第10話

文字数 1,581文字

その中を、白鳥たちが幾重にも、さざ波を立てて泳いでいた。
ダリウスは、リセの手を強引に引っ張ったまま、貸しボートハウスに向かっていた。
え・・え・・えっ・・
私はボートなんて漕いだことがない・・
リセは焦って、身をそらすようにブレーキを試みたが、無駄だった。

「ダリウス様・・私はボート、漕いだことはありませんっ・・」
リセの努力もむなしく、ダリウスに再度、引っ張られてしまった。
「バカ・・お前には頼まない。俺がやるから安心しろ」

ダリウスはリセの手を離すと、店の親父に金を払い、先にボートに乗り込んでしまった。
「早く来い!」
桟橋で立ちすくんでいるリセに向かって、ダリウスは大きな声で呼んだ。

護衛は・・いかなるときも、主人の側に控えていなければならない。
拒否権はない。
リセは・・・そろそろとボートの縁に足をかけた。

チャプン・・
揺れるのと同時に、水音が響く。
リセは、生まれてからこの方、ボートなんか乗ったことがない。

「俺の手をつかめ」
ダリウスの命令が下ったので、リセはおずおずと自分の手を差し出した。
ボートは揺れたが、リセは何とか座る事ができた。

ダリウスはゆっくりとオールを操作して、漕ぎ始めた。
ボートが滑るように進んでいく。

リセは揺れるのが怖くて、身を固くしてボートの縁を握りしめていた。
魔女は・・泳いだ事がなかったのだ。
水の中で魔力をどの程度、使うことができるのだろうか・・リセは考えを巡らしていた。

「リセ・・突き落としたりしないから、安心しろ」
ダリウスがからかうように声をかけた。
「はい・・」

水面がキラキラ揺れて光る。
風が吹くと、その痕跡は幾重にも波紋を描き、消えていく。

ようやくリセにも余裕が出て、正面のダリウスを見る事ができた。
サングラスの彼は・・なぜか楽しそうに見えた。
湖の中央まで来ると、ダリウスはオールを動かす手を止めた。

湖の中央は・・静かだった。
「リセ・・俺の事をどのくらい知っているのだ?」
ダリウスが問いかけた。
サングラスで、視線の動きがわからない。

リセは、ダリウスを見つめた。
「引き継ぎ書には、いろいろ書かれていましたが・・そうでない所もわかりました」
「そうでないとは・・?」

ダリウスのサングラスは、彼の表情を読めなくさせている。
リセはダリウスの口元に注目した。

「ダリウス様は読書家で、とても勉強をなさっています。」
「その根拠は?」
ダリウスは口角を上げた。

「ベッドの下に、本が山ほど積んでありました
バーナムの魔術書は高等魔術の本ですし、哲学や幾何学も多いように見えました」

「なるほど、それでいつ、そのことを知った?」
リセは少し口ごもったが

「ダリウス様のベッドで休ませていただいた時・・ベッド脇で靴を取った時に本が見えました」
ダリウスは、微かにうなずいたようだ。

「他には?」
ダリウスも、口頭試問する面接官のように聞いてくる。

「ナイフを常に3本は所持されています。
ダリウス様は攻撃・接近戦に強いタイプとお見受けいたします」

足首、腰のベルト、もう1本は胸か背中あたりに・・
それ以外にも催涙スプレーとか、スタンガンとか、いろいろあるかもしれない
ただ・・本当は寂しい人なのかも・・・

時折よぎる虚無感、笑っていても、心から楽しんでいるようには見えない。
リセは、それを言うかどうか迷ったが、口を閉じた。

「お前はシナモンクッキーが好き、水が怖い・・そうだろう」
ダリウスは、楽し気に言った。
「はい、そうです・・」
やっぱりばれていたか・・リセは少し頬が赤くなった。

ああ、でも彼は・・
初日のように、お持ち帰り美女とのディープキスをする人なのだから。

「さて、戻るか・・」
ダリウスはそう言うと、片手でゆっくりオールを漕ぎ、方向転換を始めた。
ボートを降りる時も、ダリウスは先に降りて、揺れるのが怖いリセに手を差し伸べてくれた。

リセは思いついた。
これって・・デートというものではないか?


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