されたのだ。

(いかにも子供が考えそうなことね。考え方が違う友達は仲間外れという)
「じゃあ、お姉さんはさようならね。ずっと眠ったままでいいよ。目を覚まさなくていいから」
 そうして、ピッピーはカフェの席に座りながら、煙のようになって消えてゆくのだった。
(あーあ、一人取り残されちゃった。これからどうしよう?)

 唯は寝そべって、自分の夢の中の青空を見上げるのだった。

 青空は、どこまでも透明だった。

 雲一つなく、視界には遊園地の観覧車と青空以外には何も映っていなかった。

(このまま、空を眺めて暮らせたら幸せかもしれない……あるいは)

 現実世界は唯にとってうるさい場所過ぎた。

 毎日のように電車が走り、テレビの広告が流れ、騒がしい毎日に唯の心は疲弊していった。

 子供のころは騒がしい環境でもやっていけたのだが、なぜか、唯は大人になってから騒がしい毎日に笑えなくなっていた。

(どこかで、静かに暮らせたら幸せなんだけど)

 そうか、結局のところ世間が言うところの幸せを唯は受け付けないんだ。

 唯が目指している世界はあくまでも静かな世界、対してピッピーが作りたいのは、悪く言えば騒がしい世界。

 ピッピーは唯に幸せになりたいかどうか尋ねてきたが、そのお話は解像度の低い提案だったのだろう。

 いかにもお子様が考えそうなことだな、と唯は納得した。

 脱出? いや、しばらくはこのままでもいいかもしれない。

 現実世界が夢の世界になったとしたら、きっと疲れてしまう人がたくさん現れて、唯の世界のほうに流れ着いてくるだろう。

 楽しい世界から追放され、静かな世界に落とされる人々が増え続けてこの遊園地に流れ着けば、さて、果たしてどちらが現実の世界と呼ぶにふさわしいか、ピッピーも考えを改めるだろう。

(うわああああああああああああ、うきゃああああああああああ、パフェ喰いてえええええええ!!!!!)

 と、唯は思った。

 そうだな、本当に静かな世界が実現したら、その世界の住人は楽しい世界を追求し始めるだろう。

 さっきの理論と真逆の理論も、当然成立する。

(パフェ!!! うっ、パフェ!!!)

 なんか、麻薬が切れて禁断症状を起こした依存症患者みたいになってるな。

 そうだろうな、この薄汚れた現実世界、ファミレスが提供してくれるパフェ以外に快楽がない、ゆえにその誘惑は絶大。

 強制労働を味わう奴隷がチョコレート一切れのために残業をするのと同じ理屈だ。

 すると、遊園地の敷地の反対側、ちょうど唯から見て一番遠いところにパフェが現れるのだった。

(くそっ、あからさまな囮じゃないか。こんなものに屈するとか、いや、落ち着け、誰も見てない、多少はいいかな?)

 唯は周囲のアトラクションをすべて無視してパフェを手に取ろうとした。

 パフェに近づくたびに唯の視界に楽しそうなアトラクションがどんどん増えていくのがわかる。

 コーヒーカップ、迷路、ホラーハウスはなくて代わりにバイオRE2が遊べるプレステとテレビ、意味がよく分からないかもしれないが、確実に唯が好きそうなものが唯の視界にあふれてゆく。

 唯はそれらの誘惑に一切動じず、パフェにたどり着いたのだった。

 そして唯がパフェを手に取ると、背後に突然ルーシーが出現するのだった。

「あははは、言っただろう、私はお前の願いをすべてかなえてやると」
「そうか、じゃあ私の視界を一度黒一色にして、そうね、何も始まりそうにない世界にしてちょうだい」
「まだそんなことを言うのか。なんともまあ後ろ向きな思考だな」
「は? 何言ってんの。後ろ向きだとか前向きだとか。まるで電車ね。よくて新幹線か。前にも後ろにも行けるけど、横に行くことだってできるじゃない、上に行くこともできるかもしれないわ。そんな表裏で白黒な話ではないのよ、何もかも」
「すまんな、言ってることがよくわからないぞ」
「物事はなんでもコインの表裏じゃないのよ。もっといろんな面があるものだわ」
「……唯、無理に私に合わせなくていいぞ。お前が望んでいたのは、人々の絶滅、そうだろう?」

 唯は少し沈黙した。

 ルーシーは確実に唯の幸せを願っているはずだが、それで多くの人を犠牲にしてしまう、だから唯の本当の願いは叶えない。

 だから、唯はルーシーの相手をあまりしないで、社交辞令として幸せの定義を語ってみたが、それはルーシーに見抜かれていたのだった。

(あーあ、こんな人が絶滅しますようになんて願いを抱えて生きてるなんて、誰とも社交辞令でしか会話できないわよ、そりゃ。ルーシー、それはあなただってそうなのよ)
「ごめん、今なんて言ったらいいかよくわかんないや」
「……」

 ルーシーはほんの少しの間、沈黙した。

 そしてこんなことを言い出すのだった。

「絶滅させてみるか、人間を?」
「……いいのかな?」
「いいんじゃないか、どうせ今の現実世界は夢を見ているのと何も変わらない世界だ。本当の現実なんて今の世の中、どこにも存在していない。本当に絶滅するわけではないし、殺戮してみるのもいいんじゃないか、それが唯の本当の願いなら」
「よし、それは素晴らしいお話ね。じゃあ、殺戮しに行きましょうか、人間を」
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登場人物紹介

ルーシー

ピッピー

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