第8話 決心

文字数 1,011文字

 足利義昭からの密書を光秀は火鉢に投げ入れ、燃やした。
 読まずとも内容は分かっていた。光秀は本来幕臣であり、便宜上信長の家臣となった後も、その忠心に揺らぎが無いことを自分は信じていると言うことをくどくど繰り返した後、信長の強権的なやり方は、今や周り中の反感を買っており、各大名達も面従背腹で表面上従っている者達の中にも機会が有ればと密かに狙っている者も少なくない。
 叡山焼き討ちなど神仏を怯れぬ所業、信長の命により已む無くやったことではあろうが、心痛察している。やんごとなき辺りも、退位を迫る信長の暴挙に、もはや我慢の限界と仰せだと言う。
 誰かが口火を切りさえすれば、信長の権力は音を立てて瓦解して行くに違いない。光秀、口火を切るのはそのほうしかおらぬ。

 そんなことが書いてあるに違いない。何度も貰った手紙と同じだ。
 しかし義昭は、自分の都合しか考えていない男だ。もしこの手紙が奪われて信長の手に渡ったらどうなるかなど微塵も考えていない。こんな手紙をばら撒いて人を動かし、結局、自分が将軍の座に返り咲く事しか考えていないのだ。

 光秀は、明智氏が源氏の流れを汲んでいることに誇りを持っている。だから、朝倉義景によって飼い殺しの状態にあった義昭を奉じて足利幕府を再興しようと言う夢を見た。幕府を再興しようと言う意欲も力も無い朝倉を見限って目を付けたのが、当時日の出の勢いではあったが、信玄や謙信に比べて小者感が拭えなかった信長である。

 信長は権威にへつらうような男ではなかったが、意地を張って格好を付けるよりも、権威とて利用出来るものであれば躊躇無く利用する男であった。
 将軍義昭を奉じて上洛し、足利幕府を再興すると言う光秀の持ち込んだ計画に、一もニも無く乗って来た。そればかりでは無く信長は、光秀の才をすぐに見抜いた。

 幕臣として義昭に仕え、信長との橋渡しや調整をするうちに光秀は、義昭と信長の人間力の差をひしひしと感じるようになった。義昭は結局、自分の事しか考えていない。それに対して信長は、傲慢ではあるが、反面、優しさを見せることも有り、何よりも、強い意志と実行力を持っていた。

 義昭と信長か決定的に対立した時、光秀は信長に従う道を選んだ。腐敗により滅びた足利幕府を再興するより、気鋭の信長が主導する織田幕府も有りかなと思ったのだ。
「しかし、……」
と光秀は思う。信長の天をも怯れぬ権力欲を自分は見くびっていたと気付いた。
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