第2話

文字数 8,262文字

 気持ちは解るが、他に言い方があるだろう。
 相馬は離れて二人を見守り、心中に呟いた。そして、すぐに考えを改める。
 将隆と康則が住む世界は、常に死と隣り合わせだ。背後に私設軍隊のような強力な組織があろうと、指揮者の能力が生死を分ける。毅然とした態度は必要不可欠だ。
 将隆は言った、「一人では、戦えない」と。
 組織を動かし、命を掛けて鬼を狩るためには、信頼できる相方が必要だ。そして信頼に値するのは、優れた仕事だけではない。
 考え方や価値観、共有する目的、そして……。
「鞠小路は俺が送り届ける、相馬刑事も帰ってくれ。鬼龍家の処理部隊が、現場を綺麗にしてくれる」
 少女を抱きかかえて将隆は、康則を置き去りに進入路とは違う正面ゲートに向かった。いつのまにかゲートは開かれ、相馬が同乗した黒のVクラスが倉庫の中まで乗り入れている。
 車は将隆を乗せ、タイヤを鳴らして走り去った。
「帰れって言われても……後は、任せたって事か? 無愛想な男だな。それならそう一言、頼んでくれりゃいいのに」
 相馬は大袈裟に溜め息を吐き、取り残された康則に向かって歩み寄る。
 鬼化した少年以外は、小物だった。キャットウォークから飛び降りた将隆が鬼の腕を切り落とした途端、蜘蛛の子を散らすように逃げてしまったのだ。何人かの少年に見覚えがあったので、今後は警察が目を配ればいいだろう。
 それにしても、と、思い起こして相馬は身震いする。
 鳴海という少年が日本刀を手にした時、将隆を取り巻く空気が変化した。
 将隆の殺気は、傍にいる相馬の項から背中に掛けて電流のように伝わり、全身の体毛を逆立てた。体感温度は下がり、氷点下の海に放り出された気分だ。
 凄絶な殺気を放ちながらも冷静に状況を読み、絶妙なタイミングで将隆は攻撃に移った。
 三階の高さから身を翻し、即座に鬼の腕を斬り落とした将隆とは違って相馬は、大慌てで壁面の梯子を探すより仕方ない。キャットウォークを半周し、ようやく見つけた梯子を降りる途中。
 康則の身に、危険が迫った。
 この場は将隆に全て任せよう、世界が違うと諦めかけていた考えは一瞬の間に吹き飛ぶ。
 気付いた時には十メートル以上ある高さを飛び降り、銃の引き金を引いていた。
 銃弾が鬼の眉間を貫いたのは、将隆の一撃と同時に思えたが違う。振るわれた刀は銃弾よりも早く、敵の動きを止めていた。
 将隆は、鬼の動きも康則の迷いも、見透かしていた。
「しっかりするんだ、康則くん……!」
 声を殺し、肩を震わせて咽び泣く少年に、どう声を掛けたものか迷った。何度か、似たような経験をしてきた相馬は知っている。
 悲しい時ではなく、自分の力が足らずに大切なものを守れなかった時、悔しさから流れる涙は重い。
 大きく深呼吸をしてから、意を決して叫んだ。
「立て、康則! いつまでメソメソしてるつもりだ? 君には、やる事があるだろう!」
 嗚咽が、止まった。
 ジャケットの袖で乱暴に顔を拭い、康則が顔を上げる。生気を取り戻した眼が、「なぜ、おまえがここにいる」と言わんばかりの鋭さで、相馬を睨んだ。
「その眼なら大丈夫だ、まだ死んじゃいない。取りあえず、ここを出よう」
 言ってから相馬は、考えた。
 病院に、連れて行くべきだろうか? しかし、見たところ大きなダメージは無さそうだ。鬼という人外の怪物と戦うため、鍛えられた身体だ。骨折や出血が無ければ、治療は必要ないだろう。
 身体の痛みより、精神的な痛みを軽減する方が先決だ。
 さて、どうしたものかと思い悩んだ末に相馬は、康則を自分の家に連れて行く事にした。
 問題は、移動手段だ。信頼できる同僚を呼ぶか? 上司の堀川刑事部長に連絡して、車を回して貰うか? ナビゲーションでタクシーを探すか?
