今作者悲しみのない自由な空にいるけど質問ある?

文字数 3,292文字

確か、16歳か17歳か、それくらいの少女だったころ。

私は校庭でお昼ご飯を食べていると、一人の誰かが、校門から私を見ていたのだった。

正確には、私の食べているお昼ご飯を見ているのだった。

私ははお弁当を食べるのをやめると、お弁当をすべてその誰かに差し出すと、その場を去ったのだった。

確か、19歳か20歳のころ、お金に困っている友達がいて、その相手に1000円をあげるのだった。

その日、友達はおいしいものを食べることができた。

お金は返ってこなかった。

確か、12歳か11歳のころ、電車の中でご老人が乗車したとき、私は席を譲るのだった。

1日1善、それが私の存在理由だった。

なぜか?

誰かに優しくしていれば、それは巡り巡って自分に返ってくるから。

こうやって誰かに優しくし続けていれば、いずれ大きな幸せになってかえってくる。

私はそう信じて生きてきたのだった。

毎日毎日、誰かに優しくして、誰かに親切を続けた。

それが、いつか自分自身に返ってくると信じて。

そんな毎日が1年続き、3年続き、5年続き、10年続いた。

気が付いたら、私はただの大人になっていた。

大人になった私に、大きな幸せも、小さな幸せも、そんなものはどこにもなかった。

毎日毎日、適当に仕事をして、適当に家に帰る毎日。

楽しかどうかと言われたら、そんなことはない。

私が子供のころにイメージした幸せな生活はどこにもなかった。

ふと立ち止まって考えてみると、私の善行はいつになったら私に返ってくるのだろう?

どこかの誰かが言っていた。

悪いことをすれば必ず自分に返ってくると。

そして、漫画のキャラクターが言っていた。

私は悪いことをしてきたが、罰が当たったことはないと。

どこかの誰かが言っていた。

よいことをすれば必ず自分に返ってくると。

そして私には、いいことは返ってこなかった。

これじゃあ悪いことをしたほうが得じゃないかと、自然と実感したのだった。

傷つけて、奪って、嬲って、そういう世界のほうが現実なのではないかと、大人になった私は実感したのだった。

誰かに善意をもって接するのはやめよう、これからは全ての人を自分のために利用して暮らしていこう。

それが、人生の最適解だ。

(これが、大人の味か)
 唯はルーシーとともに、誰もが幸せになった世界を空から俯瞰してそんなことを思い出したのだった。
「みたまえ、幸せそうな人々を。これからお前は彼ら彼女らになにをしてもいいのだぞ。すべて私が叶えてやろう」
「そうね、じゃあまずはウイルスでも散布しましょうか。感染したら最大限苦しんで死ぬやつをお願い」
「分かった。どこに散布する?」
「東京の人が一番多く通るところへお願い」
「分かった」

 ルーシーは右腕を東京の都心部のほうへ向けると、手から真っ黒な霧状の魔力のようななにか放出するのだった。

 それは拡散されていくうちに無色透明となり、東京の繁華街に降り注いだ。

「これで軽く1000万人は死ぬわね。まずは1億人の殺戮を目指して頑張りましょうか」
「ウイルスはワクチンが生み出されてしまうと対策されてしまうからな。かのペストですら人口を半分にもできなかった。現代の公衆衛生のレベルを考えるとそれほどのダメージは与えられないだろうな」
「もっと直接殺さないとだめかしらね。じゃあ、神奈川県のほうは人口が多そうだから、空爆でもやってちょうだい」
「空爆だな。いいぞ、どのくらいの規模でやる?」
「そうね、できれば苦しまないで死んでほしいから、一番強力なのを、密集させて、一番広範囲にばらまいてちょうだい」
「分かったぞ」
 そうして、夢の世界となった日本は次々と火の海に飲まれていった。
「お、どうやら、私たちがこうして人々を苦しめているのを勘づかれたようだぞ、夢の国の主に」
「そっか。まあいいんじゃない? すぐに私たちを止めに来ると思うけど、そいつも殺してしまえばいいわけだし」
(うーん、悪魔になった気分ね。それも大魔王か、死神か。世界の住人たちはどのくらい苦しんでいるのかしら? 気になるわねー)
「いいのか唯。お前はこうして空高くから眺めているだけだが、お前が望むなら人々が苦しむ姿を地上に降りて直接見ることもできるのだが……どうする?」
「それは別にいいや。殺戮したいけど、死んでほしいわけじゃないし。みんなとはそれなりに距離を置きたいかしらね」
「そうか。お前がそう望むならそれでいいだろう」
(どうしてだろう、確かに、殺しているはずなのに、私の心の中のもやもやは、全然消えてなくならない)

