第四話 地水火風の精霊たち
文字数 2,446文字
見守っていた五人に向かって火龍が大きく口を開けた。
三タルザン(約四.五メートル)は離れているにもかかわらず、頬に熱を感じる。
咄嗟 にウエンが半歩前に出て身構えた。
「安心して下され。何もしたりはせぬ。ましてや水 の魔導士殿に向かってなど」
ディカーンがこちらへ近づいてくる。
「老師が仰っていた通り、普段の半分も力が出せぬ」
「なかなか見事な火龍ですぞ」
「戦場であれば、この壁を超えるものさえ操ることが出来るものを」
そう言うと魔力を収めた。
「では――」
「僕がやります」
彼にとってはメイガーン・ル・メイガーンの称号よりも、好奇心を満たすことの方が勝っているようだ。
エクスが小走りに闘技場の中央へと向かう。
「いつでもよいぞ」
「はい」
両掌を天に高く掲げ、朗らかな声で詠唱を始める。
「空高く舞い、永遠 の響きを奏でろ!
シルフ!」
何も変化が起こらない。
と、高い壁に囲まれ風もほとんどない中で空気の流れを感じた。
うねりは徐々に強く、大きくなっていく。
いつしか中央には二タルザンほどの高さを持つ竜巻が唸りを上げていた。
風切り音を奏でながら、生あるもののように揺らめいている。
「どうじゃ、エクス」
「はい、楽しいです。いつもよりも風を集めるのに時間は掛かったけれど、魔道杖がない分、自分の持っている力を感じられて面白い。もっともっと、他の技も試してみたいな」
「お主だけの時ではない。もう収めなさい」
苦笑するブリディフに、渋々といった体で従った。
「次はわたくしが試させて頂きます」
アーサに会釈をして、引き上げてくるエクスと入れ違いにウエンが進み出た。
中央に立ち、見守る者たちの方へ振り返ると、しなやかな動きで両手を前方へ水平に差し出す。
「流転なす生命の源流に我を導け!
オンディーヌ!」
詠唱と共に右手を頭上に上げる。
すると、床に敷き詰められた黒曜石の隙間から水が噴き上がった。
さらに左手で円を描くと、水が束となり水柱となる。
彼女の左手に合わせ、細く高く、あるいは渦を巻くような動きを見せた。
「反応は悪くありませんね」
満足そうな表情で収める。
「あの水は飲めるのかな」
相変わらず、エクスは少し違う観点で眺めていた。
「では、最後にアーサ」
「はい」
静かに応え、ゆっくりと歩いて行った。
立ち止まると、見えない者と対峙しているかのように半身に構える。
集中をしているのか、目を閉じたまま動かない。
静かな張り詰めた空気が満ちていく。
やおら目を開き、詠唱を始める。
「母なる大地を揺るがえし砂塵に化せ!
グノーム!」
「うわぁっ」
エクスが声をあげる。
地鳴りと共に闘技場が揺れ始めた。
立っているのもやっとな程だ。
アーサが構えを解くと、何事もなかったかのように静かな闘技場へと戻った。
「揺れる大地の上に立つなんて、初めてです」
戻ってきた彼に、興奮気味のエクスが声を掛ける。
「遥か東方にあるユナジーシャという地方では、大地が揺れる地震 という現象が自然に起きることもあるらしいよ」
「へぇ、そうなんですか。さすが、司書をされているだけあって色々なことを知っているんですね。僕なんか、まだまだ知らないことばかりだなぁ」
「どうだったかな、試しは」
「ありがとうございました。大変参考になりました」
ディカーンはブリディフに頭を下げる。
「とても良い経験をさせて頂きました」
アーサの満足げな言葉に続き、ウエンも深くお辞儀をした。
「それでは、戻るとしよう」
「おわぁっ!」
闘技場から廊下へ入った途端、先頭を歩いていたブリディフが大きな声を出した。
「いかがなされた!」
「どうしましたか?」
後に続いていた者たちが驚いて声を掛ける。
「い、いや、大したことではないのじゃ」
