第4話
文字数 2,280文字
まずは話し合い。その言葉を、私は頭の中で反芻する。
私と望は夕方の電車の中、その先頭車両に二人で並んで座る。すべては彼女の提案だ。例え下校の時間でも、その車両ならば人目も少ないと。
そのメリットを最大限活かすかのように、彼女は私に密着してくる。猫のように頭を擦り付け、喉からごろごろという音が聞こえてきそうなほど甘えた声で。
「やまとー」
そう言って、満足げに肩へと寄り掛かってくる。嬉しくないわけじゃない。でも、違和感は拭えない。彼女と付き合っているという事実。そのリアリティは未だ私の中でふわふわと浮いたままになっている。
咲先輩の言葉を、もう一度思い出して。
私は勇気を出して言う。
「望は、どうして私を好きになったの?」
私は言う。それは、私史上最大の疑問だ。
私たちはどこにでもいる一般的な親友同士として今まで付き合ってきた。唯一他と違うところを上げるとするなら、人間的な部分が釣り合っていないところだけ。
つまりは、彼女は私なんかよりも遥かに美人だし、礼儀正しいし、賢い。彼女が私に惚れる要素なんて思いつかない。しかも、女の子同士だし。よっぽど特別な理由がないと、説明が付かない気がする。
「んー、何でだろうね。よくわかんない」
望は言う。私の考えを否定するかのように。
「それじゃあ、納得できないよ」
「人を好きになるときって、意外と何でもない瞬間だったりするんだよ。恋したことない大和にはわからないでしょうけどー」
煽るようにそう言われ、私もむすっとしてしまう。
「そんなこと言うなら、もう手繋いであげない」
「え? じょ、冗談だよ。大和は恋愛マスターだもんね。女の子の心なんて、ちょちょいのちょいだもんねー」
「それはそれで、なんかムカつく」
望は笑う。昔からよく見る、親友同士でふざけ合っているときの笑顔だ。この顔を見ると、どんなことでも打ち明けてしまいたくなる。
そして、形だけでも交際をしている彼女に対して、掛けるべき言葉ではないのかもしれないけれど。
私は車両扉の上にある映像広告を、内容も入ってこないのにぼうっと見ながら。彼女の隣で、ぼそりと言う。
「私もいつか、男の人とか、好きになったりするのかな」
親友としての望。恋人としての望。二つの認識は、常に私の中で争っている。今後の争いで、後者が勝てるのはいったい何度だろう。
「その相手が私なら、私は超幸せなんだけど」
その言葉に、私は焦る。
「ご、ごめん。でも、まだよくわかんなくて」
彼女のことは、嫌いなわけないけれど。恋心があるかと問われると、まだ素直にうなずけない。
私が酷いことを言ったのに、彼女はまったく怒ったりしない。また私に身を寄せながら、楽しそうに言う。
「言ったでしょ? 私を好きになるより、退屈な日常の過ごし方を知ってほしいって。私の胸、揉んでみてどうだった?」
その言葉で、手の中にあの感触が蘇る。弾力があって、少し汗ばんでいて。そういえば、あのとき初めて彼女の胸の形を知れたかもしれない。体つきはかなり華奢だと思っていたけれど、意外と着痩せするタイプなのだろう。なんというか、脂肪以外の何かが詰まっていた気がする。魔法のような何か。ワンダーランドにでも来たかのような。
馬鹿なことを考えているなと、我ながら思う。
「……やらかかった」
それだけ言う。望は嬉しそうに、私のブレザーを握りしめる。
「でしょ? 食事には結構気ぃ使ってるからね、私」
彼女が食べているお弁当のクオリティを見れば、かなり納得できる言葉だ。彼女の料理を毎日食べられれば、私の胸も健康なそれに成長してくれるだろうか。もしも彼女と結婚なんてしたら……。
なんてことを考え始めて、すぐにやめた。私はいつも変なことを考えてしまう。
望は、私の肩に頬擦りをする。
「えへへ」
口元を緩ませ、にへらと笑う。「すき」
彼女は、私にぞっこんになっている。十六年間何もせず、ただ息をするように生きていた、何もない私に。
「……」
複雑な気持ちになる。結局質問の答えは曖昧にされて、疑問は解消されないままだ。
どうして望は、私なんかに恋をしたのか。
女の子が好きなわけでもない。恋をしたこともない。自慢できるような特技も何もない。強いて言うなら、剣道だけは他の子たちよりもちょっとだけ上手かったけれど、それも高校に入ってから辞めてしまった。私が男でも女でも、私みたいな奴には絶対に惚れない。彼女を侮辱するわけじゃないけれど、事実として今の私に魅力があるとは思えない。
タイミングや、順番なのだと思う。私は運良く彼女の親友で、ちょっとした運命のイタズラに見舞われただけで。不幸なことでもないし、流れそのものも長くは続かない。いつしかこの運気は役目を終えて、世界のどこかの、それを本当に必要としている人の下へと渡っていく。
きっとそうなるはずだと、わかっている。だから私は、ほんの少しだけ、望の方に身を委ねてみる。
二人だけの時間は、電車の音に包まれ、眠気へと変わっていく。
「私と、付き合ってください」
――どうして、こうなるのだろう。
嘘だよね?