 なぜか、唯はそんな気持ちに自らを浸したのだった。

 大人になってから、泣きたいのに泣けなかった、感情が乏しくなってしまったから泣きもせず笑いもしなくなったと実感したあの時とよく似ている。

(私がしたかったのは、本当にこれだったのかな?)
 唯は間違いなく、自分のやっていることに疑問を持っている。
「どうした? 次に殺戮する地域はどうする? 言ってくれれば即座に人間を絶滅させることもできるぞ?」
「あの、ルーシー、私、こんなこと望んでないかもしれない」
「ん? じゃあ何を望んでいるんだ?」
「私、確かに皆に死んでほしかったけど、それは架空の世界の話での出来事であって、本当に殺したいわけじゃないんだ」
「あははは、中々趣深い心の動きをするではないか。だがもう、お前は多くの人を苦しめてしまったのだろう? お前が望めば殺した人たちを生き返らせることもできるが、と、その前に対処しないといけない相手が現れたな」

 唯たちは今、遥上空から日本を見下ろしているわけだが、事態を重く見てかピッピーが巨大な飛竜に乗って唯たちのところに向かってくるのが見えた。

 そしてピッピーはメガホン片手に唯たちにこんなことを告げてくる。

「こらー、お姉さんたち! みんなの幸せを邪魔しないで! はっきり言ってあなたがやっていることは下らないいたずらと同じレベルだよ!」
 ピッピーは飛竜を唯たちの前で止めると、ファンタジー空間らしく何もない上空をそこに地面があるかのように歩いてくるのだった。
「思えば、私たちもこうやって上空に立っているわけで、これはいったいどんな原理が働いてこうなっているのかしらね」
「私の不思議な力だ」

 夢の世界に不思議もなにもないと思うのだが、相変わらず冷静な唯は不思議な力と言われても納得はしないのだった。

 それはさておき、

「ピッピー、ごめんなさいね、あなたが作りたかった理想の世界を破壊してしまって。でも、理想を追い求めるだけじゃ大人になれないわよ」
「そんなことないもん。お姉さんは悪い大人だね。あなたみたいな大人いなくなっちゃえばいいのに」
「そっか。私はあなたみたいな子供にこそ成長してほしいと思ってるけどね」
「なにそれ、意味わかんない」
「じゃあ、ピッピーちゃんは人々を幸せにしてどうしたいの?」
「みんなが幸せならそれでいいじゃない!」
「あー、そっかー。みんなが幸せならそれでいいんだ。その皆に私は入るの?」
「入らないわ。あなたは要らない」
「あなた、人の幸せは願うくせに、私みたいな人の幸せは気にしないのね」
「だってお姉さんは人を不幸せにするもの。いなくなったほうがいいわ」
「そう? 人間、誰だって生きていればそれなりの苦痛を感じるじゃない。どうあがいたところで。人間、生きている限り不幸せだとは思わない? 当然誰かしらを不幸にしてしまうときもある」
「だから私がみんなを幸せにしたの!」
「みんなを幸せにしたい、それって人々から不幸をどんどん取り除いていくことよね?」
「そうよ」
「どうしてピッピーちゃんは人から不幸せを取り除きたいの?」
「だって、それが人間が生きる意味じゃない。幸せじゃない人生なんてないほうがいい」
「あー、そっかー。じゃあ、人間ってどうあがいたところで辛いことがあるのが現実だけど、そんな人生ないほうがいいんだ?」
「だからそんな人生ないほうがいいって言ってるじゃない」
「どうあがいたところで、生きていれば辛いことがあるわよ。それが現実。誰もが、平等に」
「だったら、皆いなくなっちゃえばいいんだよ!」
「……そっか」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

ルーシー

ピッピー

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色