第7話 水たまり

文字数 3,700文字

ルイン「…あと一人、厄介なやつが残ってる」
周囲を見ても誰も見えない。
しかし、気配は感じる。
ファイナル「─霧雨!」
一瞬の出来事だった。
体を掴み、水たまりへと沈んでいくアイル。
その出来事に、全員が固まった。
霧雨「プハアッ!…ハァ…ハアッ…ゲッホゲホ!」
博麗「大丈夫!?」
珍しく博麗が声を荒らげる。
アイル「くすくす…にんげんってさ、みずのなか、きらい?」
ファイナル「…あの水溜り…」
霊夢「簡単に言えばスキマよね?」
ファイナル「気をつけろよ」
霊夢「あったり前よ。溺死なんてしたくないわ」
アイル「つぎはだれにしようかな…くすくす」
霊夢「あの無邪気な笑顔が怖いのよね」
アイル「そんなことないよ?ね?」
ファイナル「…よし」
地面に刀を突き刺す。
周りにあった水たまりが一時的に蒸発する。
アイル「…あっそ。そんなことするんだ」
ファイナル「ガキが」
アイル「…きめた。あなたからころしてあげる。」
ファイナル「やってみろ」
霊夢「あんた…」
ファイナル「博麗と霧雨を連れて下がってろ。絶対出てくるなよ」
霊夢「なんでそんなに自信が持てるのよ」
ファイナル「前に会ったことがある」
耳を疑った。
ファイナル「さあ、行け」
何故か反射的に体が動いていた。
霧雨に肩を貸し、白玉楼の中へと引きずっていく。
なんとか中に入り、後ろを見た時は…思わず見とれてしまった。

アイル「わたしをおこらせたこと、こうかいしてる?」
ファイナル「する訳ねぇだろバーカ」
アイル「あっ!いまばかっていった!」
ファイナル「今更起きてくんなよ。大人しく寝てろ」
お前はあの時死んだはずだ。
俺も忘れかけてたのに─
─今更そのままの姿で俺を追ってくるな。
アイル「わたしは覚えてたのに─」
水の弾丸。
ファイナル「撃てるか?お前に─」
頬を掠める。
水は使い方によっては刃になる。
ファイナル「なるほどな?」
水と血液が混ざった雫が流れる。
ファイナル「お前なら避けられるよな?」
雨の使者─
そんな事を言われるようになったのは何でだろうな。
お前はいつも通り過ごしてただけなのに─
「数百年前の生贄」、だったか?
雨を降らす為に、ただそれだけの為に、
─捧げられた。
それ以来、彼女を象徴する言葉として雨の使者なんて言葉がつけられた。
…でも、報われなかったんだろうな。
霊体として、俺の前に現れた。
一日がとても長く感じるくらい遊んだな。
最後にお前は言った。
「いつか、ファイにいと肩を並べるくらい、強くなるから!」
─お前は今、俺と十分に肩を並べてる。だから─
ファイナル「大人しく寝てろ─」
アイル「──」
小さな体。
記憶にかろうじて残っている顔。
ファイナル「休め。もう十分頑張った」
アイル「ふぁい…にい…」

ずっとおぼえてたかおだった。
なつかしくて、かけよりたかった。
でも、いまのわたしはしばられている。
あいつらに、いいようにつかわれてる。
ごめんなさい、ファイにい。
わたし、ファイにいとならべられたかな─

ファイナル「…ここまで腐ってるのか、奴らは」
ルイン「分かりきってた事だろ。」
ファイナル「…」
ルイン「雨は大丈夫か?」
ファイナル「この子が気を失ってからはなんの意味も無い。白玉楼の雨もじきに止む」
水たまりが消えていく。
名残惜しそうに。
水たまりは最後まで白玉楼の景色を写していた。

窓を殴りつけていた雨粒が急に静かになった。
妖羅「なに?逆に不気味なんだけど」
妖奈「あれ?止んだ?」
妖羅「いや。まだ降ってる」
妖奈も窓を覗きに来る。
アイ「あれ?どうしたの?」
妖奈「アイ!」
なんだか久しぶりだ。
アイ「ごめんね…ずっと奥で練習してたから…」
妖羅「いいんだよ。また会えて俺は嬉しい。」
妖奈「私も。」
アイ「えへへ…嬉しいな。」
そろそろ出ていっても良いのだろうか…
レミリアさんがなんて言うかな…

咲夜「お嬢様。」
レミリア「よく来てくれたわね。」
咲夜「メイドとして当然の事です。ご用件は?」
レミリア「人里の様子を見て来なさい。あと、竜にまつわる噂話もお願い」
咲夜「おまかせを。ついでに夕食の買い出しに行っても?」
レミリア「ええ、構わないわ。」
咲夜「では失礼します」