咲先輩。
部室に二人きりで、深いお辞儀までして。
今までずっと隠してました、みたいな固い決意の表情で。
もう、どうしたらいいかわからない。
今すぐここから逃げ出してしまいたい。
だから私は、彼女のおっぱいを見る。
たわわに実った、そのくそでかおっぱいを。
やはり、そこには魔力が宿っている。頭がぼーっとして、私を現実から消し去ってくれるかのような。
そんな気がする。
どうせ勘違いだろうけど。
私と望は夕方の電車の中、その先頭車両に二人で並んで座る。すべては彼女の提案だ。例え下校の時間でも、その車両ならば人目も少ないと。
そのメリットを最大限活かすかのように、彼女は私に密着してくる。猫のように頭を擦り付け、喉からごろごろという音が聞こえてきそうなほど甘えた声で。
「やまとー」
そう言って、満足げに肩へと寄り掛かってくる。嬉しくないわけじゃない。でも、違和感は拭えない。彼女と付き合っているという事実。そのリアリティは未だ私の中でふわふわと浮いたままになっている。
咲先輩の言葉を、もう一度思い出して。
私は勇気を出して言う。
「望は、どうして私を好きになったの?」
私は言う。それは、私史上最大の疑問だ。
私たちはどこにでもいる一般的な親友同士として今まで付き合ってきた。唯一他と違うところを上げるとするなら、人間的な部分が釣り合っていないところだけ。
つまりは、彼女は私なんかよりも遥かに美人だし、礼儀正しいし、賢い。彼女が私に惚れる要素なんて思いつかない。しかも、女の子同士だし。よっぽど特別な理由がないと、説明が付かない気がする。
「んー、何でだろうね。よくわかんない」
望は言う。私の考えを否定するかのように。
「それじゃあ、納得できないよ」
「人を好きになるときって、意外と何でもない瞬間だったりするんだよ。恋したことない大和にはわからないでしょうけどー」
煽るようにそう言われ、私もむすっとしてしまう。
「そんなこと言うなら、もう手繋いであげない」
「え? じょ、冗談だよ。大和は恋愛マスターだもんね。女の子の心なんて、ちょちょいのちょいだもんねー」
「それはそれで、なんかムカつく」
望は笑う。昔からよく見る、親友同士でふざけ合っているときの笑顔だ。この顔を見ると、どんなことでも打ち明けてしまいたくなる。
そして、形だけでも交際をしている彼女に対して、掛けるべき言葉ではないのかもしれないけれど。
私は車両扉の上にある映像広告を、内容も入ってこないのにぼうっと見ながら。彼女の隣で、ぼそりと言う。
「私もいつか、男の人とか、好きになったりするのかな」
親友としての望。恋人としての望。二つの認識は、常に私の中で争っている。今後の争いで、後者が勝てるのはいったい何度だろう。
「その相手が私なら、私は超幸せなんだけど」
その言葉に、私は焦る。
「ご、ごめん。でも、まだよくわかんなくて」
彼女のことは、嫌いなわけないけれど。恋心があるかと問われると、まだ素直にうなずけない。
私が酷いことを言ったのに、彼女はまったく怒ったりしない。また私に身を寄せながら、楽しそうに言う。
「言ったでしょ? 私を好きになるより、退屈な日常の過ごし方を知ってほしいって。私の胸、揉んでみてどうだった?」
その言葉で、手の中にあの感触が蘇る。弾力があって、少し汗ばんでいて。そういえば、あのとき初めて彼女の胸の形を知れたかもしれない。体つきはかなり華奢だと思っていたけれど、意外と着痩せするタイプなのだろう。なんというか、脂肪以外の何かが詰まっていた気がする。魔法のような何か。ワンダーランドにでも来たかのような。
馬鹿なことを考えているなと、我ながら思う。
「……やらかかった」
それだけ言う。望は嬉しそうに、私のブレザーを握りしめる。
「でしょ? 食事には結構気ぃ使ってるからね、私」
彼女が食べているお弁当のクオリティを見れば、かなり納得できる言葉だ。彼女の料理を毎日食べられれば、私の胸も健康なそれに成長してくれるだろうか。もしも彼女と結婚なんてしたら……。
なんてことを考え始めて、すぐにやめた。私はいつも変なことを考えてしまう。
望は、私の肩に頬擦りをする。
「えへへ」
口元を緩ませ、にへらと笑う。「すき」
彼女は、私にぞっこんになっている。十六年間何もせず、ただ息をするように生きていた、何もない私に。
「……」
複雑な気持ちになる。結局質問の答えは曖昧にされて、疑問は解消されないままだ。
どうして望は、私なんかに恋をしたのか。
女の子が好きなわけでもない。恋をしたこともない。自慢できるような特技も何もない。強いて言うなら、剣道だけは他の子たちよりもちょっとだけ上手かったけれど、それも高校に入ってから辞めてしまった。私が男でも女でも、私みたいな奴には絶対に惚れない。彼女を侮辱するわけじゃないけれど、事実として今の私に魅力があるとは思えない。
タイミングや、順番なのだと思う。私は運良く彼女の親友で、ちょっとした運命のイタズラに見舞われただけで。不幸なことでもないし、流れそのものも長くは続かない。いつしかこの運気は役目を終えて、世界のどこかの、それを本当に必要としている人の下へと渡っていく。
きっとそうなるはずだと、わかっている。だから私は、ほんの少しだけ、望の方に身を委ねてみる。
二人だけの時間は、電車の音に包まれ、眠気へと変わっていく。
「私と、付き合ってください」
――どうして、こうなるのだろう。
嘘だよね?
咲先輩。
部室に二人きりで、深いお辞儀までして。
今までずっと隠してました、みたいな固い決意の表情で。
もう、どうしたらいいかわからない。
今すぐここから逃げ出してしまいたい。
だから私は、彼女のおっぱいを見る。
たわわに実った、そのくそでかおっぱいを。
やはり、そこには魔力が宿っている。頭がぼーっとして、私を現実から消し去ってくれるかのような。
そんな気がする。
どうせ勘違いだろうけど。