 携帯を探して上着の内ポケットに入れた手が、カードのようなものに触れた。訝りつつ取り出すと、先ほど訪れたクラブ『イビル・マインド』で会った、真壁という男の名刺だった。
「ああ、そうか。そう言う事ね……用意周到、抜かりなしだ」
 頭の中に、爬虫類男を思い浮かべながら番号を押す。待っていたかのようにワンコールで繋がった相手に、場所と状況を簡単に説明して電話を切った。
 五分も待たずに、車のヘッドライトが倉庫正面ゲート前で止まった。あらかじめ、近くで待機していた速さだ。
 康則は、相馬の意図を理解したらしい。緩慢な動きで立ち上がり、落ちていた白鞘を拾って握りしめていた日本刀を収めた。
 得物を手放せ、とは言えなかった。今となっては、鬼となって斬られた少年の形見でもあり、康則の拠り所でもあるだろう。
 真壁は、クラブに部屋を用意してあると言ったが、断って相馬は自宅マンションに送って欲しいと頼んだ。住所を告げようとして「存じております」と微笑まれ、少し不愉快に思う。
 まるで、将隆に利用されている気がした。
 いや、利用されていると考えるのは止そう。頼られていると、思えばいい。
 実のところ、後部座席に座った途端に押し寄せた疲労感で口を開く気力も無い。道順を説明する手間が省けて助かった。
 車はクラブから来た道を戻り、元町から神奈川県警本部の前を通って相馬が住んでいる地上八階建てのマンション前に止まった。
 機動隊所属時は否応なく男臭い独身寮暮らしで、一人暮らしに憧れていた。このマンションを選んだのは、一階にコンビニがあり便利だからだ。
 真壁に礼を言い、一度も相馬と目を合わせようとしない康則の肩を押してエレベーターに乗る。五階で降り、エレベーターに一番近い部屋の鍵を開けて玄関に康則を押し込んだ。
「風呂入って、着替えろ。俺は下で、何か食うもの買ってくる」
 適当な着替えとタオル、常備の救急箱を手渡して部屋の外に出た相馬は、少し考えたが鍵を掛けずにエレベーターで一階に下りた。
 買い物を済ませ部屋に戻ると、康則は素直に風呂を済ませたらしく、リビングの床に胡座をかき、救急箱の中身で自ら傷の手当てをしていた。白鞘の日本刀は、手の届く傍に置いてある。
 紫色に晴れ上がった、上半身の打撲痕。そして、将隆に殴られた頬の腫れ。
 相馬は買ってきた飲み物と、ロックアイスの大袋二つが入ったレジ袋を康則の前に置いた。
「その氷で、傷と……顔を冷やすといい。午前二時過ぎじゃあ、握り飯もなくてね。ちょっと待っててくれ、冷凍庫に何かあると思うんだけど……」
「……すみません、ご迷惑をおかけします」
 冷蔵庫の前に立った相馬の背に、冷静さを取り戻した声が掛かった。
 この状態で、まだ気を遣う康則に呆れながら、冷凍の白飯とカレーを取り出す。
「面倒な連中だな、君等は。まあ、いいから俺の作ったカレーを食え。独身寮にいたとき、よく作った自慢のカレーだ。口の中が切れてるけど、平気だよな?」
「ありがとうございます……でも俺は今すぐにでも、やるべき事があるんです。だから……」
「だから? なんだ? いま君がやるべき事はね、腹ごしらえして状況を分析することだ。俺のカレーを食わないと、服を貸さないからな。返り血を浴びた上にボロボロに破れている服では、どこにも行けないだろう? それとも鬼龍の屋敷に、お迎えを頼むか?」
 一瞬、康則の眼に険が宿る。しかし降参したように肩をすくめ、相馬が温めたカレーライスを無言で食べ始めた。
 相馬は康則の前に置いた袋からビールを取り出し、プルトップを開ける。
 表向き平静を取り繕っていても、精神に相当の深手を負っているはずだ。
 手っ取り早く立ち直らせるには、強い目的を持たせてやれば良いのだが……。
「君は、やるべき事があると言ったね? それは、あの少年……鳴海くんの敵討ちか? それとも、将隆くんの信頼を取り戻す事?」
 康則は食べる手を止め、目を伏せた。
