第6話

文字数 2,143文字

 テスト二日前の土曜日、小夜先輩の号令で、私たちは午前十時に駅へと呼び出された。私と、望と、咲先輩。テスト前のこんな時期によく集まってくれたと思う。私はまあ、無難な点数を取れる準備はできているし、小夜先輩に相談した張本人だし。咲先輩も、例の如く学年一位は余裕だろうし。望のことは、少し心配だった。彼女は奨学金を使ってこの高校に入っている。今回のテストで優秀な成績を残せば、返済不要の奨学金が更に手に入ることも知っている。
 しかし、今回の招集に他の女の子も来るのだと知ったとき、彼女は血相を変えて参加を表明した。浮気なんてするつもりはない。ただ誰も傷付かない方法を探したいだけだ。彼女には悪い点数を取ってほしくなかったのに……。
 私が望と駅まで行って、既に併設のコンビニ前に待機していた咲先輩とはち会ったとき、冷や汗が止まらなかった。その時点までは、二人は普通だった。互いに自己紹介をして、他愛もない雑談を交わして。私自身も二人の素敵な私服に見惚れるくらいにはまだ余裕があった。
 しかし、最後に集合場所へと来た小夜先輩の言葉で、状況は一変する。
「おお、君が橋田の彼女か。噂通り可愛いな」
 開口一番、小夜先輩は望に向かって言った。
 私の呼吸は止まる。
「そして、君が橋田に告白したという、湯桃咲だな。凄い髪色だな。自由な校風とはいえ、受験に響くんじゃないか? まあ同学年だし、これからお互いよろしくな」
「え? え? 彼女? どういうこと?」
 咲先輩は顔を引きつらせている。
 そして、真横から感じる痛い視線。
 望は、私と咲先輩を同時に睨んでいる。
「告白って、どういうこと?」
 その瞬間、始まってしまった。二人の熾烈な争いが。
 小夜先輩は、いったいどういうつもりなのだろう。
「何はともあれ、今日は楽しもうじゃないか。行くぞ、新天地へ!」
 私の心配なんておかまいなしに、小夜先輩は元気に歩き出す。彼女の服装はまるで子どものようなそれだ。Tシャツに短パンで、おしゃれの欠片も見えない。今やその雰囲気すら、高潔に見えた第一印象とは大違いだ。
 先頭を行く小夜先輩に、睨み合う二人。私は列の一番後ろでこじんまりとして、何も言えないでいる。
 小夜先輩の為すがまま電車に乗り、私たちはそこに辿り着いた。


 イズニーランド。全世界各国にある、日本の中でも有数の巨大テーマパーク。
 その背の高い門の前、広いレンガの道の上で、私たちは横並びになる。
 咲先輩は金色の巻髪を弄りながら、第一に言う。
「ここ、入園料すごく高くなかったっけ?」
 ここ最近の不況、物価上昇のせいで、今やワンデイチケットですら一万円近い。いつかの夜ご飯のとき、そんなニュースをテレビで見た記憶がある。
 しかし私の隣で、ふふん、と小夜先輩は鼻を鳴らす。
「心配するな。見なさい、ここにペアチケットが二つ」
 小さな手提げバッグから、某カードゲームアニメの主人公のように二枚の封筒をドローする彼女。挟まる指に隠れたその文字は、確かにその旨を伝えている。
 変な遊びをするわけではないのだと知れて、少し安心した。しかし、ひとつの大きな部活を率いるほど優秀な先輩とはいえ、ここまで用意が良いとは。まるで以前から誘う人間を探していたかのようだ。
「じゃあ私、やまとと先入っちゃいますねー」
 望はそう言い、私の腕を抱き着くように取ってくる。咲先輩の顔は引きつり、私の心臓は止まりかける。望の顔は笑っているけれど、内心を表しているわけではない。その笑っていない目からよくわかる。
 しかし、小夜先輩は私の手を取る。望の放つ負のオーラなんて、まったく気にせずに。
「いや、彼女は私と入る。いくぞ、橋田!」
「え?」
 一枚の封筒を持つ小夜先輩に、私は手を引かれる。
 望の腕は、私から離れて行く。
「ちょ、ちょっと!」
 彼女は手を伸ばして叫ぶけれど、小夜先輩の歩みは止まらない。あまりの強引さに私は足がもつれてしまい、転ばないように必死だった。
 チケットの受付窓口に来たとき、私はようやく彼女に言った。
「ど、どういうつもりなんですか? あれじゃ、ふたり喧嘩しちゃいますよ!」
「いいんだ。させておけば」
 透明なガラスの向こうにいるお姉さんにチケットを渡しながら、彼女は言う。言葉の意味を聞き返す前に、さらに言う。
「あの二人だって、もう子どもじゃないだろう。ある程度は自分たちで解決させるべきだ。大事なのは話し合いだからな。私は、その手助けをしてやるだけ」
 リストバンド型の入園証をふたつもらい、彼女はひとつを私の手首に巻いてくれる。
 話し合い。そういえば、咲先輩も同じことを言っていたような。すごい人って、みんな同じ結論に辿り着くんだろうか。
「ほら、早く行くぞ!」
 後ろの二人がついてくるのを待たず、小夜先輩は持ち物検査を済ませゲートを潜る。その姿は楽しそうで、何だか自信に満ち溢れている。
 彼女がそこまで言うのなら、大丈夫なのかもしれない。
 実績があるから、という理由だけではない。そう思わせる力がどこか、彼女の雰囲気にはある。
 不思議と笑顔になった。私自身、緊張が解けた気がする。きっとすべて上手くいく。この三人の中に、悪い人間なんて一人もいないのだから。


――そう思っていたけれど。
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