第14話

文字数 1,869文字

薬草の分量を間違えた時、罰として、祖母はリセを地下室に閉じ込めた。
それだけではない、魔法で大蛇やオオカミ、ドラゴンなどの幻影をリセに見せて脅したのだ。

「地下室には、毒蛇のアルコール漬けとか、たくさんの動物の死体が入った瓶がならんでいて、
そこにはスズメバチの巣もあって・・死ぬほど怖くて・・」
リセは大きく深呼吸して、首を横に振った。

もう、それは過去の事で・・だが、思い出すと、呼吸が苦しく冷や汗が出る。

「すみません。ご迷惑をおかけしました」
リセはハンカチで口を覆いながら、再度頭を下げた。
口を覆っていないと、色々な感情が飛び出て、収集がつかなくなりそうだったからだ。

「もう帰る時間か・・」
そう言って、ダリウスは腕時計を確認し、立ち上がったので、リセもつられて立ち上がった。
が、足首に激痛が走った。
「いた・・っ」
そのままベンチに座り込み、かかとを押さえた。
「どうした?」

不審な顔をして、ダリウスが顔をしかめているリセを見た。

「あの、靴づれなのです。いつも履いているのが、朝、気がついたら壊れてしまっていて・・」
リセは、すぐにポケットから絆創膏を数枚取り出した。
「すみません。絆創膏をはる時間だけ・・お願いします」

後ろを向いてくれないかな・・赤い靴が見えてしまうし・・
リセは慌てて赤い靴と靴下を脱いで、素足をだした。

「どれ、見せてみろ」
ダリウスが目前で片膝をついたので、リセはぎょっとして、思わず身を縮めた。
王族がひざまずくなんて、ありえないでしょ!!

「大丈夫です!!自分でできます!!」
そのまま、ずりずりとお尻をずらしてベンチの端っこまで、何とか移動した。

ダリウスはリセの隣に座ると、かがんで、赤い靴を指でひっかけて持ち上げた。
「ふーーん、こういうのが魔女の趣味か?」
ダリウスは立ち上がると、遊歩道の先を眺めた。
「駐車場までは、少しあるな。それでは・・」
ダリウスが、いきなりリセの前に背を向けてしゃがんだ。

「おぶされ!」
「いえっ・・そんなことは・・」
リセの記憶が、すかさず逆回転する。
そうだ・・この人は私の事を重いって、言ったのだ。

もぞもぞしているリセに、ダリウスは振り向き断言した。
「俺はこの後、会食の約束がある。
おまえがモタモタ歩いていたら、渋滞にまきこまれて、遅刻をするだろう?
次に、お前のその足で、ブレーキとアクセル操作がうまくできなかったら、どうなる?
俺を危険にさらす気か?」

護衛は、主人の命令に原則従う。
リセはダリウスの首元に手をまわした。

「すみません・・」
それしか言葉がでない・・リセの顔が真っ赤だ。
「よっと・・!」
ダリウスはリセをおぶって、湖畔の遊歩道を歩き出した。

陽が傾き、湖面に夕日が乱反射している。
遊歩道にはほとんど人気がなく、遠くで犬の散歩をしている人が、木々の間から見えるくらいだ。

リセはダリウスの背中で緊張して、固まっていたのだが
「もっと体重をこちらに預けてくれないと、重いぞ」
と、言われたので、リセは、大木にしがみつくセミのような格好になった。

頬に、銀灰の波がかった髪が触れてくすぐったい。
それと、シトラスとスパイシーな葉巻の香りがする。

この黄金の瞳を持つ騎士なら、大蛇も凶悪なドラゴンも、一刀両断で成敗するのだろう。
美しい姫君を助けるために・・姫君は・・私ではないけど

そう・・護衛の仕事は・・守られる事ではないのだ。

ワン!!ワンワン・・
駐車場の方から、犬の吠え声が響いたので、リセは現実に戻った。

「ダリウス様、もう近いので大丈夫です。おろしてください!!」
ダリウスは無言で立ち止まり、リセを抱えている手をゆるめたので、リセはストンと滑り落ちた。
「車の鍵は?よこせ」

ダリウスはいつもの調子で、右手を差し出したのでリセはポケットから鍵を出し渡した。
ハザードが点滅して、ロック解除される。
「お前は助手席に乗れ」
そう言って、リセに助手席に乗るように、ドアを開けてくれた。

車の中、リセはハンカチを握りしめてうつむいていた。
軽快なジャズの音色、ダリウスの機嫌は悪くない・・と思うが、リセは自分の足元の赤い靴を見つめていた。
この人がかわいい・・って言ったのだ。
確かにこの赤い靴はかわいい・・と思う。

ホテルの駐車場に着くと、リセはすぐに車から降りて、ダリウスに深々と頭を下げた。
「本日はご迷惑をかけて、申し訳ございません」

ダリウスはサングラスをはずして、リセの耳元でささやいた。
「明日もちゃんと来るんだぞ」
その言葉は、学校に行くのをいやがっている子どもにかけるようだ。

ダリウスは身を翻して、エレベーターホールに向かって行った。
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