「鳴海を貶めた相手を見つけ出し、必ず殺す。将隆の信頼を取り戻す為に、俺が演じた失態は俺がけじめをつける。やるべき事は、それしかありません。ただ……」
 感情を抑えた、震える声で続ける。
「将隆はもう、俺を必要とはしない」
 大きく溜め息を吐いてから相馬はビールを一口飲み、康則の顎を掴んで顔を上げさせた。暗い瞳の奥に宿る、切迫した思い。
「汚名をそそいで死のうとしているなら、君は馬鹿だ」
 突然、馬鹿と言われ、康則は呆然として相馬を見つめ返す。
「どういう、意味ですか?」
「どうもこうも、言葉通りの意味だよ。まったく、君の子供らしくない達観した考え方に苛々する。君は常に、誰かの期待や信頼に応えなくてはならないのか? それだけを望まれていると、本気で思っているのか?」
 相馬の手を払いのけ、上目使いに睨んでから康則は顔を背けた。
「あんたに……何が解る」
「ああ、馬鹿の言う事なんか解らないね。君は、いったい何を見ているんだ? 康則くん……君は、もっと自分を大事にするべきなんだ」
「自分を……大事に?」
「そうだ。将隆くんは、それを解らせるために君を突き放した。彼は言っていた、一人では戦えない、と。君は多くの人に必要とされて、何でも一人で背負い込み一人で解決しようとする。だけどね、将隆くんが望んでいるのは君の能力や才能や仕事の成果じゃないんだよ。その不器用さも、融通の利かない生真面目さも引っくるめて、君の存在そのものが必要とされているんだ」
「俺の、存在そのものが、必要……」
 戸惑いながら康則は、相馬の一言一句を噛み締めるように呟いた。
 将隆が言うように、頭の固い康則に言葉で理解させるのは難しいだろう。一途な価値観を覆すには、根の深いところにある本心を探ったほうが良さそうだ。
 康則の本心は、どこにある?
 将隆との関係に、隠されているのか?
「将隆くんとは、何年くらいの付き合いだ?」
「えっ……現在在学している叢雲学園横浜校は、房総半島に館山校があって、俺達は館山の別邸で一緒に生活しながら、付属の幼稚舎から小学校卒業まで通っていました」
 不意を打たれて康則は、素直に質問に答える。
「その頃は鬼龍家の務めも知らない、普通の子供だったわけか」
「はい……でも将隆は、稀にしか会いに来ない将成さまが、何か危険な仕事をしていると気付いていたようです」
「鬼龍家の責務について、彼から相談された事があるのか?」
「相談、ではなくて……」
 将隆の名に表情を曇らせながらも康則は、必死に質問の真意を探ろうと薄れかけた記憶を探り、視線を宙に泳がせた。そして何かを思い出したらしく、焦点を相馬に合わせる。
「何か、あったんだね?」
 話してくれと、水を向けられ迷う表情をした康則だが、相馬を信用する事にしたらしい。落ち着いた口調で、語り始めた。
「俺達が小学校五年生の時、学校の裏山に住み着いていた犬を皆で世話して可愛がっていました。秋田犬くらいの大きさがある雑種でしたが温厚な性格で、特に将隆に懐いていた」
「犬は、主人を選ぶからね」
 相馬が冗談交じりに相槌を打つと、康則が少し笑った。しかし直ぐに真顔に戻り、深く息を吸い込む。ここからが、本題なのだ。
「夏休みが始まる、終業式の日。今まで給食から調達していた餌を、休み中はどうするか相談する事になりました。特によく面倒を見ていた友達十人ほどで裏山に行き、いつものように犬を呼んだんです。ところが……犬の様子が、違っていた」
 悲劇を予感した相馬は、無言で続きを待つ。
「血走った目、剥き出しになった歯から滴る泡混じりの唾液、小刻みに震える体。いち早く異変に気付いた将隆は枯れ木の枝を拾い、逃げろと言いました。危険を感じた友達は、将隆の後ろに集まったのですが、一人が犬の前に進み出たんです。事あるごとに将隆に言い掛かりをつけ、軽くあしらわれていた男子生徒でした」
 康則の表情から、脳裏に浮かぶ情景と後の展開が想像できた。
「彼が食べ物を差し出すと、犬が喉を目掛けて飛びかかった。本当に、一瞬の出来事です……将隆が木の枝で胴を高く払い上げ、落下する頸の付け根を叩き付けて、骨が砕ける嫌な音がしました……そして犬は、血泡を吐いて枯れ葉の山に沈んだ」
