前書き

文字数 952文字

 初恋とは甘酸っぱいものである。
 なぜ“甘酸っぱい”表現するのか。それは初恋という病に侵された患者たちの心の内を書き出したからだろう。
 好きな人が視界に映るたび胸が高鳴り、顔が熱くなり、まるで後光が差しているかのようにその人を直視することができない。それゆえろくにその人と会話することすら叶わない。話しかけることができず、向こうから話しかけてきても言葉が出ない。
 しかしその人に対する思いは高まるばかり、そんなジレンマを一言で表現する上で、甘酸っぱいという言葉はとてもイメージしやすく伝わりやすい言い方だ。
 私の初恋もまさにその通りだった。
 私の初恋はもう30年前の私が小学2年生だった頃の話だ。相手は同じクラスの女子。黒髪で、肌が透き通るほど白い人だった。その子とは家は少し遠かったが一応同じ町内で一緒に帰っていたのだが、いつの日か私はその子に恋をしてしまった。
 それからはやはり普通に話すことさえできず会話は日を追うごとに少なくなり、中学に入ってからはクラスが3年間ずっと違い、ほとんど関わりがなくなってしまう。中学を卒業してから私はその子と一回も会っていない。卒業式で名前を呼ばれて卒業証書を受け取るその子の姿が一番新しい私の中のその子だった。
 私は中学卒業後、何とも言えない平凡な人生を歩んできた。家から近いそこそこの高校に通い、とりあえず大学に進学しキャンパスライフを4年間謳歌した後、サラリーマンとなった。
 私のこれまでの人生を書く上で特筆しなければならない出来事といえばつい最近のできごと、
 ――38歳でこの生涯を終えてしまったことだろう。
 夏の夜、自宅のマンションのエレベーターが最上階で止まっていたため階段で帰っていたとき、帰る途中道の端にいたカップルの暑苦しさを思いだした私は苛立ちを発散させようと手に持っていた缶コーヒーを階段の床に投げつけ、再び階段を上がろうとしたら床に転がった缶コーヒーを踏んでしまい足を滑らせそのまま6階から落っこちてしまったのだ。
 私は高速で落下する中、脳内をよぎるまるで雛形で作られたような私の平凡な人生を映し出す走馬灯を感じて、私はむなしさを感じるのだった。
 そして、私の身体は地面に衝突し痛みで意識は途絶え完全に死んでしまった。
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