第9話 再来航

文字数 935文字

 1854年1月、ペリー艦隊は、軍艦を7隻に増やして、横浜に、来航した。
 幕府は、見込みより早い来訪に、あわてた。品川沖の台場は、まだ、完成には程遠かったし、意見を広く求めたものの、幕府の回答は、まとめることができないでいた。当然、外国との条約に必要な、朝廷の許可は、申請すらできていない。
 寅次郎は、保土ヶ谷の海岸で、望遠鏡をのぞいている。傍らには、同じく、望遠鏡をのぞく男が立っている。
 寅次郎が、口を開いた。
「先生。アメリカは、やはり、強大な国ですね」
 佐久間象山は、望遠鏡を、目から離して、しかめ面をした。
「まあ、そうだな」
「どれが、旗艦でしょうか?」
 象山は、望遠鏡を、目に当てた。
「右から2番目だな。派手な旗が、はためいているだろう」
「あの、星がいっぱい、散らばっている旗ですか?」
 寅次郎は、望遠鏡から、目を離した。
「品がないですね」
 象山も、望遠鏡を、おろした。
「そうか?わしは、ああいう派手なのは、嫌いではないぞ」
 象山は、望遠鏡を、寅次郎の顔の前に、突き出した。
「吉田君。これから、密航をお願いしようという国の旗を、悪く言っちゃいかん。あれも、彼らの文化だ」
 寅次郎は、頭を掻いた。
「しかし、先生、本当にいいんですか?僕の手伝いなんかして」
 象山は、望遠鏡で、寅次郎を、指したままだ。
「あほ、下らんことを気にするな。
わしは、天下の、佐久間象山だ。自分の尻くらい、自分で拭くわ」
象山は、長いあごひげを、撫でた。
「そういえば、軍艦に近づくための、舟の準備はできているのか?なんなら、手配してもいいぞ」
 寅次郎は、にこにこしている。
「大丈夫です。その辺りの舟を、盗みますから。ご迷惑は、おかけしません」
 象山は、うなった。
「なるほどな。盗まれたのなら、舟の所有者にも、迷惑がかからない、か」
 その時、丘の方から、寅次郎を呼ぶ声が、聞こえた。
 こちらに向かって、走ってくるのは、寅次郎と行動を共にする、弟子の金子重輔だった。
 重輔は、息を弾ませながら、象山に、ペコリと頭を下げると、寅次郎に向かって、言った。
「宮部先生が、来られています。なんだか、ひどく恐い顔を、なさってます」
 寅次郎は、頭を掻いた。
「宮部さんには、内緒にしていたんだけどな・・・バレたか」
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