5話
文字数 1,585文字
「おい、なんでこんなことやったんだ?」
真は目の前にいる話の長いうるさいおっさんを睨んでいた。
――謝ったじゃんかよ許せよ!イラついてるから八つ当たりしてるだけだろこいつ!
そんなことを心の中で叫んでもおっさんの長い長い説教は終わらない。
真はちらりと横に立ちすくんでいる有沢をみた。有沢は大声で怒鳴り散らすおっさんが怖いらしく泣きそうな顔をしていた。真の苛立ちがさらに大きくなる。元々お調子者のあの坊主が有沢を煽ったから……
ふと気がついて真はおっさんにばれない程度で辺りを見回す。真たちの後ろに立っていたはずの坊主がおらず、女子が一人で立っていた。
――あいつ一人だけ逃げやがった!!
ただでさえ苛立っていた真は坊主に対する殺意に近いモノをおぼえ拳を握りしめた。今度会ったらあの頭がへこむぐらい拳骨喰らわせてやる……
「おい聞いとんのかそこの坊主!」
――俺は坊主じゃねえ髪生えてるのが見えねえのか!
そう言い返そうになったのを咄嗟に押さえ込んだ、その時。
「すみません!うちの児童が何か迷惑をおかけしたみたいで」
聞き覚えのある声が後ろから聞こえ真たちが振り向くと、そこには担任の本橋先生が立っていた。しかし真が感じたのは安堵ではなく、不安だった。本橋先生は新任で若い。この口うるさいおっさんの対応がつとまるのか。
「ああ?あんたがこいつらの先生か!こいつらうちの塀の上を…のぼって……」
おっさんの怒鳴り声の勢いが失せた。なにが起こったのか、真は驚いて先生とおっさんを見るが何かしたような感じはない。だがおっさんの目線の先をたどればこの不思議な現象の原因はとても単純なものだった。
「本当に申し訳ございません!」
先生が最敬礼をすると、豊かな双丘が上下に揺れおっさんの視線も上下に動く。おっさんは先生の双丘に夢中になっているのだった。
「い、いえいえ。わかればいいんですよ、わかれば」
その後、おっさんは綺麗な手の平返しをして真たちを許してくれた。それから10分ほど追加で先生から説教を受けた後、時刻はすでに解散の時間となっていたため真たちは行く予定だったパン屋の訪問をキャンセルしてすぐ解散となった。
真は口を開かない有沢と静かに家路を辿っていた。
「ごめんね」
唐突に有沢が言った言葉はそれだった。
「私のせいであんなに怒られちゃって。しかも真くんに怪我させちゃって」
有沢の声は、震えていた。真が立ち止まって有沢の顔を見ると、目から涙を流していた。
「私があの人の家の塀にのぼらなかったら…」
「有沢さんのせいじゃない!」
真は考えるより先に叫んでいた。有沢が驚いて真の顔を見る。
「有沢さんは悪くない!あのおっさんただ苛ついてただけだし、まず煽った坊主が一番悪い!それに俺怪我なんてしてないし!」
最後は虚勢を張ったが、全部真の本心だった。
一通り叫び散らした真は有沢の手を掴むと再び歩き出した。しばらく歩くとただ引っ張られているだけだった有沢は真の手を握り返し、
「ありがと」
と小さく短く言った。
その言葉だけで、真は心の中が温かいもので満たされたような感覚を感じる。
「ねえ、真くん今度から私のこと下の名前で呼んでよ」
「え、なんで?」
「だっていちいち有沢っていうの長いでしょ。もしかして憶えてないの?」
「憶えてるよ!」
「じゃあ呼んでみて?」
真が口ごもっているのをみて有沢は早く早く、と急かしてくる。真は羞恥心を何とか振り払い、
「空」
と30年間一時たりとも忘れなかった名前をいうと、有沢は心の底から幸せそうな顔で、
「はい」
と答えるのだった。
真はその顔を見て、二度と有沢を泣かせはしないと心に誓うのだった。
そのためにまず、真はこれから有沢と付き合うために東奔西走することになる。
真は目の前にいる話の長いうるさいおっさんを睨んでいた。
――謝ったじゃんかよ許せよ!イラついてるから八つ当たりしてるだけだろこいつ!