ルイン「…咲夜か」
咲夜「確か…ルイン?」
ルイン「そうだ」
咲夜「何をしに?」
ルイン「なに…人里の様子を見に来ただけだ…」
咲夜「…居心地は?」
ルイン「最悪だな。耳を塞ぎたくなる」
それもそうだ。
『あの野郎、今度会ったらただじゃおかねぇ』
『俺の前に現れたらぶん殴ってやるぜ』
『近寄って欲しくないわね。』
『あいつがここを守ろうとしてた?バカ言わないで!』
報われない。
ふざけてる。
ルイン「お前が怒ることは無い。」
咲夜「わかってるけどっ…」
ルイン「あいつももう慣れてる事だ。気にするほど体を壊すぞ」
「向こうに居るぞ!追え!」
奥の方から怒声が聞こえた。
ルイン「まさかあいつ…何を考えてんだ…!」
ルインが走り出したのと同時に走る。
長い雨で地面はぐしゃぐしゃだった。
その雨もいつ降るか分からぬほどに空は曇っている。
人垣に追いついた頃にはもう遅かった。
ファイナル「ぐっ!…」
小さな袋を持ち、腹に拳を喰らうファイナルがそこに居た。
男が袋を取り上げる。
弱々しくその袋に伸ばした手は叩き落とされる。
見てられない…
ルイン「…野郎」
低い声で呻く。
「なんだこりゃあ?あん?言ってみろ!」
ファイナル「見て、わかんねぇ、のか…っ馬鹿め…く、薬、だよ…そ、そこの爺さんの、な……」
「ハン!嘘つけ。この悪魔が!」
頭を叩かれる。
「あの雨も、全部お前達のせいなんだろ!?ああ!?白状したらどうだ!!」
踏み躙られる。
もう自分の顔がどうなってるのか分からない。
「いい加減にしなされ!」
鋭い声にその場にいた全員が固まる。
ファイナル「じいさん……だめだろ…家で大人しく寝てろって…」
もう起きる気配もないファイナルにおじいさんが優しい声で話す。
「ファイナルさん、あんたの薬はよう効いとる。ほれみい、最近はやっとこさ歩けるようになったんや。」
ファイナル「そ…か。よか…た、なぁ…」
「─あかん。こりゃマズイ。」
ルイン「爺さん!そいつは俺に任せてくれ!」
「おお、あんたは─」
懐かしむような顔だった。
ルイン「人に語るような名前じゃない。…オイ退けクズ共!」
「わしも行こう」
咲夜「おじいさん!?」
「その人はわしの命の恩人じゃ。行かせてくれい」
ルイン「…分かったよ。」
人垣に目を戻す。
「悪ぃが…そいつは置いてってもらおうか?」
霊夢「そこまでよ」
「おう、巫女さんか。すまねぇが手伝ってはくれねぇk─」
乾いた音が鳴った。
周囲がざわつく。
霊夢「行きなさい。こいつらには私から言っとくから」
ルイン「言葉に甘えさせてもらう。行こうぜ、じいさん」

永琳「よく耐えたわね…見るだけで痛々しいわ…」
傷を見に来たうどんげも顔をしかめた。
永琳「綺麗に洗ってあげれば傷は直ぐに癒えると思うわ。本人は辛いだろうけど…」
ルイン「洗ってやれ。本人も覚悟してる」
永琳「うどんげ」
鈴仙「はいっ!」

「どうでしたかな」
ルイン「命に別状はなさそうだ。」
「そうですか。」
安堵の声が漏れる。
「ところで、わしとあんたはどこかであったかの?」
ルイン「さぁな。人違いだと思うぜ」
「…そうか。」

エンド「鈴仙、兄さんは」
鈴仙「向こうの部屋です。」
エンド「ありがとう。」
指を刺された部屋の扉をノックする。
返事はない。
エンド「入るよ、兄さん」
開けた途端─
フィル「義兄さんっ!」
エンド「フィル─」
あろうことか泣き始めた。
ファイナルは…何も喋らない。
エンド「…兄さん?」
見たところ目立った傷は無い。
永琳「多分、濡れた地面に叩きつけられたから、だと思うわ」
エ「先生…」
永琳「お人好しね…それとも愛想が尽きたのかしら」
ファイナル「…フィル」
フィル「─義兄さん!?義兄さん!!」
永琳「…無理はしないでよね」
それだけ言って出ていった。
エンド「教えてくれ。何をしてたんだ?」
ファイナル「動けないじいさんがいるから様子を見に行こうと思ってな。なんだかんだ仲良くしてもらってるし」
エンド「かと言ってあんな大胆にすることないじゃないか…人里の情報はよく知ってるはずだろ?」
フィル「エン義兄…」
ファイナル「…騙された、と言えばいいか」
フィル「義兄さんが?」
ファイナル「警戒しなかった俺も悪いか。影だと見抜けなかった」
体を起こす。
ファイナル「…奴らから聞いた話だが。近々俺達を本格的に殺しに来るらしいぞ?」
フィル「なんで義兄さんはそんな物騒な話題なのに笑ってんだよ!?」
ファイナル「いや?馬鹿だなぁって。」
フィル「馬鹿って…」
ファイナル「一度、解らせてやらなきゃいけないらしいしな?」

咲夜「お嬢様…」
レミリア「…どうしたの」
咲夜「人里の状況ですが…」
レミリア「言わなくていいわ。」
咲夜「…はい」

キルア「…」
妖夢「…」
静かな白玉楼だ。
レイル「どうして…」
零したのはレイルだ。
サクラ「わかる訳ないじゃん…」
ボロボロになり、彼女らの前には1人の少女が居る。
イゼ「…許せない…っ」
湿った声で呟く。
影。
どこまでも暗く、冷たい場所。
少なくとも、アイルは影の被害者だ。
許せるか?
きっと私達なら満場一致で『許さない』と答えるだろう。

END
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