キャラ狂人はエロ話が限界と悟らざるを得ない   by狂人

文字数 2,796文字

(目が覚めるのが恐ろしいと感じたことが、生きている間に何度かある。自然と意識が肉体に宿ってくる、そして瞼の裏側が視界に入る。気が付いたら目が覚めている。私はこうして無になった自分が有に戻っていくのを何度も体験している。あのまま、目が覚めなければどれほど幸せか、そう考えた日は数えきれない。自分自身の肉体は異様に重たいし、自分の頭蓋骨が窮屈で、皮膚の感覚ははっきりしすぎていて逆に苦痛だった。ある人が言うには、人間は生きている以上ある程度苦しいことがあるのは避けられないし、それに慣れるしかないと、はっきりそう言っていた。私は、慣れることに成功した。大きな苦しみを伴って)

 唯は今日も自室のベッドの上で目を覚ました。

 今日は、仕事の日ではなくて土曜日だった。

 唯は、昨晩は、自宅で酒を飲んでそれから横になったと記憶している。

 ほんの少し、酔っていた時のことを思い出して、ずっとあの感覚のままいられたらよかったのに、とも思ったのだった。

 今日は、皐と一緒に映画を見に行く予定だった。

 約束の時間は午前11時30分から12時の間、皐は時間厳守を徹底しすぎる相手で、こういうグレーな約束時間を作らなければ困ってしまう相手だった。

 今の時刻は、

「9時か……」

 唯はベッドから起き上がると、簡単な朝食を済ませて、それからシャワーを浴びるのだった。いつもの朝は忙しすぎてシャワーを浴びることができないが、休日ならこうしてゆっくりシャワーを浴びることができる。

 唯は全身を清めると、静かに息を吸って、日頃の疲れを癒すのだった。

 最近、自分のことをやたら幸せにしてくる相手が何人かいるが、唯は幸せになりたいなんて少しも思っていない。

 唯は、静かに暮らしたいのだ。

 幸せになることに期待をしなければ、大きく不幸せになることもない。

 そうやって、何事もない毎日をいつまでも楽しめるように、心を自由にしていたいのだ。

 楽しいことがないと幸せを感じれないような子供でいつまでもいられなかったのだ。

(何もない暮らしになったら、きっと私は耐えられないだろうなあ)

 唯は逆にそんな風にも思った。

 唯は等身大の人間だ。

 徳と悪徳の間を彷徨う美しい人間だ。

 であるがゆえに、迷いをいつも抱えている。

 天使が現れて天国へ誘おうと、悪魔が現れて快楽で誘惑しようとしても、そのどちらへも行かない。

 また時計を見たら、11時になっていた。
(しまった、いつの間に)
 今から待ち合わせ場所に行ったのでは間に合わない。
「ピッピー、見てるー?」

 唯はふとピッピーの名前を読んでみた。

 すると玄関の扉をたたく音が聞こえる。

 玄関を開けると、そこにピッピーが立っていた。

「どうしたのお姉さん、何か願い事かな?」
「これから友達とデートなんだけど、待ち合わせに間に合わないのよ。私をワープさせられない?」
「いいよ、ワープさせてあげる」
「代償は?」
「そうだね……少しの遅刻で壊れる関係をお姉さんが望んでいるなら、きっと近いうちに代償は支払うことになると思うよ」
「なにそれ、意味わかんない。早くどこでもドアを出してちょうだい」
「え、レイスの特殊能力じゃないの?」

 ネタがわからない人はスルーでいいよ。

 やばいな、ピッピーちゃんはそういうところでギャップを起こしちゃうタイプか。

 優しい人なんだけど、現代人特有の思考というか、若さゆえの過ちとも言いたいけど、まあ、楽しく生きている女の子はたまにこういうことを言い出すかもしれない。

「そういうのは別にいいから。早く、皐と会いに行きたいわ」
「じゃあ移動させてあげるね」

 唯は気が付くと待ち合わせ場所の近くまで移動していた。

 そこからほんの少し歩いて皐と会った。

「おはよう唯さん。今日はとっても楽しみだね」
「そうね、おはよう」
「どうしたんですか唯さん。なんだか、顔色が悪いですよ?」
「まあ、そうかもしれないわね」

 皐に指摘された通り、唯は少し顔色が悪かった。

 連日の激務と数日前の夢騒動で疲れてしまっているのか。

「えっと、映画見るのもそれなりに体力使っちゃいますし、今日はだらだらしませんか?」
「あー、うん、それもいいかもしれないわね。お言葉に甘えちゃおうかしら?」
「じゃあ、今日はまったり過ごしましょうか」

 一気統合して、二人はネットカフェへ向かうのだった。

 広いフラットシートの部屋を選んで、二人で中に入った。

「そういえば、私は毎晩、夢の中であなたに抱かれているみたいだけど、それってどのくらい本当なの?」
 唯は二人きりになってそんなことを突然口にした。
「毎晩ではないかなあ。たまに唯ちゃんへの幸せな妄想をしすぎた日は、バイオハザードみたいな夢になることもあるから」
「あー、わかる。私もアダルトビデオを垂れ流して寝落ちするとバイオハザードの夢見るわね」
「唯ちゃんは、どんなアダルトビデオを見るの?」
「そうね、女の子がかわいそうになるのは絶対見ないかなー、心痛むし」
「そっかー。意外とピュアなんですね。てっきりゴリゴリに痛めつけるのが好きかと思ったんですが」
「うーん、男性がかわいそうになるのはおっけーかな? 男性だったらゴリゴリに痛めつけても私は平気よ? かわいそうなのがダメなのは女の子だけ」
「すごい、性癖に刺さってますね、それ。やばいですよ。唯ちゃんは意外と禁欲的かと思ったけど、自分に刺さることしか追いかけないんだね。ある意味楽しそうな趣味嗜好だよね」
「そうかなー? 自分に正直に暮らさないと、あとあとで後悔しそうだからね」
「唯ちゃんはどんな人生を目指しているんですか? 割と尖った人だから気になっちゃうな」
「そうだねー、世界が破滅しそうになっても、自分の生きざまを貫くことかな? みんな絶望してるけど、私を見習ってなんとか頑張りましょうねって、体を張って表現するタイプ。ひょっとしたら近頃それが本当に表現できる時代が来るかもしれなくて、少し調子に乗ってる感じはあるわね」
「なんです、それ? 変なの」
「確かに、変ではあるかもね」
「唯ちゃんは聖人に向いているかもしれませんね」
「聖人らしく十字架に張り付けられるかもしれないけどね」

 この世界は既に自分の理想だけを追い求めて生きられるような世界に、ピッピーがしてくれるそうだが、その世界を一部の人間が拒み、唯はそのうちの一人だ。

 確かに唯は十字架に張り付けられる聖人になる可能性はある。

「こんなところに聖人がいたなんて、世の中まだまだ捨てたもんじゃないね。明日からまた元気に暮らせるな」
「それはよかったわね」

 唯はこんな気軽に聖人に出会わないでほしいとふと思った。

 イエスキリストが星5の聖人なら、唯は星2の聖人といったところじゃないだろうか?

 唯は自分のことを薄汚れた人間だと思っている。

 それこそ真面目に生きているつもりだが、聖人と呼ばれるほどではない。

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登場人物紹介

ルーシー

ピッピー

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