 最近の子供は発育が良い、実際、相馬も小学校卒業時の身長は一六五センチあった。
 とは言え普通の子供は、大型犬を叩き殺す力と技など持ち合わせていない。
 将隆はやはり、常人離れした能力を持っている。
「皆を救う為でも、辛い経験だったね」
「はい……気付いた時には、友達は誰もいませんでした。血の付いた枝を握りしめた将隆だけが、犬の死骸を睨んで立っていた。俺は、何を言えばいいか解らなくて、ただ傍にいるしかなかったんです」
 康則の表情に、影が差した。
「日が落ちて辺りが暗くなり始めた頃、将隆が枝で地面を掘り出したので俺も一緒に穴を掘って……二人で犬を土に埋めました。枯れ葉で覆って、墓標の代わりに大きな石を置いた後、ようやく将隆が口を開いた」
 少し間を置き、胸の奥に仕舞い込んで忘れかけていた記憶を呼び起こす。
「将成さまの仕事を知っているかと聞かれ、俺は知らないと答えました。すると将隆は厳しい表情になって、この犬にしたような血生臭い仕事だ、と言ったんです。意味が解らなかったけど俺は、それはきっと誰かを守るための大事な仕事に違いない、と庇った。だけど将隆は、否定するように首を振ったんだ」
 小学校五年生は、まだ十二歳。鬼龍家の責務を受け止めるには、幼すぎる年齢だ。相馬は大きく溜め息を吐き、将隆の事を想った。
 身体能力は常人離れしていても、精神は追いついていないだろう。
「そんな出来事があれば、将隆くんに対する友達の態度も変わっただろうね。君は、どうだ? 将隆くんが、恐くなった?」
 心外だと言いたげに、康則が眉を寄せた。
「確かに夏休みが明けてから、友達は誰も将隆に近付かなくなったけど、俺は違う。あの時、将隆は言った。自分はきっと、父のように恐ろしい大人になるから、誰も一緒にはいられなくなると。だから無性に腹立たしくなって、言い返した」
「何と、言ったんだ?」
 その時の心情を思い出したのか康則は、一言一句を噛み締めながら続けた。
「俺は絶対に、おまえの味方だ。何があっても、離れない。そう言ったら将隆は、ついてきてくれるのかと、俺に聞いた。だから俺は……ついていくのはゴメンだ、同じ場所を一緒に歩くと……」
 言い終わらずに、「あっ」と、小さく声を上げる。
「約束、思い出した?」
「……聞いて、いたんですね」
 体裁悪そうに横を向いた康則に、相馬は笑みを漏らした。
「成り行き上だよ、悪く思わないでくれ。この事件は、君にとって辛い経験だ。しかし鳴海くんのおかげで、大事な事を思い出したんじゃないか? まあ、急に自分を変える事は出来ないから、これから良く考えて……」
「そんな時間は、無い」
 強い口調で遮られ、相馬は自らの軽率な言動に気が付いた。そうだ、康則は警察で非行を咎められている少年ではない。
 見つけた真実を咀嚼し、自分のものにするために、行動が必要なのだ。
「将隆の携帯に、鳴海からの呼び出しがあったようですね。相馬刑事が一緒だったのは、何故です?」
 冷静さと知性を取り戻した瞳に問われて相馬は、現場に駆けつけるまでの経緯を話した。
「将隆くんが言ったように鳴海くんは、君に伝える事があった。そして、死ぬつもりだった……。ただ、まだ他にも何か、意図が隠されている気がする」
 相馬の言葉に、康則が頷く。
「何かあるなら、俺が気付いてやらないと」
「そうだな」
 呟いて相馬は、康則の傍らに置いてある白鞘の日本刀を手に取った。すると突然、鞘が真二つに割れる。驚いて取り落とし、掌を少し切ってしまった。
「大丈夫ですか? ああ、白鞘は中を手入れできるように続飯(そくい)という飯粒を練った糊で合わせてあるから、簡単に分かれるんですよ」
 康則は慣れた手つきで、床に散らばった鞘と刀身を集めた。そして、鞘の合わせ目を検分し、ふと眼を細める。
 勘が働き、相馬は身を乗り出して康則の手元を覗き込んだ。白鞘の内側に、黒い小さな四角片が張り付いている。