そう言いながら立ち止まっている視線の先には、一匹の蠍 がいた。
「これですな」
ディカーンが腰帯の鞘から短剣を取り出し、蠍の背中へ突き立てた。
「ブリディフ様にも苦手なものがあるんですね」
エクスは何やらうれしそうだ。
「山育ちじゃから動物には慣れ親しんでおるのだが、どうも足の数が多いものは苦手でな」
「虫もお嫌いですか」
ウェンの問いかけにも黙って顔をしかめる。
そのまま先に部屋へ戻ったブリディフを除き、いったん食堂に集まってクウアから部屋割りの話を聞いた。
「みなさまには二階の四部屋をお使いいただきます」
「ならば、奥の部屋をウエン殿にお使い頂こう。女人の部屋の前を男どもが通るのでは気を遣うであろうからな」
「お心配り、ありがとうございます。ディカーン様」
「階段を上って手前から、ディカーン殿、私、エクスでよろしいのでは」
「異存ない。ではいったん休ませてもらおう」
「ブリディフ様は一階奥のお部屋となっています。お食事はこのホールで。何かありましたら、お部屋にある伝声管でお声掛け頂ければ」
「その荷物、お持ちしよう」
「よろしいんですか。では、お言葉に甘えさせて頂きます」
ディカーンとウエンが先に二階へ上がる。
エクスはアーサを捕まえて、以前に起きたという魔道の暴走事故について話を聞いた。
*
その昔、メイガーン・ル・メイガーンを決める闘技は、王都モスタディアで行われていた。
そして二十四年前、その事故は起きる。
過ぎた緊張が巻き起こしたのか、ある魔導士の唱えた魔道が暴走したのだ。
それは観客だけでなく周辺にも被害を与え、多くの命が失われた。
この事故を機に、王都から遠く離れた砂漠の地、ナディージャに魔闘技場が建てられた。
住む人もなく、商隊路からも離れていたことが大きな理由である。
*
「確か、この場所に魔闘技場が移って最初のメイガーン・ル・メイガーンがブリディフ様だよ」
「そんなことがあったんですね。ところで、その事故を起こした魔導士の属性って知っていますか」
「あぁ。風 の魔導士だと聞いている」
「えっ、そうなんですか」
「君が気にすることはない。さぁ、私たちも休むとしよう」
エクスの肩を叩いて階段を上っていった。
三タルザン(約四.五メートル)は離れているにもかかわらず、頬に熱を感じる。
「安心して下され。何もしたりはせぬ。ましてや
ディカーンがこちらへ近づいてくる。
「老師が仰っていた通り、普段の半分も力が出せぬ」
「なかなか見事な火龍ですぞ」
「戦場であれば、この壁を超えるものさえ操ることが出来るものを」
そう言うと魔力を収めた。
「では――」
「僕がやります」
彼にとってはメイガーン・ル・メイガーンの称号よりも、好奇心を満たすことの方が勝っているようだ。
エクスが小走りに闘技場の中央へと向かう。
「いつでもよいぞ」
「はい」
両掌を天に高く掲げ、朗らかな声で詠唱を始める。
「空高く舞い、
シルフ!」
何も変化が起こらない。
と、高い壁に囲まれ風もほとんどない中で空気の流れを感じた。
うねりは徐々に強く、大きくなっていく。
いつしか中央には二タルザンほどの高さを持つ竜巻が唸りを上げていた。
風切り音を奏でながら、生あるもののように揺らめいている。
「どうじゃ、エクス」
「はい、楽しいです。いつもよりも風を集めるのに時間は掛かったけれど、魔道杖がない分、自分の持っている力を感じられて面白い。もっともっと、他の技も試してみたいな」
「お主だけの時ではない。もう収めなさい」
苦笑するブリディフに、渋々といった体で従った。
「次はわたくしが試させて頂きます」
アーサに会釈をして、引き上げてくるエクスと入れ違いにウエンが進み出た。
中央に立ち、見守る者たちの方へ振り返ると、しなやかな動きで両手を前方へ水平に差し出す。
「流転なす生命の源流に我を導け!
