3話

文字数 2,048文字

 もう一週間も経ってるのか。真はなぜか30年前に戻ってきた直後の時のことを思い出し少し頬をゆるめた。
 なぜこんなことが起きてしまったのか、真は知らない。神様の気まぐれか、それとも魔法使いが真に魔法でもかけたのか、全く見当もつかない。
 しかし、真はとりあえず30年前の自分となってもう一度自分の人生を歩んでいくことにした。それは他にできることもないからでもあるが、30年前の自分になって人生をやり直せることが、特徴のない人生を送ってしまった情けない真にとって嬉しいという気持ちが真の中にあったのだった。だが、
 ――やらかした…!
 その翌日、真は30年前に戻ってきてからでは初めての危機感を感じていた。
 それは、真が小学校で算数の授業を受けていたときのことだった。授業では先生が最近習い始めた九九の簡単な説明をしていた。そんなときふと先生が、
「じゃあ春野くん、九九を言ってみてください」
 と真の方を見て言った。真は立ち上がり、先生に言われた通りに九九を一の段から言い始めた。先生は無茶ぶりのつもりで言ったのだろう。しかし真は迂闊にも九九を暗唱してしまった。
 まだ習っていもいない内容を、しかもすべて正解してしまうのは考えるまでもなく怪しい。
 真の考えが至らなかったのには2つの大きな理由があった。まず一つは一週間たって30年前に戻ってきたときにあった環境が変わったことによる緊張がなくなっていたこと。
 もう一つは、先生の揺れる大きな二つの果実に見とれていたからだった。30年前は気づいてなかったが、真の担任、本橋(もとはし)はとても豊満な肉体だった。言い表すならリンゴ…いやメロンだろうか。どちらでもいいがあまり大きくない体格の割に服を押し上げる膨らみに真はすっかり魅了されていたのだった。
「――くはしちじゅうに、くくはちじゅういち…!」
 九九をすべて言い終わり達成感を感じるのも束の間、真は先生の自分の見る目がおかしいことに気がついた。しかし、今頃気がついたところでどうすることもできなかった。
「あ…えっと、その…」
 真はあわてて何か言い訳を考えるがまったく思いつかない。冷や汗が額から垂れた、そのときだった。
「真くんすごい!」
 真の2個前のその右の席に座っていた少女が唐突に叫んだ。その少女が叫んだのを皮切りに、他の生徒たちも真のことをほめはやし始めた。
「すごいですね春野くん!あ、もう座っていいですよ」
 先生にそういわれ真はイスに座ると、思わずため息をついた。なんとかなったが真は二度とこのような失態を冒さないよう気を引き締めるのであった。
 それから何事もなく4時間目の算数が終わり、給食時間となった。給食当番ではない少年は一人の少女に話しかけていた。
「さっきはありがとう」
 真がそういうとその少女はこちらを向き、不思議そうに首を傾げた。それに従って一つに結ばれた胸まである黒髪が揺れる。
「なんのこと?私真くんに何かしたっけ?」
 可愛らしく首を傾げる少女の名前は有沢(ありさわ)(そら)、先ほど真を窮地から救ってくれた恩人であり真の初恋の相手だ。
「いや、お礼しとかなきゃいけないと思ったから」
「う~ん、どういうこと?」
 有沢は顎を拳の上に載せて額にしわを寄せた。
「まあいいや、それより真くん手洗いにいこ?そろそろ給食当番の人たち教室につくと思うよ」
「うん」
 真は短く返事をして有沢の後をついて行った。
 真が有沢と知り合ったのは小学校に入ってからだった。クラスが同じで家が同じ町内ということもあり、そのころから一緒に帰ることも多かった。かなり仲の良い部類に入っていただろう。
 そして有沢のことを好きになったのは恐らく今と同じ2年生の時だ。一週間後にある小学校の学区内にある昔ながらの建物などを巡る学校のイベントの準備でプリントに有沢の名前を書いていたときに、有沢の名前をゆっくりと書いていたからクラスメイトの男子に「おまえ有沢のこと好きなんだろー」とからかわれたことがきっかけだと思う。
 これがきっかけだと気づいたのは中学校に入ってしばらくしてからだ。今思えばロマンもへったくれもないきっかけだが、この後から有沢と付き合いがなくなったのでおそらくこれがきっかけで間違いない。
 そんな変なきっかけで恋をしてしまうほど、有沢は可愛かった。
 肌は白く、目は一重。とても整った顔立ちで、笑ったときの顔を見ると思わず釘付けになるほどの魅力を持っていた。
 30年前に戻ってきて最初に教室で有沢にあったあの時、その顔を見た途端に心臓が跳ね上がった。30年たった今でも、真はまだ有沢に恋していたのだと気づいた。
 しかし、真はこの2度目の人生で有沢とこれ以上の関係になろうとは思っていなかった。こうやって会話するだけで十分だと思っていたからだ。
 真は一度目の人生ではほとんど交友がなくなった有沢との会話を心の底から楽しむのであった。
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