第2話ー強欲(現代ドラマ)

文字数 1,335文字


 桜舞い散る季節に僕はうまれた。
 僕は生まれつき身体が悪くて、少しでも体力を付ける様にとご飯をたくさん食べてきた。
 物心着く頃あたりに両親は離婚して、5人家族だったのが父の抜けた4人家族になったけれど、祖父母や叔母達のおかげで普通以上の暮らしができたと思う。
 そんな状態のもと僕は3人いる兄弟の長男で、母には厳しく育てられた。
 母は急に怒っては叩いてくるので怖い1面もあったけれど、僕達家族のために朝早くから夜遅くまで1人で働いてくれた。
 それに遊びにも連れて行ってくれるし、ビデオを借りては見せてくれる優しい面もあるから尊敬している。
 そんな母の口癖は「やられたらやり返す」と「何かされたら、母にちゃんと言うんだよ」だった。
 これは僕に対してだけじゃないけれど、確かな愛情を感じた好きな言葉だ。
 今思ってみればそんな言葉の裏には、僕の体型も関わっていたのかもしれない。
 僕は身体が弱くて少ない運動だけでも喘息が起きた。
 最初はそんな身体を強くしようと腹一杯に食べさせられていが、次第にはそんなことも忘れ腹一杯にご飯を頬張っていた。
 運動がろくに出来ない身体でご飯を腹いっぱいに食べていたら、太るのは自明の理というもの。
 小学生……子どもというのは恐ろしいもので、平気で相手の心を抉っては笑いにしようとする。
 デブ、ブタ。
 こんな言葉の槍を、何度浴びたことか分からない。
 別に全員が全員言ってくる訳ではなく、言ってきたのはほんの一部で、おそらく悪気はなかったのだと思う。
 当時小学1年生だった僕はデブと言われればそれを笑い飛ばして冗談にし、ブタと言われれば「ブタってスリムらしいよ?」とネタにして強がった。
 その様な経験があるから、僕は人にやられたら嫌なことはやらないし、言われたくないことは言わない。
 出来るだけ、人には優しく。
 出来るだけ、人に思いやりを。
 出来るだけ、周りを見て気遣いを。
 それがデブでブタで運動ができず勉強も普通で、ブサイクな自分が周りに受け入れて貰える為の処世術だった。
 しかし最初は受け入れて貰えれば良かっただけのそれらは、いつしか自分からだけでなく、相手からも貰えて当たり前のものだと思い始めるようになった。
 それらが板についてる僕は、特に仲の良い人でなくとも最低限以上のそれらを無意識下で振る舞っていた。
 それを高校に入った後に無意識だったものが、客観的に見た時に理解したのなら、少しずつ不満を募らせるのも無理も無かったのだろう。
 僕は気遣って落ちたプリントを拾ってあげるのに、他の人は僕の落とした物を拾ってくれない。
 僕は気遣って困ってる人に優しくしてあげるのに、他の人は僕が困った時に優しくしてはくれない。
 僕は思いやりを持って人と接しているのに、他の人は僕に思いやりを向けてはくれない。
 これらの感情は、自分が与えたら返してくれると決めつけ、勝手に信じていた自分の強欲が産んだ物だったのだ。
 
 人が人に善意で何かを与えようとするのは、心の中の何処かでそれと同じことを「自分」にもして欲しいと願っているからなのだ。
 しかし見返りを他人に求めてはいけない。
 だって善意ってきっと、自分の知らぬ間に巡り巡って還ってくるモノなのだから……。
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