オンディーヌ!」
詠唱と共に右手を頭上に上げる。
すると、床に敷き詰められた黒曜石の隙間から水が噴き上がった。
さらに左手で円を描くと、水が束となり水柱となる。
彼女の左手に合わせ、細く高く、あるいは渦を巻くような動きを見せた。
「反応は悪くありませんね」
満足そうな表情で収める。
「あの水は飲めるのかな」
相変わらず、エクスは少し違う観点で眺めていた。
「では、最後にアーサ」
「はい」
静かに応え、ゆっくりと歩いて行った。
立ち止まると、見えない者と対峙しているかのように半身に構える。
集中をしているのか、目を閉じたまま動かない。
静かな張り詰めた空気が満ちていく。
やおら目を開き、詠唱を始める。
「母なる大地を揺るがえし砂塵に化せ!
グノーム!」
「うわぁっ」
エクスが声をあげる。
地鳴りと共に闘技場が揺れ始めた。
立っているのもやっとな程だ。
アーサが構えを解くと、何事もなかったかのように静かな闘技場へと戻った。
「揺れる大地の上に立つなんて、初めてです」
戻ってきた彼に、興奮気味のエクスが声を掛ける。
「遥か東方にあるユナジーシャという地方では、大地が揺れる
「へぇ、そうなんですか。さすが、司書をされているだけあって色々なことを知っているんですね。僕なんか、まだまだ知らないことばかりだなぁ」
「どうだったかな、試しは」
「ありがとうございました。大変参考になりました」
ディカーンはブリディフに頭を下げる。
「とても良い経験をさせて頂きました」
アーサの満足げな言葉に続き、ウエンも深くお辞儀をした。
「それでは、戻るとしよう」
「おわぁっ!」
闘技場から廊下へ入った途端、先頭を歩いていたブリディフが大きな声を出した。
「いかがなされた!」
「どうしましたか?」
後に続いていた者たちが驚いて声を掛ける。
「い、いや、大したことではないのじゃ」
そう言いながら立ち止まっている視線の先には、一匹の
「これですな」
ディカーンが腰帯の鞘から短剣を取り出し、蠍の背中へ突き立てた。
「ブリディフ様にも苦手なものがあるんですね」
エクスは何やらうれしそうだ。
「山育ちじゃから動物には慣れ親しんでおるのだが、どうも足の数が多いものは苦手でな」
「虫もお嫌いですか」
ウェンの問いかけにも黙って顔をしかめる。
そのまま先に部屋へ戻ったブリディフを除き、いったん食堂に集まってクウアから部屋割りの話を聞いた。
「みなさまには二階の四部屋をお使いいただきます」
「ならば、奥の部屋をウエン殿にお使い頂こう。女人の部屋の前を男どもが通るのでは気を遣うであろうからな」
「お心配り、ありがとうございます。ディカーン様」
「階段を上って手前から、ディカーン殿、私、エクスでよろしいのでは」
「異存ない。ではいったん休ませてもらおう」
「ブリディフ様は一階奥のお部屋となっています。お食事はこのホールで。何かありましたら、お部屋にある伝声管でお声掛け頂ければ」
「その荷物、お持ちしよう」
「よろしいんですか。では、お言葉に甘えさせて頂きます」
ディカーンとウエンが先に二階へ上がる。
エクスはアーサを捕まえて、以前に起きたという魔道の暴走事故について話を聞いた。
*
その昔、メイガーン・ル・メイガーンを決める闘技は、王都モスタディアで行われていた。
そして二十四年前、その事故は起きる。
過ぎた緊張が巻き起こしたのか、ある魔導士の唱えた魔道が暴走したのだ。
それは観客だけでなく周辺にも被害を与え、多くの命が失われた。
この事故を機に、王都から遠く離れた砂漠の地、ナディージャに魔闘技場が建てられた。
住む人もなく、商隊路からも離れていたことが大きな理由である。
*
「確か、この場所に魔闘技場が移って最初のメイガーン・ル・メイガーンがブリディフ様だよ」
「そんなことがあったんですね。ところで、その事故を起こした魔導士の属性って知っていますか」
「あぁ。
「えっ、そうなんですか」
「君が気にすることはない。さぁ、私たちも休むとしよう」
エクスの肩を叩いて階段を上っていった。