第7話

文字数 1,184文字

 田園風景の続く車窓は、二人の行く末を暗示しているかのように、鬱然とした空気を漂わせていた。
 やりきれない思いが胸の大部分を占めると、今度は涙で目が滲む。花子の前では涙を見せないと誓って臨んだのだが、溢れる想いを抑えることなど、できそうもなかった。

 花子に気付かれないよう、通路を向いて目頭を押さえる。
 やがてすすり泣く声が漏れ聞こえてくると、我慢できずにハンカチで顔を覆った。
 車窓からは寒村の町並みが、降り続く雪の中に溶け込んでいった……。

 アナウンスが流れ、はやぶさは新青森駅に入っていく。

 荷物を持ちながらホームへと降り立つと、吐く息も凍りそうな冷たい風が、コートの上からも容赦なく吹きつけてきた。
 振り返ると、二人のいなくなった新幹線は、何事もなかったかのように発車し、次第に小さくなっていく。
 このまま青函トンネルを抜けて新函館まで走っていくのだろう。
 太郎は感傷にふける間もなく、重い足を前に引きずった。

 二人は新青森の改札を抜けた。
 目の前は一面の銀世界。降り続ける粉雪は、次第に勢いを増しているようであった。
 これでいよいよお別れである。涙はすでに枯れ果てていた。降り積もる季節外れの大雪は太郎の心をより一層、深海の底へと沈み込ませている。

 太郎は荷物を抱えながらタクシー乗り場まで花子を送ると、彼女は振り向きもせずに無言のままタクシーに乗り込んだ。その肩は震えていたように映る。涙を流しているのだとすぐに判った。きっと泣き顔を見せたくなくて、さよならを言わなかったのだろう。

 花子を乗せたタクシーが消え、太郎は白く重い息を吐いた。
 駅舎を振り返った太郎は、自分に問いかけずにはいられない。

「本当にこれで良かったのだろうか?」 

 答えの出ぬまま、ひとりぼっちで帰りの新幹線に乗るために、切符を探ろうと胸ポケットに手を入れる。
 背筋が凍った。切符が無いのだ。
 ヤバい、次の列車に乗らなければ今日中には戻れない。
 鞄や身体中をくまなく探すが、どうしても見つからない。確かに胸ポケットに入れたはずなのに。
 まさか二枚同時に改札口に入れたのだろうか? しかし、ちゃんと確認したはずだし、自動改札には二枚同時に入らない構造なので、間違うわけがなかった。

 途方に暮れる太郎は、仕方が無く新たに切符を購入することにし、財布を開きながら窓口へと足を運んだ。
 僅かばかりの金額を惜しんだために大損をする。まさに踏んだり蹴ったり、泣きっ面に蜂だった。

 それは窓口の係員に事情を説明しようとしていた時だった。駅の構内スピーカーから、イルカの唄うなごり雪が聞こえてきた。花子の大好きな歌だった。
 ふと立ち止まり、聞き入っているうちに目頭が熱くなってきた。いつの間にか涙で溢れ、花子との想い出が次々と頭を巡る。

 太郎は確信した。自分にとって一番大事なものが、一体何であるかを。
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