そんなことを心の中で叫んでもおっさんの長い長い説教は終わらない。
真はちらりと横に立ちすくんでいる有沢をみた。有沢は大声で怒鳴り散らすおっさんが怖いらしく泣きそうな顔をしていた。真の苛立ちがさらに大きくなる。元々お調子者のあの坊主が有沢を煽ったから……
ふと気がついて真はおっさんにばれない程度で辺りを見回す。真たちの後ろに立っていたはずの坊主がおらず、女子が一人で立っていた。
――あいつ一人だけ逃げやがった!!
ただでさえ苛立っていた真は坊主に対する殺意に近いモノをおぼえ拳を握りしめた。今度会ったらあの頭がへこむぐらい拳骨喰らわせてやる……
「おい聞いとんのかそこの坊主!」
――俺は坊主じゃねえ髪生えてるのが見えねえのか!
そう言い返そうになったのを咄嗟に押さえ込んだ、その時。
「すみません!うちの児童が何か迷惑をおかけしたみたいで」
聞き覚えのある声が後ろから聞こえ真たちが振り向くと、そこには担任の本橋先生が立っていた。しかし真が感じたのは安堵ではなく、不安だった。本橋先生は新任で若い。この口うるさいおっさんの対応がつとまるのか。
「ああ?あんたがこいつらの先生か!こいつらうちの塀の上を…のぼって……」
おっさんの怒鳴り声の勢いが失せた。なにが起こったのか、真は驚いて先生とおっさんを見るが何かしたような感じはない。だがおっさんの目線の先をたどればこの不思議な現象の原因はとても単純なものだった。
「本当に申し訳ございません!」
先生が最敬礼をすると、豊かな双丘が上下に揺れおっさんの視線も上下に動く。おっさんは先生の双丘に夢中になっているのだった。
「い、いえいえ。わかればいいんですよ、わかれば」
その後、おっさんは綺麗な手の平返しをして真たちを許してくれた。それから10分ほど追加で先生から説教を受けた後、時刻はすでに解散の時間となっていたため真たちは行く予定だったパン屋の訪問をキャンセルしてすぐ解散となった。
真は口を開かない有沢と静かに家路を辿っていた。
「ごめんね」
唐突に有沢が言った言葉はそれだった。
「私のせいであんなに怒られちゃって。しかも真くんに怪我させちゃって」
有沢の声は、震えていた。真が立ち止まって有沢の顔を見ると、目から涙を流していた。
「私があの人の家の塀にのぼらなかったら…」
「有沢さんのせいじゃない!」
真は考えるより先に叫んでいた。有沢が驚いて真の顔を見る。
「有沢さんは悪くない!あのおっさんただ苛ついてただけだし、まず煽った坊主が一番悪い!それに俺怪我なんてしてないし!」
最後は虚勢を張ったが、全部真の本心だった。
一通り叫び散らした真は有沢の手を掴むと再び歩き出した。しばらく歩くとただ引っ張られているだけだった有沢は真の手を握り返し、
「ありがと」
と小さく短く言った。
その言葉だけで、真は心の中が温かいもので満たされたような感覚を感じる。
「ねえ、真くん今度から私のこと下の名前で呼んでよ」
「え、なんで?」
「だっていちいち有沢っていうの長いでしょ。もしかして憶えてないの?」
「憶えてるよ!」
「じゃあ呼んでみて?」
真が口ごもっているのをみて有沢は早く早く、と急かしてくる。真は羞恥心を何とか振り払い、
「空」
と30年間一時たりとも忘れなかった名前をいうと、有沢は心の底から幸せそうな顔で、
「はい」
と答えるのだった。
真はその顔を見て、二度と有沢を泣かせはしないと心に誓うのだった。
そのためにまず、真はこれから有沢と付き合うために東奔西走することになる。