第4話 良心研究所

文字数 1,005文字

 その年の総選挙は特別なものとなった。『良心研究所』なる団体が推薦した候補者十人が立候補したからである。

 最初は笑い話だった。
「選挙民を舐めきってる。良心研究所推薦ならいい人だろうと、選挙民が単純に思うとでも思ってるのか? ま、全員落選だろう」
 おおかたの評価はそんなものだった。

 SNSは誹謗中傷の嵐で炎上した。なんの科学的根拠も無く『この人は良心を持った人であると認め、良心研究所は良心を持った衆議院議員候補者として推薦します』と言う推薦文を掲げて選挙を戦おうとしているのだから『選挙民を舐めてるのか』と言う声が大きくなり候補者の身辺に危険が及ぶ可能性すら出て来たので、警察当局も警護を検討せざるを得なくなってしまった。

『良心研究所』及び推薦を受けた候補者達は、特別扱いをされる訳には行かないとそれを断った。

 人命に関わるような大事ではなかったが、実際に被害は各候補者の身に起こった。
 罵声で演説が続けられなくなるなどは当たり前で、丸めたティッシュやコンビニ弁当の空き容器を投げ付けられたり、中には、わざわざ卵を用意して来て、それを投げ付けて来る者さえ居た。

 その候補者は額に当って潰れ顔中に流れるヌルヌルした生卵を右手で拭い、笑顔を見せ、何事も無かったかのように演説を続けた。
 カップラーメンの容器が投げ付けられ、スープがスーツに掛かった。
「やめろ!」
 その時、声が飛んだ。
「なんだ? お前もこいつの仲間か?」
 ラーメンのカップを投げつけた若者は、注意をした男に挑むように言った。
 すると「お前が悪い。やり過ぎだ。やめろ!」
 別の男がそう注意する。
 「そうだ、やめろ、やめろ」
と他からも声が上がった。
「お前ら分かんねえのか? こいつら、なんかのカルト宗教の信者に決まってる。だから、修行と思って怒りもしないでいられるんだ。そう思わねえのか?」
「モノを投げるなんて最低だ。能書き言わず、やめれば良いんだよ」
 それに賛同する声がまた上がったので、モノを投げ付けた若者達は、形勢不利と見て、コソコソと去って行った。良心研究所を巡ってSNSは大荒れとなり、炎上と擁護が繰り返され、結果、良心研究所が推薦した十人の候補者のうち、三人か当選することとなった。
「この議員たちが、本当に良心に従って真摯な政治家となることを、私達は見守る必要が有ります」
選挙速報の放送を終えるに当って、キャスターは笑顔でそう締めくくった。
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