第9話

文字数 623文字

 家に戻ったのは、翌日の早朝だった。

 新聞屋のミニバイクたちに混じって、家の前でバイクを停車させた。どこまで行って、どういう道を辿って帰ってきたのか、よくわからない。

 ややあって、玄関の扉ががちゃりと音を立てた。カギを開ける音がしなかったのは、カギが閉められていなかったからだ。扉はずっと、家出息子が戻るのを、息をひそめて待っていたらしい。

 出てきた母は、ちぐはぐでおかしかった。孝之の方へ早足になりかけて止まり、手を伸ばしかけて下ろし、口を開きかけて閉じ、顔を崩しかけて眉を顰める。

「ただいま」

 孝之が言うと、彼女はちょっと考えてから、黙って一つだけ頷いた。くるりと背中を返し、家の中に引っ込む。
 孝之は笑い、バイクと顔を見合わせた。

「またあとでな」
「タカユキ、ここ路上駐車だよー」
「ちょっとだけだよ。すぐ戻る。がっつりやられるのが長引かなけりゃね」

 玄関をくぐり、ヘルメットを壁に吊るした。グローブを外してカバンに仕舞う。
 靴を脱いでいると、気配がした。顔を上げると、母が腕を組んで、唇をひん曲げて孝之を見ていた。
 ちらりと玄関の向こうに視線を飛ばし、母は言う。

「バイクに乗るなら乗るで、蜘蛛の巣くらい掃除しなさいよ。みっともない。せっかくのタイヤが台無しじゃない。デザイン事務所に入るのに、そんなんでどうするの」

 違うよ、と孝之は肩を竦めた。

「蜘蛛の巣つきバイク、これから流行るんだってば」
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