 剥がした四角片を、康則が指先に摘んで相馬の眼前に示した。
「マイクロSDです。相馬刑事、PCを貸してもらえますか?」
「了解した!」
 相馬は急ぎ、寝室からノートPCを持ち出した。
 PCを操作する、康則の手際は鮮やかだ。なにやら難しい幾つかの手順を経て、十数分後にはPCにSDのデータを読み込む事が出来た。相馬では数日かかるだろう。
 作業途中、聞き取れないほどの声で康則が「俺と同じ型番だ……」と、呟く。同じ型番の、携帯用SDカード。情報を託した鳴海の心中に思いを巡らし、胸が痛んだ。
 データの内容は、鳴海の背後にいる人物から送られてきた情報や指示だった。
 最初の接触から、何度も繰り返される甘い誘惑。K自然公園への呼び出し。仲間との接触方法。山下埠頭の事件に関する指示……。
「架空名義でしょうが、相手の特定を情報部に依頼しました。一時間以内に、探し出します」
 メールでデータを送り、短い電話を掛けた後で康則が言った。
「そりゃ、随分早いな。警察顔負けだ」
 ハッキング、恐喝、買収……警察では出来ない、あらゆる手段の行使を予想し相馬は苦笑する。康則は皮肉を気に留める様子もなく、内容を細かく調べ始めた。
「相馬刑事、このメール……山下埠頭の件ですが、気になる事があります」
 康則が反転した一文を、相馬は声にして読む。
「……これは、一般人に我々の存在を広く知らしめる重要な計画だ。君と私は、愚鈍で暴力的な彼等とは違う。共有する崇高な目的を達成するためには、犠牲が必要だ……か。鳴海君のメールを見ると、山下埠頭で仲間を犠牲にする事に反対してたようだね」
「良昭らしいです」
 応じた後、感傷を振り切るように息を継ぎ、康則は続ける。
「問題は、この部分です。……鬼龍の鬼狩り隊より早く現場に到着する警察関係者を装い、君のために一部始終を記録する。映像を研究し、役立ててくれ……。この後のメール内容でも、俺や将隆に対する良昭の敵愾心を煽り、利用しようとする意図が伺えます」
「黒幕の目的が何であろうと、鬼龍は邪魔な存在だからな。だが、知識や経験の浅い若き当主の同級生を使った、卑劣なやり方は許せない」
 憤る相馬を見つめ、康則が頷いた。
「鬼龍の情報部は、警察に寄せられる通報も常にチェックしています。ですから、鬼の仕業と思われる現場に駆けつける速さは、所轄の警官に勝るとも劣らない。県警本部が動く前に制圧し、痕跡を消去する。しかし山下埠頭の事件では、腑に落ちない点があります」
「警察の動きが、早かった?」
「ええ……堀川警視正は鬼龍と接触後、強行事件の通報全てを知るため通信司令室にホットラインを設置したそうです。膨大な量の情報から取捨選択するのは、簡単ではない。偶然と言うにはタイミング良く、事件が起きた」
「通報の経緯は?」
「誰が、いつ、どこから通報したのか? 堀川警視正が情報を掴んだのは、何時何分か? 報告を求めたところ、鬼龍が情報開示しない限り警察は独自で治安を守ると言って、拒否されました」
 警察の威信をかけて鬼龍に対抗する、堀川の態度は理解出来た。そして、康則が言いたいことも予想が付く。
 ホットラインの存在を知る、警察内部の人間が関与している。
 堀川が協力してくれれば、人物を特定できるはずだ。
 自分が知る警察関係者に、怪しい人物はいなかったか?
「情報部から、返信が来ました」
 康則の言葉で思考を中断し、相馬はモニターを覗き込む。
「メールが送られてきた携帯は、実在の人物が契約していました。しかし、その人物は現在、殺人罪の裁判中で拘置所にいます」
 殺人犯が所持していた携帯電話を持ち出し、利用できる人物……嫌な、予感がした。
 いや既に、確信に近い。
 山下埠頭の現場で、その人物の瞳に宿る暗闇を、確かに感じた。
「もうすぐ夜が明ける、確かめに行こう」
 真っ直ぐ自分に向けられた康則の瞳を見つめ返し、相馬は呻くように呟いた。


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