第11話:ソ連による大韓航空機撃墜事件2

文字数 2,024文字

 航路を外れた007便は、航空自衛隊の稚内レーダーサイトにより観測されていた。ところが、この時点で洋上飛行中のはずであった007便はATCトランスポンダから識別信号を発していない。航空自衛隊は007便を「ソ連国内を飛行する所属不明の大型機」として、その周りに飛行するソ連軍戦闘機を「迎撃訓練を行う戦闘機」として扱った。

 これとは別に陸上幕僚監部調査部、第2課別室「通称、調別、電波傍受を主任務とする部隊」は、ソ連の戦闘機が、地上と交信している音声を傍受した。
「ミサイル発射」のメッセージを確認したが、この時点ではソ連領土内での領空侵犯機に対する通常の迎撃訓練が行われていると考えていた。実際に民間機が攻撃されていたという事実は、把握していなかった。

 この録音テープは、後にアメリカがソ連に対し撃墜の事実を追及するために中曽根康弘首相の判断で日本国政府からアメリカ合衆国連邦政府へ引き渡している。撃墜直後、航空自衛隊稚内分屯地のレーダーサイトは、所属不明機の機影が突然消えたことを捉えた。行方不明機がいないか、9月1日の午前に日本、韓国「大邱」、アメリカ「エルメンドルフ」、ソ連「ウラジオストク」の各航空当局に照会した。

 すると、前記の3国からは、該当機がないとの返答を受け、ソ連からは、返答がなかった。ミサイル命中の30秒後、それまで007便を通信管制していた東京航空交通管制部に雑音が混じった007便からの呼び出しが入ったが、そのまま連絡が途切れた。「急減圧により緊急降下する」旨の交信の内容は、鈴木松美の音声分析により判明。9月1日の朝の時点で日本政府が、大韓航空機が「サハリン沖」で行方不明になった事を公式発表。

 7時には、日本のテレビやラジオでは「ニュース速報で大韓航空機が行方不明」と報じた。各国の通信社が東京発の情報として大韓航空機の行方不明を報じた。情報が錯綜し撃墜説やハイジャック説が流れた。その中で11時には「『旅客機はサハリンのネべリスク付近の空港に強制着陸させられ乗員乗客は全員無事』と韓国外務省が発表」という外電が入り日本の民放各局が昼のニュースのトップ項目として報じた。

 この様な日本や韓国、アメリカ合衆国などの西側諸国の報道があったが、日本や韓国、アメリカの政府やマスコミからの問い合わせに対してソ連は「該当する航空機は国内にいない」「領空侵犯機は日本海へ飛び去った」と事件への関与を否定。これに対してアメリカ合衆国連邦政府は、その日の内に「ソ連軍機が007便を撃墜した」と発表、日本当局が提供したソ連軍機の傍受テープも雑音を除去し、ロシア語のテロップを付けた上で一部放送した。

 中曽根康弘は
「交信記録を提供して日本の傍受能力が多少知られたとして、この場合には損はないと考えた」
「ソ連に対する日本の強い立場を鮮明にする好機で対米友好協力関係を強化する意味もあった」
「レーガンに知らせてやるのは、得になることはあっても、損になることはない」と考え反対意見を押し切って提供した。

 このアメリカによる正式発表を受け、事件の当事国である日本や韓国、アメリカやフィリピンなどの西側関係諸国ではソ連に対する非難が起こり、ソ連政府に対して事実の公表を求めた。また、この日には、北海道のオホーツク海沖合で操業していた日本の漁船が、旅客機機体の破片や遺品を発見した。これと前後して、海上保安庁やアメリカ海軍の船艇が、機体が墜落したと思われる付近に向けて、捜索に向かった。

 9月2日、ソ連のニコライ・オガルコフ参謀総長が「領空侵犯機は航法灯を点灯していなかった」「正式な手順の警告に応答しなかった」「日本海方面へ飛び去った」と、モスクワでテレビカメラを入れた記者会見で発表した。「後に007便の航法灯は点灯しており十分な警告は行われていなかったことをパイロットが証言する」これに対しアメリカのロナルド・レーガン大統領はソ連政府を「うそつき」と非難した。

 その他、当事国である韓国の全斗煥大統領もソ連を激しく非難。また、日本や西ドイツ、フィリピンや中華民国など多くの西側諸国の政府がソ連の対応を非難する。9月6日に国連安全保障理事会において、陸上幕僚監部調査部第2課別室が傍受したソ連軍機の傍受テープに英語とロシア語のテロップをつけたビデオが、アメリカによって各国の国連大使に向けて上映された。ソ連軍機による撃墜の事実を改めて世界に問いかけた。

 これに対してソ連の国連大使はビデオの上映中は一貫して画面から目をそらし続けていたが、この後、ソ連のアンドレイ・グロムイコ外務大臣兼第一副首相は、大韓航空機の撃墜を認める声明を正式に発表した。9月9日にソ連のオガルコフ参謀総長が「大韓航空機は民間機を装ったスパイ機であった」との声明を発表、13日には、緊急安保理事会でソ連への非難決議が上程されるが、常任理事国のソ連の拒否権の行使により否決された。
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