第三話 魔闘技場の試技

文字数 2,317文字

 陽の傾きも進んだとはいえ、熱波が収まるには程遠い。
 陽射しを避けて玄関ホール(アボード)で外を伺っていたクウアが戻ってきた。

「お見えになったようです」

 彼女の案内で食堂へ現れた(ナァフ)の魔導士もまた、女性であった。
 布帽子(ティスポ)からは編み上げた白金色の髪がのぞいている。
 相応の(よわい)を重ねていながら、七分丈の広袖服が柔らかな女性特有の曲線を強調し、その佇まいは妖艶ささえ感じさせた。
 すぐにディカーンが立ち上がった。

「お待ちしていた。私は(ラィヤ)の魔導士、ディカーンと申す。お見知りおきを」

 差し出された右手を取らずに、丁寧なおじぎで返す。

「みなさまをお待たせしてしまい、申し訳ありません。後宮で女官を務めておりますウエンディエスと申します。みなからはウエンと呼ばれております」

 各々の紹介が済み、ウエンが一息ついたところでブリディフが腰を上げる。

「みなが揃ったところで、明日の話をしておこう」

 五人の視線が老師へと集まった。

「魔道には相性があるのは知っての通りじゃ。魔導士同士が戦うのでは得手・不得手により公平さを欠いてしまう。それを防ぐために個々が魔道を披露しあい、儂が優劣を決める」
「そうなんだ」

 エクスの声に、ディカーンはあきれた表情を浮かべる。

「主観が入るのは止むを得ないことと心得よ。ただし、儂が見たこと、思ったことは思念波として王宮へ送られ、

で映像化される」
「王宮では、みなが楽しみにしておりました」

 そう微笑むウエンへ苦笑いを見せた。

「簡単に言うてくれるな。思念波を送るのもこの老体にはいささか難儀なことなのじゃよ」

 ウエンは軽く頭を下げる。

「……あのぉ……古代の遺産、って……」

 申し訳なさそうにエクスが尋ねた。

「竜頭の旅(守護者)人が遺していったと言われておる機械じゃよ」
「えっ!? あの『始まりの詩』の……」
「王家に代々継がれてきたものじゃが、どのように使うのかが今では分からなくなっておる」

 ブリディフの言葉をウェンが引き継ぐ。

「訓練を受けた魔導士ならば思念波を送ることが出来ます。その思念波を古代の遺産は絵のように映し出すことが出来るのよ」
「受けることが出来るならば、送ることも出来るはずだと研究を進めているようじゃが、まだまだ難しいらしい」
「我が軍も、そうして各地の情報を王都にいながら得ているのだ」

 ディカーンが口を挟んだ。

「この度の魔闘技は、王宮に仕える者たちにもお見せいただけることになっているのですよ」
「つまり、儂の判断が多くの目に晒されることで公平性を保とう、という王の意図じゃな」

 エクスは感心しながら話を聞いていた。

「それと魔道杖の使用もできない」
「えぇっ、そうなんですか」
「貴様は本当に何も知らぬのだな」
「だから今こうして知識を得ているんです」

 エクスとディカーンのやり取りを、ウエンは笑い、アーサはなだめた。

「エクス、お主はここへ来て何か感じたことはないか」
「あ、いや、何か体が軽いというか、力が入らないというか、何だろ」

 その答えを聞いて、ブリディフは何度かゆっくりとうなづく。

「儂もここに来てから、どうも調子が悪い。他の者も感じておるやもしれぬが、ここは魔力を吸収するように加工された黒曜石で造られておる」

「魔道の暴走化への対策でしょうか」
「いかにも。アーサの言う通りじゃ。あの事故を踏まえて、王都から離れた何もないこの地に魔闘技場(これ)を作ったのじゃよ」
「事故って?」
「君が生まれる前のことだ。知らなくても無理はない。あとで教えてあげるよ」

 アーサから掛けられた言葉にエクスも口を閉じる。

「同じ理由で、魔力を増幅させる魔道杖も使わぬこととなった。杖の助けを借りず純粋に己の持つ魔力で勝負するということになる」

 ここまで話をするとブリディフは四人の魔導士を見回した。

「さて、陽が沈むまでにはまだ時もある。どうじゃ、闘技場にて試しをしてみるか」
「よろしいのですか」
「誰かを特別に、と言うことでなければ構わんだろう」

 心配そうなクウアへ鷹揚に応える。

「ぜひとも、お願いしたい」

 ディカーンの言葉に異を唱える者はいなかった。

「それでは、こちらへ」

 クウアが食堂を出て案内に立つ。


 廊下を右に折れると闘技場への扉があった。

「おぉ、流石に()なる空間だな」

 入るや否や、ディカーンがつぶやく。
 およそ十タルザン(約十五メートル)四方ある広場の廻りを、四タルザン(約六メートル)ほどの高さで壁が囲んでいる。
 床も含めて視界に入るもの全てが黒曜石で造られていた。

「何やら、力が吸い取られていくような気さえ起きまする」
「自分をしっかり保たねば」

 ウエンたちが話す横で、エクスだけは眼を輝かせている。

「では、誰から試すのかな」
「俺が行こう」

 ディカーンが広場の中央へと進み出た。


 他の者たちは闘技場の隅で見守っている。

「試技なので暴走することはないかと思うが、儂の廻りからは離れんようにな」
「ブリディフ様は四行(しぎょう)を組み合わせた防御魔道の達人とお伺いしています」
「それも宮中の噂かな」
「いえ、噂ではないと存じますが」
「それを確かめることが起きないよう、願っておこう」

「ディカーン殿、準備が良ければ始めて下され」

 明日の戦いを控える者にとっては、初めて目にする相手の魔道となる。
 見ている側にも緊張感が拡がっていく。

「ならば、参る」

 響き渡る声と共に、背筋を伸ばし、左手を前に出して掌を上に向けた。

「今一瞬の全ての炎をこの手に委ねよ!
 サラマンダー!」

 詠唱が終わるや否や、彼の前にこぶし大程の火球が現れた。
 そこへ、どこからともなく無数の炎が飛んでくる。
 炎を吸い込みながら成長を続ける火球。
 やがて形を変えていき、人の背丈ほどの火龍となった。
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